かわらばんFRESH681

2016年9月11日
アッパの会            

 8月14日アッパの会の報告をしておりませんでした。かわらばん担当者が、アッパ
の会途中参加でよく理解できていませんでしたので、報告漏れで失礼してしまいました。
でも、その話合われた事は少しずつ実行に移されています。


 まず、18日の役員会は、昼食なしで進められました。


 8月31日(水)祈祷会の後、それぞれ昼食を済ませ、中村さんの車であいのぞみ園・秦さんに晩さんのお届をしました。(K680号で報告済み)


 その間に会堂掃除は、靖子さんが一人で掃除をすませてくださっていました。
(今までは、乃りこさん・堀さんのご奉仕でした。甘えっぱなしでごめんなさい <(_ _)>


9月7日(水)祈祷会後それぞれ昼食をとり、参加者全員で会堂掃除に移りました。


                     



中村さんは礼拝堂の掃除機かけをすませ、廊下をというところバックからごめんなさい。
靖子さんはトイレの掃除をすませ、江友館のトイレの掃除に向かって・・・

和田さんはダスキンで床磨き。


宮井先生ご夫妻お辞儀をして何を? 皆さんお分かりでしょう!  
今は天国の風藤さんが縫ってくださった 座布団カバー・聖書賛美歌入れを洗濯済みのものに取り換えてくださっています。
 
    
     
江友館の絵は、旧約聖書「ヨナ書」の 魚を、片山 寛先生のご依頼により、お連れ合いの博美さんが
“魚は笑う”と題して描かれ、特別集会の折にご持参いただき寄贈されたものです。
この絵の埃も取っていただき綺麗になりましたよ。お魚も、ますます喜んで笑っています。




旅の目的はリサイタル♪(yasukonさんブログより)


翌日(8/25)彦根を出発です。 岐阜県へ向かいました。
岐阜県加茂郡八百津町・・。6000人ものユダヤ人の命を救った日本の外交官 杉原千畝さんの記念館があります、そこへ一度行って見たかったのです。中は撮影禁止なので残念ですが仕方ありませんね。
           
   


 「命のビザ」を書いたリトアニアの日本領事館執務室の再現された部屋の机に有ったスタンプです。
 記念に押してきました。
   
 1940年の夏 リトアニアのカウナス日本領事館に多くのユダヤ人がポ−ランドからナチス・ドイツの迫害をのがれてきました。


もはや日本への逃げ道しか残されていなかった人たちにビザを発行し続けた杉原千畝さん。
杉原千畝さんは日本の外務省に、日本を通るビザ発給の許可を得ようと何回も電報を打ち続けていますしかし日本政府からの返事は「NO」。


日本政府 外務省の命令に従うか 人道愛に生きるか・・大変悩まれてついに決断された
「人道博愛精神第一」に生きようと。    
                           

 




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