|
Ⅱ
古茶けたページに
古茶色の蛾の羽
風が吹くととんで行く
「古いものは、打ちこわせ！
革命だ！ 革命だ！」
と古いうなりがとんでいく
（「蛾の羽より」）
旅
既にわたしとあなたは
夜をすごして語らった
上着をすてた川辺の緑は
もたれかかってさいなむばかり
落葉樹林帯は
落葉樹林帯は地図の中より
はるかに広くはてしなかった
無残に散りしいた葉の上で
夜通しの考えは死んでいった
早く飛びたつ鳥を見ては
露に吐息をはき
昔の足跡は石のように固く
私の指はなぞりつづけた
野づらをゆく流葉に
獣のような目をむけ
二時間というものただ潜み
桃の実の熟れる匂いがし
寝言がどこからか聞こえたが
うつぶしたまま私は草を見ていた
植えこみの
植えこみの中からのぞいていた顔が
鈍く向こうをむくと、あとは何もなく
喉がやけつくばかりに痛く
みんなが通りすぎるのを待っていた
もういちど私を見てくれたなら
型通りに会釈しようものを
たちまちに木犀の色にかくれて
本でも読んでいるそぶり
縁側の声は彼女をつなぎとめ
留守居を理由にすべてを拒否する
はたちまでは私もそうだったと
遅れてきた郵便車がそっと告げた
栗の木は切りたおされ
道はなおされて跡形もない
礼拝堂の中で名を呼ばれ
ここへやって来たのに
偏屈な犬も顎を撃たれ
浴衣着の少女たちが坂をおり
ノートを広げて帰宅を待つ
私のもとに電話がとどき
もったいぶった口調でそっと告げた
葱畑の中の冷たい麦藁帽子が
今晩はと声をかけ
もう帰れないのでしょうかと彼女は
笑顔を壊しながら言った
おかしな木の
おかしな木の根元に
ひとりでいたとき
塀ぞいに走ってきた彼が
はっきり私にいった
理由はよくわかっていた
寄り添っては離れ
たしかめるような目つきをしては
強く抱きしめたのも
私はこまってしまい
また同じ失敗をやったけれど
今度は何も恐くはない
私が何主義者だというの？
いつもの絵を掛けかえ
を持って食堂にゆき
ほんとうに幸せだと思う
ふと取りこぼしたパンのしみみたいに
かつて私は
かつて私は鳥だったような気がする
乱暴にあつかわれはしなかったが
奇麗な林に閉籠められ
たゆたいながらあの人が慈しんだ
彼は
彼は空を転し
まがった軌跡を描きつづけた
なにもかもが足元を揺らし
もはやあなたはここにさえいないと気づいた
人間の声はあまりに野蛮で
貞淑な彼は食卓の皿を伏せ
せまい庭の芝生に火をつけ
無駄のない動作で塀をこえ
野鼠たちはまっすぐに歩み
長い歴史をあまさず語った
私は羽をつくろい
要塞をこえ街を見下ろし
計画されたものをすべて破壊した
受けとったものはすべて軽く
止められたものはかくも重い
燕の背
ひからびた背中
のがれる術も知らずに
おかしな調子で喋る鳥たちは
姿を人に変え
遠のくばかりの思いに
おののくばかり
遠のむかしに終った物語に
虫たちの口接け
まがった空に手をのばしながら
けっしてこっちを見ようともせずに
文字は削りとられ
栄華は海へなげうたれ
鳶の足
兵士に刈りとられ
そばにいるだけで
そばにいるだけで冷え冷えとした夕方
向きあった背中を剥がしながら
何を考えていたか今では思い出せず
林檎の潰れた音がテレビから聞こえる
二本の花を指先に染め抜いて
死んだ猫の話をする彼
横からのぞいた耳の舌が
見事に私をそむこうとしていた
あといく日過ごせばよかったのか
途方にくれた腕組みの中で
眠った雛が餌をついばんでいる
背の高さを気にとめるでなく
手のひらをテーブルの上で揺らして
変なことばかりしていたみたい
さがしあぐねて
さがしあぐねてまた
妬みを窓の外につるして
道化た仕種をしてみるけれど
はたして何をさがしていたのか
しばらくの間は草をつみつつ
はるの遺骸をいとおしむけれど
深刻な話の間に見せる表情（かお）が
ふしぎなほど呆けていて
羅列、羅列、それは羅列、ただの
いきなりそんなこと言ったって
布団を干す天気の中で
きれいな人たちがうっすらと見えるだけ
なぜ？ はベランダの手すりから
あきれたは！ 私のことなんて
手ひどく裏切られたとは思ってないけれど
ひと言をいわないことが、せめてもの、ね
うたの
うたの上手い人の話を
今は忘れてしまったかのようで
明日のやってくることも考えずに
戦いつづけている川面は
今朝は
今朝はまたおかしな夢をみたと
