いつか晴れた日に。
外へ出かけよう。
山でも外国でもドコでもいい
青子が好きな場所に出かけよう?
サカナがいない所ならどこでも。
ここからうんと離れた所がいい。
誰も知らない、初めての土地。
昔の『探検ごっこ』のように、暗くなったからって帰んなくてもいい。
大人ってベンリだな。
* * *
「青子、ドコにする?」
「・・・・ドコでもいい。」
「山?高原?ああ、今の季節ならきっと緑がキレイだろうな。」
「・・・・そうだね。」
「どうせ行くんなら温泉に入ってゆっくりしてえよなあ。」
「・・・・あ、そ。」
「・・・・・」
「・・・・・」
「つーか!青子ッ!!なに怒ってるんだよ!!」
「青子、怒ってなんかないもん!」
「ウソつけッ!!眉間にシワよってんぞッ!!」
「ほっといてよっ!!バッカイト!!」
「んだと!アホ子ッ!!」
「言ったわねー!!」
この頃青子の機嫌が悪い。
いつもピリピリしていてうかつに話し掛けられない。
「だいたいよー、ドコか行きたいって言い出したのは青子だろ?言い出しっぺが計画立てないでどうすんだよ!!」
「べつにッ!青子、快斗と行きたいなんて一言も言ってないもん!
旅行は青子ひとりで行くのッ!!快斗はもうカンケーないのッ!!」
「どうして!?」
「青子は・・・青子は・・・快斗と居たくないのっ!
快斗だってそうでしょ?青子よりも、もっとキレイで大人っぽい・・・あの女の人と居たいんでしょ!?」
「はあ?」
「青子、知ってるんだからっ!青子と別れたいんでしょ!」
「ちょっと・・・おまえ、なに勘違いしてんだよ!」
「・・・イトの・・・快斗の浮気者ーッ!!ダイッキライ!!なによ、バッカイト!!いいわよ!その気がないなら青子のほうから別れてやるんだからッ!!」
「だから!なにワケのわかんねえこと言ってんだよ。おまえは!!」
「ウソつく気!?青子はねえ、知ってるんだから!・・・・快斗が・・・・快斗が知らないキレイな女の人の家から出てきたこと・・・・青子は知ってるのよ・・・・!!」
「キレイな女の人お?」
「そうよ!細くって、茶色の髪で、まるで猫みたいにしなやかな、キレイな人よ!」
やっべ・・・・宮野女史だ・・・・見られてたのか・・・。
「その人と、快斗、すっごくお似合いで・・・・帰りしな快斗はその人にキスしてた。・・その人は笑ってたわ。
・・・快斗、もういいのよ。惰性なんかで青子と付き合わなくていい。
か、快斗、その人好きなんでしょう?だったら、その人のところに行っていいよ・・?
青子は、悲しくなんかないから。」
「青子、あの人はなあ・・・」
「まだシラをきる気?サイテー!!バッカイト!もう顔も見たくないわ!!」
「オマエ、俺を信じねえのかよ!」
「信じる?よくそんな事言えるわね!何回も約束を破ったのは快斗でしょう?デートの約束はおろか、クリスマスだって、青子の誕生日だって!」
「それ・・・は・・・」
キッドをしていた日だ。『仕事』の日は青子との約束を破ってきた。
その度に青子は、『そっか、キッドがあるんなら仕方ないね、また今度誘うね』と、手を振って見送ってくれたから・・・笑って手を振ってくれたから・・・だから、気にもとめていなかった。
「だから、それは・・・だ、だいたいオマエだって笑って手を振ってたじゃねえか!だから、てっきり・・・」
「・・・仕方ないじゃない!ワガママ言えないでしょう?」
「・・・・・」
「・・・もう、いいよ。快斗は青子のこと全然わかってくれないんだね。もう、いいよ。」
「あお・・・」
「もういい!快斗なんか、ダイッキライよ!青子ばっかり、空回りして、青子ばっかり切なくって・・・!!もういい、疲れたよッ!!快斗なんか・・・どこでもいっちゃえ!!」
「ああ、わかったよ!そんなにお望みならどこへだって行ってやるよ!後で後悔すんなよな!?」
「するわけないじゃない!!」
刹那、顔に何かが投げつけられた。
「!!」
去年のクリスマスに俺が送った指輪だった。
指輪はチャリン、と音を立てて、フローリングの床に落ちた。ゆっくり何回か回転してやがて倒れた。
青子はまだモノを投げつける。
ふたりで撮った写真、俺の着替えやパジャマ、マジックの道具。
「もう青子には用事無いから、全部持って帰ってよッ・・・!!」
「わかったよ!じゃあな。お世話になりましたーッ!!」
見慣れた部屋を背にして靴を履くと勢いよくドアを閉める。
バタン!
