江波キリスト教会かわらばんFRESH715
2017年10月22日
江波教会宣教60周年記念礼拝 


 江波教会宣教60周年の歴史を知り、感謝礼拝をささげました。

 「イエスさまに『つながって』歩み続けた60年でした。私たちは、これからもイエスさまにつながり、留まり続けてまいりましょう。」と、宮井牧師から力強いメッセージを頂きました。

 江波教会の歴史に参加いただいていた江波の地の方々のお顔も見え嬉しいことでした。
また、新しい歴史をつないでくださる方々のお顔もあり、喜びと希望に満ちた礼拝でした。



      
あかし(10月15日・礼拝にて)  宮井乃り子さん 
 
 ヨハネによる福音書 15章16節 
 「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたを選んだ。」

 このみことばは、私にとって実に真実です。50年以上の信仰生活は、自分の手だけで、自分の力だけで行ってきたとは、とうてい思えないからです。

 教会とは全く無縁の環境で育った私は、高校生の時、クラスメートが映画「偉大な生涯の物語」を観て神について話しているのを聞き、こんな科学が発達している現代に神など信じる者がいるだろうか?と密かに思いました。その後、バイブルクラスに誘われ、広い宣教師の一室で、お若い独身女性のオーエン宣教師が語ってくださった箇所が、マタイによる福音書4章19節「わたしについて来なさい。人間を取る漁師にしよう」でした。聖書には、何と奇妙なことが書かれているのか?興味も関心も湧きませんでした。

 礼拝に誘われても、クリスチャンになったら、何か縛られてコチコチになってしまうと思い込んでいたので、みことばは届きませんでした。
 ところが特別伝道集会の時、突然のように神様がおられることに気付かされ、涙があふれ、クリスチャンになりたいと思いました。

当時、我が家は、父が一介のサラリーマンから事業を興したけれど、うまく行かず、両親のいさかいは続き、兄は最近耳にしない言葉ですが不良であり、それも両親の悩みの種でありました。何とか真実なもの、不変のものを求めていたのだと思います。

 決心はしたものの、教会を全く知らない親は反対しました。「それでも、バプテスマを受けて良い」の牧師のことばで、埼玉県の浦和バプテスト教会でバプテスマを受けました。19歳の時です。

しばらくすると、先にバプテスマを受けて私を教会に誘った友や、あの様なきれいな声で賛美できたらいいなーと思っていた友や、参加の許されなかったクリスマスキャロルの話を楽しそうに語った友も、皆 教会から離れていきました。

私も説教が心に届かず、教会を休みたいと思った時、心に浮かんだのは、あんなにも反対されてまで信仰に入ったのに、何だったのかという思いでした。同年代の友は去ってしまったけれど、教会内では、家庭を開放して集う家庭集会に誘って下さったり、教会学校の分級で年代を超えての交わりの中で、何とか繋がり続けることができました。
そして今まで全く知らなかった世界へも導かれました。   (次号へ つづく)

 


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