はっきりとした口調で彼は言った
櫟の皮を切りとっては
みつからないように燃やし
せめてこの月いっぱいいればいいねと
空っぽになった水筒をすてて私は
枝を手に空を払っていた
ぬかるみにはまった獣を見すててきたことが
今朝の空気の中で円を描き
除け者にされた彼は
黒い色で私の名前を何度も呼んだ
シネラリヤ、ジギタリス、シェーレ
いつまでも彼はそうしていた
まともな答えなんて彼は期待してなかったのに
めんどうくさがって私はぽんと手を投げ出し
小さくくくられた草の葉をほどいた
目が閉じられそれっきり
馬の駆ける音がし
夜がやってきて
休みなく私は自問した
このたびはどこで眠ろうかと
あすはまた彼と
素敵な一日を送ろうと
めんどうなことを考えていたけれど
絵空事にすぎなかった
澄んだ瞳を
澄んだ瞳をこっちにむけてあの人は食事した
むせかえるような季節の変転の中に
二度とかえらぬ舟を解き放ち
明るすぎる木もれ日をはじきながら
今頃あの人はなにをしているのだろう
懶惰なまま食事を頬張り
真昼の魔を横目に
寝ころんだまま願いごとをしているのか
落ちていった舟のことをあの人はどう思っているのか
らくだの背の休息は落木に倒れ
命さえ毎日花の枝にもたれていたのに
つまみあげたビールの泡のむこうで
やさしく笑っている人がまさか
ようやく目を伏せたあの人なのか・・・・・・・・・
願いごとは
願いごとはみんなだめになった
逃るべき方とてなく
この年はここにて日を暮す
はすっぱな匂いをさせながら
太い枝を折り
とがった口先を私にむける鳥
日がな一日
乱暴な子供らとすごし
俤は幽霊に
思案は幻想に
す早い氷解はにべもなく
散らされた人々の声に
しるべすらなく
掻き乱された心の中
喇嘛僧たちは山に登り
黙（もだ）した気配をふりかざす
痺れた足元の砂には
たたみこまれた秘法
見限られた方法に執着し
轢死した首すじを晒し
折りとられた舵は船底に
陸では家々が焼かれ
二匹の子猫の中に真実がある
生まれた言葉に名前を付け
利口な仔牛に首輪をかけ
小さな足という歌を口々に
茫洋たる海原に杭をさし
きれいな林の中
英雄たちの目覚めのお茶
決められたとおりの話は
孤独なヒバリの舌を折り
雲の中へと、その中へと
掻き乱された心の中
散らされた人々の声に
日がな一日
喇嘛僧たちは山に登り
英雄たちの目覚めのお茶
逃がるべき方とてなく
陸では家々が焼かれ
掻き乱された心の中
累々たる望みの糸は
長く引きのばされ啄まれた
肩を
肩をすぎる時が音もなく落ち着き
目立たぬ時が頭をもたげ
平気な顔で彼女は昼の仕たくをした
夕方にはなくなるパンの穴をふさぎ
兎のように彼女は私をからかった
俄雨はここでは降りもせず
温かな昼の流れは淀みつづけ
私の額は冷たく
代わりのコルクの栓を削り
鰓を欠いた薪は人しれず萎えた
子供のような響きで彼女は進み
たばこの葉をなぎたおし
甘い香りのむこうをみつめつづけた
きのうの言葉をどこか奥深く隠して
思い返すこともなく私は言葉をとめた
成熟した安らぎを気にとめもせず
扉を描いた森の端で彼女は
ちがった一節を石に敷いたのだろうか
むしろ今日は彼女を失い
煙さえたたぬうちに過ぎるだろう
餌物を取られた鹿のように
それまでの仕種をやりなおし
抱えられた受信機を据えて
聞きとれない声を書きとめて
島から島へと泳ぐ魚のように私は
永遠に水を打ち言葉を送りつづけるだろう
たぶん、と彼女は口をとざした
群の中で私たちは安全だ
既に彼女と私は旅をやめ
果しない終結をつづけているのかもしれない
そんなにも
そんなにも暗い顔をしていたのか
私の血を見て
理解できないことはないんだよ
脳だってばらばら
仲間はずれにしたつもりじゃなかったのに
のんだくれることもできない
暇つぶしのトランプをくっていただろう
眠ることもできずに
ネックレスからこぼれたのは硝子玉
口から吐く血もなくてね
理解できないことはないんだよ
ラムレーズンを憎んでいたわ
乱雑すぎたんだ、あなたは
友達じゃないの
逃げることしか知らないじゃないか
寒菊の上の星に？
夏木立ちの
夏木立ちの骨を拾いあつめて
言葉少なく愛しあった人のことを
流浪の中途に置いてきたと
既にあなたはいない
Ⅰ
アダムはミュータントにわびただろうか
おお、かわい想な風、
