かわらばんFRESH672

2016年7月10日


語り始めるのに何十年もの沈黙が必要だった(いのちのことば社)


      いま、平和の願い 語り継ぐべき戦争の記憶(前号よりつづく)
 
あの日の広島・・・あの日、あの時 U

 どれくらい時間が経ったかわからないのですが、倒れた家の柱に足が挟まって動けなかったのを、友人二人が引っ張り出してくれました。そして起きて立ってみたら、屋根の上でした。どうやって、下から出てきたかもわかりません。まだ耳はツーンとしていますし、周囲は真っ暗で何が何だかわかりません。そのうちに、あっちこっちがポッポ、ポッポと明るくなって、火が出てきました。


 家の人がどうなったか分かりません。とにかく三人で電車通りに出ました。そしてその道に沿って、海の方の工場へ帰ったわけです。工場に帰って、受け持ちの先生に「今帰りました」と報告すると「生きていたか。良かった。無事だったか。すぐ事務室へ行け」と言ってくださいました。事務室だった大きなお寺は、遠くから見るとびくともしていないようで、「ああ、良かったな」と思いました。けれども、離れたところからでも、屋根瓦がずいぶん飛んでいるのが分かりました。


 寺に着いて、部屋に上がって廊下を見たら、私を指導してくれていたおじさんが、頭がペシャンコになって横たわっていました。事務室では、私が真ん中で両側に友人という具合に、中学生三人が並んで仕事をしていたわけですが、私の机を見たら、そこへ天上の梁が落っこちていたのです。事務のおじさんはそこに座っていたようです。もしも、いつものように私たちがそこに座って仕事をしていたら、この私が死んでいたと思うのです。その方が私たちの身代わりになってくださったと思っています。


 その日は、街のほうから、身体が真っ黒になって、焼けて、皮膚が垂れて、「痛いよー、痛いよー」と言いながら歩いてくる人がいっぱい来ました。死んだ方もたくさんいましたが、生きている人は担架で運ぼうということで5百メートルの道を、担架を持って歩きました。真夏の炎天下の中、何往復したか覚えていません。(後略)  つづく


   
 CS小学科 

 6月7月の小学科はサムエル記です。サムエル記下に入りました。「私の神さま」は、ということで書いてもらいました。
        

二人が書いた「私の神さま」は… 読めますか?  皆さまの心にいらっしゃる神さま、どんな方でしょう?
                     
                     
礼拝堂のエアコンが新しく

 新会堂が建って20年以上のエアコン、諸事情により新しくなりました。
購入の際、いろんな品々がプレゼントされ、これは、皆さんで“あみだくじ”にしましょうと楽しい計画が立てられました。
                                              
     

さあ、この景品をどんな順序で? これは、何等賞?  光央チャンも参加してるよ!


      

 久しぶり、子どもになって  くじ引いたり、じゃんけんしたり・・・Nさん、おいしそうなもの当たりましたね


 エアコン購入にご尽力くださった中村さん、何があたりましたか?


あと、また楽しみ、スイカをいただきました。初物、ご馳走様でした




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