その瞬間に、俺と青子は終わった気がした。
* * *
「まだまだお子様ね。」
「・・・誰のせいでこんな事になったと思ってんスか?志保サン。」
「オマエのせいだろ?」
「新一!んなせっしょうな・・・」
「そやで。自業自得やん。」
「服部まで・・・」
「そうよね。」
「・・・・・」
「満員一致で決定。オマエが悪い。」
「つーか!慰めてくれたっていいじゃんッ!!」
「いや、ハートブレイクした男はそっとしとくもんやないんか?」
「まだしてねえ!」
「まだってことはいずれするのね。」
「志保サアン!!」
「だいたいオマエは所かまわずキスしすぎなんだよ!」
「だってよお、これって遺伝みてえなもんなんだからさ、仕方ねーじゃんよ!」
「仕方なくねーよッ!!このキス魔がっ!!」
「ひっどお〜い!新ちゃんッ!!いつの間にこんなに口悪くなったの?ママかなしー。」
「母さんのマネすんなっ!」
「ちぇーっ!血も涙もないことで!こーんな美少年が真剣に悩んでるのにッ!」
「はあ?どのツラ下げて美少年だって?」
「まあ、エエやんエエやん。工藤も黒羽もビジンさんやん。」
「平ちゃん、やっさしー♪」
「まかせときや♪」
「・・・で?黒羽君、貴方、私にどうして欲しいの?」
「それなんだけどさー、今、志保サンが直接青子に会っても逆効果なんだよねえ。」
「火に油を注ぐな。」
「ホンマに危機やな♪」
「くっそー、てめーら、いつか覚えてろよお!?」
「で?ホントにどうする気?」
* * *
「・・・バッカイト。」
どこに行こうか。
初めての一人旅が失恋旅行なんて・・・笑える。
「北海道かあ・・・いきたいなあ。」
小樽、札幌、富良野。ああ、ラベンダーが満開だろうなあ。
キタキツネ牧場でキタキツネ触って。
時計台見て、美術館巡って。
美味しいもの食べて。
「・・・快斗と行きたかったなあ・・・」
なに言ってるの?快斗は、快斗はあの女の人が好きなんだから。
だからしょうがないじゃない。
快斗は悪くない。
青子だって悪くない。
ただ、快斗が青子よりもその人を選んだ、それだけじゃない。
「・・・・バッカイト・・・。」
* * *
いまでも青子は・・・青子はいまでも快斗が好きです。
快斗が青子を好きじゃなくても、青子は快斗が好きなんです。
快斗が、快斗だけが。
快斗に他に好きな人がいても、それでも。
青子は。
あれは売り言葉に買い言葉。でも、本心。
19年片思いをしても、終わりは一瞬。
なんてあっけないのだろう?
* * *
自分から切り出した別れなのに、快斗ばかり思い出す。
『おれ、くろばかいと!よろしくなっ!!』
「・・・・ふっ・・・・」
『ここからは男のエリアだ!女のおまえを危険なめにあわせられない!!』
『ヤツがきたら大声だすんだぞ!!すっとんでくるからよー!』
「・・・ふっ・・うっ・・く・・かいっ・・かいっ・・・・」
『約束したじゃねーか!・・・・バーカ。』
「・・・かいっとお・・・」
『でもアイスクリームは・・・甘いんだぜ!!』
「・・快斗お・・・・ッ!!快斗お!!」
ああ、やっぱり、まだ。
私は貴方が好きです。
* * *
「ったくよー!!新一は人間じゃねえよな!オニだっ!!鬼ッ!!」
自分の不幸を楽しんでいるようにしか思えない東の名探偵の悪口をつぶやきながら、快斗は阿笠邸をあとにした。
結局、どうするかまとまっていない。
「どーすりゃいいんだ。」
いつものケンカと違う。このままだと本当に俺たちは終わってしまう。
それだけは避けたい。
なんとしても。
『快斗!』
「青子?」
振り返ったが誰もいない。
「・・・・・」
虚しさだけが残る。
快斗にとって青子がいるのは当たり前。
その『当たり前』がどんなに贅沢な事なのかやっとわかった。
気が付けば青子がいた。
雨の日も、風の日も。父さんが死んだ時だって青子はいつだって俺のそばにいた。
青子とはじめてあったあの日からずーっと、ずーっと365日、青子は俺のそばにいてくれた。
『失ってからじゃ遅い』なんて、陳腐なラブ・ソングみたいな事、頭じゃわかってたつもりなのに、わかっていなかった。
「やーっぱ、俺ってば青子が好きなんだよなあ。」
苦笑しつつあらためてそう、思う。