犬に喰われたね。
（「（無題）」のうち二より）
凍りつかせた頭の中に
思ってみることで私たちはいつも
どこかにいることができる
留守番の子供たちのことを
凍りつかせた頭の中に甦らせよ
通信
あきらめたところで私たちは
外の場所では死んでしまう
疎外されるのは私たち
さまよい歩く必要もないのに
聞かせてくれあなたの静脈流を
変わりはててしまった鯨のように
吐きすてる息だって私のものではなく
せきたてる声だって幻でしかないのに
呼べ私の声を
明くる日のことは新聞に書かれ
こんなにも私は時を信じてはいない
そして私たちの子供たちは
いつのまにか消えているだろう
はかない夢を追っているのは私たちだけ
輝く指
彼らの上に雨を降らせよ
しぶきあげ走る車の中に
絵のような人の顔があり
白く線をひいた道がある
唖のようにだまりこくったまま
失敗者は逃げだした
みてごらん 私とあなたはいっしょに
寝て時をすごし
もっと夢を見つづけているだろう
嘘は羽根のように風に舞い
敬虔さはすこしも失われない
世界中の目を集めたところで
ひとつになった私とあなたは
みてごらん、もっと夢を見つづけるだろう
本とうのことはノートの裏に書かれたままで
ルビーのように輝く指は伏せられ
世界中の目はみひらかれる
苦しみは私の手に落ち
手に手をとって手に落ち
至福は私の手に落ち
あまりにもあからさまに落ち
彼らの上に雨を降らせよ
逃げていった彼らではなく
ルビーのように輝く指を持った
遠い人として
20番目の七月の朝
ソナーには影もなく水夫たちの踊り
折れた腕を小枝にかえて
白い髪毛をゆすっては
埒外のことをやらかす老婦
または マケドニアの商人を撃ち殺した
薄情な秤り職人私ではない
かつての言葉は石となり甦り
かつての石はこころとなり甦る
美しかった時々のために歌を作り
かすめ取ってははりつける石工
今夜のために
綺麗な洋服を着て出掛けよう
夏の宵は冬に、秋の夜は闇に
戦うことなく敗れ去った古人のために
魚の口を引き裂き腐酒をつめ
無駄な足ぶみを畑に鳴らせ
アルバム
整理された感情を並べてみると
私たちの行動様式の型（パターン）は
比べようもなく早く進行していった
代わりになるものはなにもないのか
唇を触れよ
書きつけては消す
尽きぬ思いは
暮しの中では
狭い空間をつくるのみ
ここでこうしていることが
ひとりからみんなへの思いの全て
重く囲まれた家族たちは
しだいに分散し
屍の中で食事する
決められた風景の中
果てのない くりかえし
悲しむこともなく
待ちつづけることもなく
死さえもひとつの転換
濡れた唇を私にむけよ
やさしく私に触れよ
とうの昔に私たちは確信した
嘘ではない
扉はもとからなかった
目を信じるな
とまらぬ思いは
明日は裏切るだろう
ただ私に触れた唇だけが
計画を確信させる
確実なものはなにもなく
消え去るものもなく
ここにいることもあやふやで
そのことさえも確実ではなく
やがてどうなるかもわからない
ほら、私に触れた唇だけが確かだ
湿原
跪いた水槽の中の魚たちが
全てを知っているのを君は信じている
捜す必要がないってことは
まだまだ証明可能ではないと言って
ここで私は再び
跪いて水の面を見ている
冷えびえとした湿土の中では
蝦たちが髭づくろいをしている
芝居でも見ているように空々しく興奮し
ぬけぬけと観客化するのなら
仕方のないことだと言いたげだ
ここで私は再びもう一度
目立たぬ言葉を取り去って
雨晒しにする
再生
盗まれた
宝物は
ここに有ります
変に思っているでしょうが
旗はここに有り
宝物は
鍵をかけられたまま
きずひとつなくここに有ります
ほんとうは私はあなたの子ども
いけないことをしでかした彼女のため
刑罰を受けここに有（い）ます
帰って伝えてください
鍵は飲みこんだから安心だと
見ていてください
清らかな脳は魂を伴って
また再びよみがえらないことを
私たちはいつも
思ってみることで私たちはいつも
比べようもなく早く進行していった
手順はいつも確かめられてはいるが
下そうとされない命令を待っているだけ
コインは機械にさし込まれ
忙しなく私たちは言葉をかえす
はっきりとした相手もないままに
かわいた手のひらの上の文字を
はいつくばった占師のように読み
手を裏返しては試みるばかり
