| それはいつもの戦場だった… |
| いつものようにより多くの敵を求め…より強い敵を求めて… |
| 傷だらけになるのを感じながら、朱に染まる事を感じながら。 |
| それでもつき進む… |
| 何かに突き動かされるように… |
| 『まだ…足りない…届かない…力が欲しい!!』 |
| …それは強迫観念…真っ黒な刀身の剣を薙ぐ。 |
| 強くなりたかった…何よりも…誰よりも。 |
| 尊敬する母や師匠に褒めてもらう為…いや、それ以上に強く… |
| 彼らを守れるくらいに… |
| いや…ただ…純粋な『力』が欲しかった。 |
| 貪欲なほどに力を欲している。 |
| 「危ない!クレア!!つっこみすぎるな!」 |
| 先輩の自由騎士の声が耳に入る。 |
| 自由騎士の中でも特に慕っている先輩の言葉… |
| だか、それも耳に入るだけ…今…その言葉は意味を形成しなかった。 |
| 朱に染まる…口元が笑むように歪む…ただ…無意識に… |
| 高揚するのがわかった。 |
| 倒れ行く相手の姿にゾクゾクとした快感が背を走る。 |
| それが己の強さになると根拠のない自信故に… |
| ○ |
| ……それは本当に何気ない動作だった。 |
| 戦場においてありえない事だった…不意に…空を見上げるなど… |
| アンチェインの能力あればこそ見えるものだったのかもしれない… |
| 空に咲く真っ青な華を…ありきたりな例えではあるがそうとしか表現できなかった。 |
| 華は咲き誇り…舞いながら…群がる虫を自らの力で蹴散らす… |
| 美しさを湛えたまま… |
| ほんの一瞬だったのかもしれない…けれど…永遠にも等しい時をその華を愛でる為 |
| に用いた。 |
| 敵の只中…己の危険も顧みず…ただ呆然と… |
| 『…こんな…こんな人がいるだなんて…』 |
| 感動に打ち震えた…先ほどとは違う笑みが口元を彩る。 |
| 瞳を捕らえて離さない…黄金の飛竜に乗った力強い鮮やかな青い華… |
| 瞬きすら惜しかった… |
| 足が震え今にも座り込んでしまいそうになる。 |
| ふと…背後より潰れた声が聞こえた…そして…巨大なそれでいて優しい気配… |
| 振り向くとそこには若葉色の飛竜… |
| 優しく無垢な瞳…心の底より湧き上がる安心感。 |
| 『共に…戦おう…』 |
| 言葉ではなく直接頭に語りかける声…やわらかな…若葉のような声… |
| 『共に…戦う…?』 |
| 若葉色の飛竜がゆっくりと首をもたげる。 |
| 「うん…共に戦おう…一緒に戦って…あの人の下に行ける位強くなりたい。」 |
| 古くからの戦友との挨拶のように手を差し伸べた。 |
| ○ |
| そこから先の記憶は斑に紡がれた… |
| 強さを求める事から生還する為に力を注いだ。 |
| 死ぬ事は怖くはなかった…弱さを突きつけられる位なら死を受け入れる方が良かった… |
| けれど今は死にたくなかった… |
| 生きていたいと切に願った…輝きたいと切に願った… |
| あの勇壮な人の下で…いや…側で!!! |
| 気がついた時…飛竜の群れの一つとなっていた… |
| 朦朧とする意識…若葉色の竜に身体を預け荒い自分の呼吸で生きている事を実感する。 |
| 視界が…若葉色に染まっている… |
| 『ねぇ…あなたの名前…決めたよ…』 |
| 口に出して言葉を紡ぐわけではないのに大きく一息ついてその名を告げる… |
| 『わかば…あなたの名前はわかば…』 |
| 『そうか…』 |
| ただ受け入れる言葉を聞いた後…すぅっと意識は遠のき… |
| 再び目が覚めた時…正式な入団が決まっていた。 |
| ○ |
| 後に…魅入った人物がハイフレイムの王子である事を聞く… |
| 己の無知さに自分自身呆れてしまい… |
| けれど、あの強さはそれ故にと…納得したものだった。 |
| 彼の人の中には強さがあった… |
| 彼の人の中には輝きがあった… |