青子とあってから、あの日からずーっと、ずーっと365日、俺は青子が好きだった。
今だってそうだ。
こんな時だというのに、青子の顔しか浮かんでこない。
『わたし、なかもりあおこ!よろしくねっ!』
「・・・・」
『バ快斗!いーっだ!!』
「・・・・」
『信じてたよ・・・・きてくれるって・・・・』
「・・・・青子。」
『だって快斗、カッコ悪いの嫌いだから・・・青子なんかと滑ると恥じかいちゃうよー』
『たまにはさっ、快斗にカッコよくきめさせてあげたいじゃん!』
「・・・・青子。」
『おねがい、もう一人にしないで・・・青子も・・・快斗といっしょに・・・・』
「・・・やっぱ、謝ろう・・・」
ああ、やっぱり、まだ。
俺は貴女が好きです。
* * *
「・・・ん?」
青子が気が付くと、もう太陽は沈んでいた。
「うっそ!・・・寝ちゃったのかー・・・7時?うわー、4時間も寝てる。」
カーテンを開けて、ベランダに立つと、見事な満月が夜空に輝いていた。
こんな満月の日は、彼の事を思い出す。
世界一、満月がよく似合う怪盗。
怪盗キッドの事を。
それまで散々キッドの悪口を、しかも本人の目の前で言ってきた青子を彼は笑って許してくれた。
「・・・・・」
あの時は、2人は永遠だと思い、こんな日がずーっと続くのだと思い、快斗を失うなんて絶対にないと思っていた。
まったく、人生は残酷だ。
「・・・・バッカイト・・・・」
「お嬢さん?こんな夜空にそんな薄着ではお風邪を召しますよ?」
「!!」
空耳ではなかった。
ベランダの屋根に腰を下ろし、優しく青子を見ているのは、怪盗キッド、つまり黒羽快斗だった。
「なっ・・・なんで!?」
「なんでって・・・そりゃ・・・あ、謝りにきたんだよ!!」
「!?」
「俺、不器用だからさ、キッドのときのほうがスムーズに言葉が出て来るんだよ!自分の想いを伝えられるんだよ!!・・・・・ゴメン、青子。」
「・・・・」
「ホントに、あの人・・・宮野女史とはそういう関係じゃないんだ。あの人はさ、新一の恩人でさ。」
「・・・・工藤君・・の?」
「ああ。で、あのキスだって・・・俺にとっては挨拶代わりなんだよ。『こんにちは』ぐらいの意味しかない。深い意味なんてないんだよ。・・・不安にさせて、ゴメン。
・・・青子が嫌だって言うなら止めるから。やっぱり、まだ怒ってる?」
「快斗にとって、意味のあるキスって誰とのキス?」
「決まってるだろ、んなのたった1人だよ。青子、オマエだ。他のなんてキスなんていえない。気持ちが入ってないキスなんてキスなんて呼べない。切なくないキスなんてキスじゃねーよ。」
「ホントに?」
「ああ。神に誓って。」
「あ、青子もね、青子は快斗みたいにやたらにキスなんてしないけどね・・・意味のある、気持ちが入ってるキスは快斗だけだよ。」
「ホントに?」
「うん。青子も神様に誓うよ。」
「じゃ、青子。手、出して?」
「?」
「指輪、もう一回はめてくれる?」
「・・・・・うん。」
* * *
外へ出かけよう。
山でも外国でもドコでもいい
あなたが好きな場所に出かけよう?
ここからうんと離れた所がいい。
誰も知らない、初めての土地。
* * *
「やっぱ、北海道かな?」
「ほっかいどー?」
「小樽、札幌、富良野。ああ、ラベンダーが満開だろうなあ。キタキツネ牧場でキタキツネ触って。時計台見て、美術館巡って。美味しいもの食べて。」
「俺、やっぱり沖縄がいいなあ。」
「・・・・沖縄にはおさかなさん、いっぱいいるよ?いいの?」
「・・・・や。止めときます。」
「青子はかまわないけどなー。青い空、白い雲。どこまでも広がる砂浜に、色とりどりのおさかなさん――――・・・」
「っげー!!それだけはマジやめろよ!なあ、アオコッ!!」
「えー?どうしよっかなー?」
「青子ー!!」
* * *
外へ出かけよう。
山でも外国でもドコでもいい
あなたが好きな場所に出かけよう?
ここからうんと離れた所がいい。
誰も知らない、初めての土地。
どこだって、あなたがいればそれでいい。
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