帰ることのできない私たちの上に
いつも傘があり
理解されないために私の指先は
気狂いと共謀し
本意ではないと彼らは理解する
見ることが理解ではなく
積み重ねることが経験ではない
理由を隠した人々は息絶え
かわりに恋人たちが口を割る
コインを機械にさし入れ
手紙はいつも置き去られ
「まだ」という声が響くばかり
老人に持たれ価値をなくした
コインは機械にさし込まれ
目をゆっくりとさましていく
逃げないで、私たちの前から
コインは機械にさし込まれ
流布した言葉をすり抜け
コインは機械にさし込まれ
理解することは一切無価値だ
狂死（せよ）
可愛い声で喋ってみろよ、私の腹の中で
そんなにつまんない顔をしては
とどのつまりまともなことを言ってしまう
とんでもないまちがいはあんたじゃないか
瑠璃のさじを取りだしては
爪先の血をほり出し
おっかなびっくり電話をかけてみる
歌いながらだってできるんだ、そんなこと
赤い顔して彼女を手にしたあんた
お次はどうするつもり？
つねって撫でてお好きなだけ？
つまんないこと言ってみろよ、私の腹の中で
しぼめたまんまじゃ何もできないよ
だからまともなあんたがいちばんまともじゃないんだ
これは私の手
減りつつあるあなたの中で
私はあまりにも無力だ
白い実りを腕にかかえて
堤防を一つずつ壊していく
縞の靴下
間違いはどこにもないのか
すんだことはなにもなく
乱雑に並べられた感情だけが
怠惰に活動している
しかめ面の恋人たち
知らんふりで呆ける恋人たち
あなたは嘘も本当も知らない
きつく結ばれたリボンをほどこうとして
とめどなく心を使いはたしそのあげく
簡単なものにたよろうとしたりする
ほのかな私の思いに気づかずに
ひとりで泣こうとしている
それは私 それはあなた
走り書きのような人々
自分の思いに気づかず
離反していく
ひとりがひとりであるのか
なぜ、
あそこにいる人と私が無関係なのか
なにがそうして
腕に腕をぶらさがらせて
深く沈ませてゆくのか
これは私の手
かたく握って
あなたの一番奥を私は知っている
昨夜私はそれを捜しあてた
沈んでにどと浮かびあがらぬ
落胆ではなく
ひとつに光りかがやく
かたく かがやく
知られぬままに かがやく光が
心臓の奥深く あなたの
暗闇と宇宙を結ぶところに
しっかりとある
思いが思いのままでは
しかたがないけれど
今夜はそれが満たされるだろう
砂浜
泳ぎ疲れた人々が上ってくる
真午の足どりで軌跡（あと）をつけ
黄色い波打際に倒れこむ
目をつむったまま私は
煙草のむこうを思ってみる
外に考えることのないかのように
沼をゆく家鴨たちのように
いつもあなたはそしらぬ顔をすることができる
ここまでたどりつくのにどんなに
たくさんの時間と場所を費やしたか
区分された思いを持ちつづけ
世界をみつめつづけるだけに
巻舌で喋る蟹と私は
こんなにおもしろい話をした
黄色く淀んだ瞳が私をみつめ
おかしな女が蟹を誘惑した
心臓が止まり星は回転を止め
何度となく私はくりかえした
ただくりかえすことだけをくりかえした
ちいさな子供の言葉はないがしろにされ
手持無沙汰な大人は袋を破りすてる
大事なことはいつも忘れられ
今も古い王が統治する
生まれてくるものはなにもなく
いつまでも滅びることはない
楽天家の水門管理人は
ゆうべ
昨夜も叫びつづけた
下らぬ仕事はもうやめだ
いつまでもみつめるだけのおまえ
縫い目を数えるのはもうやめろ
明るく沈む光の中で
開放された心理の中で
とまどいもなく歩いてゆく
ゆるやかな人々へ
まだ醒めやらぬ鐘の音を贈る
廊下をかけぬけていった子供の
形ではなく生温かい息が
濡れた犬の鼻のように圧しつける
脱がされた手袋をもういちどはめようとしている
木偶のようなあなたたちの
さまよう視線の交叉するむこうに
しぶきをあげて崩れる海があり
北の山からはこうして便りがくる
ただ目を開き目を閉じ、目を開きして
ふと浮かびくる形だけがすべて
もう何も、何も要らない
西日のさす部屋にはもう何もない
渋滞
食べ尽くそうとしないのはなぜ？
ひからびた神の、意志？
まさか私たちの脳は腐ってしまったのか？
何のために彼らは足を動かしているのか？
製作：一九七九年七月十六日～八月十九日
（詩三十編）
「新望」第６号（一九七九年十月）初出
|