| 彼の人を強さを超える事…超えた時こそ今以上の力を得る事ができる!! |
| 再び根拠のない…けれど…胸の奥が熱くなる…そんな確証… |
| 個人的に話した事もなく… |
| 彼の人においては自分の存在すらしらない… |
| それでも彼の人の強さを目指し… |
| できる限り側にいて…自己を鍛え…少しでも近づけるように… |
| 強さの秘訣を知りたくて…ずっと見つめ続け…気づく… |
| 友に見せる親しみのこもった微笑み。 |
| 楽しそうな表情、怒った表情…色々な表情… |
| それを見る度に幸せになる自分。 |
| 自分のまだ知りえない顔も見たい… |
| 自分の知らない彼の人を知りたい… |
| そして知る… |
| 自分が彼の人に恋をしているのだと… |
| ○ |
| そう自覚して…思い出したのは遠くて近い昔の話…まだアンチェインに目覚め |
| ていない時…そう、それは…母の言葉。 |
| 『男の子なんて好きにならないよ。』 |
| “好きな人はいないの?”と母に問われた時、はっきりとそう答えた。 |
| 恋愛話は苦手だった…男の子は面倒だと思っていたから… |
| そんな事より剣を取り、鍛錬を積む方が有意義に感じられていたから。 |
| 師匠はまだ早いと頷き、母はそうなの?と優しく微笑む… |
| 絶対の自信があった…恋愛をするより剣の腕を磨いていた方が楽しいと… |
| それはこれから先も変わらないと… |
| 師匠の大きな手が頭をなで、母のたおやかな手が紅茶を入れる… |
| 幸せな時間… |
| 『…いつか…それでも俺達や友達とは違う“大切な人”がお前にもできるのだろうな… |
| その時お前はきっと…色々と悩むんだろうな…』 |
| 寂しそうな…幸せそうな師匠の顔… |
| 『そういう時…迷ったら…自分の心に従い動きなさい。下手な考え休むに似たり |
| …と言う言葉があってね?どうせ考えても無駄なのだからさっさと思うように |
| 行動するのが一番良いのよ。』 |
| 楽しそうにコロコロ笑う母… |
| 『…好きになんて…絶対に…ならない…』 |
| 頑なに言い張り、頬を膨らませる。 |
| 『そうかい?』 |
| 師匠は肩をすくめ、やはり微笑みを向ける。 |
| 『…ねぇ…?いつか恋をして…今日言った事を恥かしいと思う時がくるかも |
| 知れない…けどね?“今”思っている事を未来で恥じてはダメよ?』 |
| 母の言葉は抽象的で…意味するところがわからなかった。 |
| 『“今”あなたが思っている事…それがあなたの真実よ。未来のあなたを作るもの… |
| 恥じる為に今があるのではないの。恥じる位なら誇りなさい。“恋”はしないと |
| 言った今から…“恋”をして一つ“今”と違う心を得られた事を…』 |
| そう微笑みながら母は師匠の方を見る。師匠も母に微笑み返し… |
| 幸せそうな二人…幸せそうな… |
| けれど…“今”求めているのはそれではない… |
| 「…いつか…誇れる日がくるのかな?…いつか…」 |
| 強くなりたかった…誰よりも…誰よりも強く! |
| … … … … … |
| あの時…師匠や母の言った言葉の意味がわからなかった… |
| けれど…今は… |
| 二振りの剣を取り出しそれぞれの柄に口付けをする。 |
| 「あなた方の娘に産まれた事を誇りに思います…そして…」 |
| あの人を好きになれた事を…誇りに思います… |
| 今はまだ…名前さえ覚えてもらえていないかもしれないけれど… |
| それでも…いつか… |
| 微笑を浮かべ…わかばを肩に乗せたまま大空を統べる今はまだ届かない |
| 青い華に手を伸ばす。 |
| …いつか…必ず!! |
| ○ |
| ちなみに…今回の戦いの事や自由騎士ギルドをやめる事…所属を変える事… |
| 色々な問題が山済みにあり…それを全て優しい先輩自由騎士が処理したと… |
| 後に聞き…お礼を言いに行ったのはまた別の話… |
| FIN |