『…約束…』『うん!約束ね?』 |
そこで目が覚め首をひねる。 |
「……何?一体……何が約束??」 |
自分が見た夢を誰にとはなしに尋ねたのだった。 |
「燈!いい加減にしときなよ!もう出なくっちゃ。買い物もするんでしょう?」 |
鏡とにらめっこをしていた藤葉燈に対し友人がイライラとした風にそう告げる。 |
「ごめん〜トキちゃんも怒らないで。だって髪がハネちゃってるんだもの。」 |
それに対し燈は瞳をうるうるとさせながら少しハネた髪を友人へと見せる。 |
ここはチアリーディング部の部室… |
状況は練習が終わった後… |
時はこれからチアリーディング部と水泳部の合コンが始まる数時間前… |
「もう!それくらい誰も見ないわよ。」 |
「そうかも知れないけど…せっかくの合コンよ?素敵な人がいたらどうするの?」 |
それは反論と言う訳ではなく,素直な疑問形。 |
思わず「知るか!」と突き放したく衝動はその潤んだ瞳と口調で鎮圧される。 |
「…仕方ないわね…買い物はなしね。みんなにも連絡いれとくわ。ほら…座り |
なさいよ。髪やってあげるから。」 |
苦笑とも微笑ともいえない顔のまま友人は燈の髪に触れる。 |
「ありがとう!!だからトキちゃんって大好きよ!って…こうしていると… |
なんだか美容院ごっこしてるみたいね。」 |
呑気な言葉に友人は今度こそ正真証明の苦笑いを見せたのだった。 |
「今度こそ,良い人いたら良いね。あんたの外見だけに騙されずにちゃんと中身も |
好きになってくれるような人がさ。」 |
燈の柔らかい髪をブローしながらそう語りかける。 |
「そうね…いたら良いなぁ…って!外見だけにってどう言う意味?」 |
頬っぺたを景気よく膨らませながら反論した。 |
藤葉燈…その外見は可愛らしいとよく褒められる。 |
褒められはするが恋人と言う存在は2週間いたためしがなかった。 |
『可愛いんだけど…なにか違う…』ふられ文句はいつもこれと類似していた。 |
とても好きな相手だった…とても好きな相手のはずだが振られて少し悲しくて |
それで終わってしまう自分がそこにいる。 |
追いすがる事は決してしない。 |
ずっと心の底からの恋がしたかった。 |
だからずっと探している。 |
自分が1番好きになる人を… |
自分を1番好きになってくれる人を… |
なりふり構わず追いすがれる…そんな相手を… |
「はい,できたわよ。これで良いでしょう?」 |
燈の思考はそこで打ちきられた。 |
鏡ごしに見えるのは満足そうな友人の顔とすっかり落ちついた髪の毛… |
「ありがとう。」 |
そんな友人に今できる最高の微笑みを向ける燈であった。 |
「あ,あの人達よ。」 |
その場所へつき,その人達を見た時…燈はハッと息を飲んだ。 |
燈の後ろでは『飲み物は全部私が頼むからあんたは頼んじゃダメよ?』といつもの |
注意事を言われているがそれどころではなく,頬が赤くなるのがわかった。 |
「…私…あの人の前が良い…」 |
少しテンション低くタバコを吸う青年の前。 |
タバコの煙はあまり得意ではなかったが,それでもその青年と話すきっかけが欲しかった。 |
どこか懐かしい…優しい感じの… |
『ああ言う感じの人が好きね』と言う友人の言葉はこの際無視して |
燈はその青年の前に向かう。 |
高鳴る胸の音が聞こえませんように… |
顔が赤いのに気付かれませんように… |
それらに気付かれたら『惚れっぽい女の子だ』と思われるかもしれないから。 |
自分を良く見られたいと言う感情に少なからず驚きながら燈は席についた。 |
早く話すきっかけが欲しいな… |
そう思いながらも乾杯をして,友人が頼んでくれたカクテルをあおる。 |
すっと違和感無く喉を通り渇きを癒す。まるでジュースのような飲みごこち。 |
一息付いて…そして気付く… |
もしかして…見られてる?!見られて?!』 |
決して不躾ではなく,不快に感じる事のない視線。 |
しかしそう意識すると動けなくなり,身体が不自然にがくがくとなるのがわかった。 |
『どうしよう?どうしよう?!私…もしかして変?!変なの?!髪はなおしてもらっ |
たのに?!は!!もしかして顔?!顔なの?!そう言えばお化粧にまでバッチリ気 |
が回らなかったし…ど,どうしよう?第1印象最悪…とか思われちゃってたら… |
他の子が前に来れば良かったのに…とか…』 |
燈の中でなぜか際限なく暗い妄想が膨らんでいく。 |
目の前の青年の一挙手一投足が気になって… |
ビールをあおり,吸いかけたタバコを消す姿に思わず見惚れてみたり… |
そして…… |
「あのさ,なんていう名前?」 |
青年からの質問に胸が飛び上がった。 |
『素敵な声……って!!え?!私?私に名前を聞いてくれてるの?それって…』 |
横からは早く答えなさいよ,とばかりにつついて来る友人。 |
じっと燈の返事をを待つ青年… |
言葉を交わせるのが嬉しい…と言うと大袈裟だろうか? |
けれど,確かに燈はここ数年来の喜びを感じていた。 |
その喜びを隠す事なく今まで見せた事がないほどの微笑みを見せた。 |
「私の名前は……」 |
この日以来,燈の毎日は満たされる事になる。 |
fin |
2002/12/15 |