海



            『昔々、神様が始めて作った“人”は…とてもとても大きな人でした。
             あまりに大きすぎて…神様は次の“人”を作る事ができませんでした。
             仲間の変わりに大きな人に何者にも負けない強い力と心をあげました。
             やがて時は過ぎて行き…神様は小さな“人間”をたくさんたくさん作りました。
             小さな動物もたくさんたくさん…
             誰も一人ぼっちはいません…そう…大きな人以外…
 
             大きな人は心の強い人でもあったので一人ぽっちでも平気でした。
             平気のはずでした。
             けれど長い年月…仲間がいるもの達を見て羨ましくなりました。
             羨ましくて…寂しくて…ポロリと涙がこぼれたのでした。
             大きな人の大きな涙の雫はたった一粒…
             たった一粒なのに大きな大きな水溜りとなり…やがてそれは“海”となった…

             大きな人はその“海”に身を沈め…孤独から逃げ出した…
             やがて“海”より沢山の生命が生まれ…
             大きな人は…“神”と呼ばれるようになった…』

            それが海の始まり…


            泉よりも広く穏やかに凪ぐ水面を見ながら少女は顔をしかめた。
            切ないような…腹立たしいような…そんな複雑な顔。
            自らの愛する泉よりも雄大な海にまつわる物語を聞くにつれ、
            その愛らしいとも言える顔は形容しがたいものとなった。

            「聞かなければ良かった?」
            眉間のシワが跡に残らないか心配しながら少年は言った。
            「そんな事はない…ないが…」
            少しの間…少女は考えをめぐらせる。
            「これは物語…いや…少しは事実も入っているのかも知れぬ…だが…
             だが、なぜこんな悲しい話にする?」
            「悲しい?」
            最後に人は多くの生命を生み出した…仲間が沢山できたはず…なのに…
            なぜ悲しむのだろう?少年は少女を見返した。
            「悲しかろう?どれほど多くの生命を生もうと…神とあがめられようと…
             結局は自身の仲間を創る事は叶わなかったのだから…」
            悲しむような…愛しむようなそんな顔を海に向け…少女は言葉を紡ぐ。
            「今もたった一人…この海の底で泣いている大きな人がいるのだろうか?
             だって…どこにも“もう孤独ではない”なんて伝わってないのだろう?」
            少女の言葉に言葉を失い少年は立ちすくむ。
            「孤独を感じてなければ良いな…大きな人も…この話を伝えた者も…」

            大きな海に伝わる小さな悲しい物語…
            そう、この話を作った人物もまた…孤独を感じていたのかも知れない…

            「細波が…泣いているようにも聞こえる…」
            「歌っているようにも聞こえる…」
            静かに耳を澄ます…
            「ねぇ…お前は…なんに聞こえる?この海の声が…」
            向けられた微笑の答えは…… …… ……






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