マクロビオティック健康相談室食神

主食のある文化とない“文明”

マクロビオティック食事法では、皆さんよくご存知のように未精白の穀物を主食にします。ゆえに、米が主食の場合は玄米を、小麦の場合は全粒粉のパンやパスタを食することになります。

ところが、欧米でマクロビオティックをしている人たちは玄米を主食にしています。稲作をしている? よく考えるとおかしい気もしますが、元々身土不二の考えがない人たちなので、水田と無縁な場所での玄米食を不思議に思わないのかもしれません。そこで今回は、主食をめぐる西洋と日本との違いについてお話します。

献立の中核となる食べ物

西洋人には、実は主食の概念がありません。第二次世界大戦後アメリカにわたってマクロビオティック普及活動をした久司道夫氏は、欧米人に主食の概念がないことを知って驚いたそうです。日本人にとって主食とは、改めて説明されるまでもありません。主食とは、それがなければ食事が成立しない食べ物であり、通常は穀物です。日本人の場合は米ですが、穀物が主食であるという概念は、日本人には常識だといえます。

そのわたしたちの常識では、世界各地それぞれの土地で穀物が栽培され、その穀物がその土地の主食になっているはずだと考えます。文化人類学も、人類は基本的に米、粟、きび、小麦、トウモロコシなど単一の植物性食品に依存してきており、それらの栽培を基礎として古代定住文明は成立したと説明します。そして世界の大半の民族は、その複合炭水化物であるところの穀物を中核として、それに周辺の食べ物を組み合わた献立を基本としていると観察しています。

実際わたしたちの食事は、そのような構成です。ご飯とおかず、これが献立の基本です。米を食べない場合にも、例えばパン食のときも、ご飯の代わりです。主食のご飯なりパンとおかずの組み合わせは、文化人類学者がまさに「中核と周辺」と呼ぶ食べ物の構成です。

西洋人の主食

パンが食事のなかで主食の地位を与えられていないことは、フランス料理に顕著に見てとれます。コース料理が次々とよそおわれる間、パンは決してお膳の中心に置かれることはありません。テーブルの脇にちょこんと、添え物の扱いです。なぜそうのか?西洋人に主食の概念がないといっても、彼らだって穀物を食してきたはずです。西洋人と穀物との関わりはいったいどうなっているのでしょうか?

ヨーロッパでは中世期に、村全体の農地を三分割して、秋播き小麦・ライ麦、春播き大麦・燕麦、休耕地(放牧)を順番に輪作する、三圃制と呼ばれる半農半牧の食料生産方式が成立しました。彼らの食料となったのは主に秋播き麦で、小麦・ライ麦はパンになって食され、春播き麦はビールのような麦芽醸造酒や家畜の飼料になりました。

小麦の起源ははるかむかしメソポタミアまで遡ることができ、ギリシャ・ローマ時代には既にパンや粥として食されていたようです。中世期には、共同のパン焼き竈でパンが作られ食べられてもいました。にもかかわらず、小麦が主食であるという概念が彼らに生じなかったのは、もっと別の魅力的な食べ物を嗜好したからではないでしょうか。そう、肉です。

牛、豚、羊、家禽など、ヨーロッパ人はさまざまな種類の動物を食べましたが、食事内容は身分によって雲泥の差がありました。ごく大雑把にいって、王侯貴族や富裕層ほど肉を多く食べ、農民や下層の人々はほとんど肉を口にできず麦粥などをすすって糊口をしのいだといわれます。時代が下がり食料の生産性が上がるとともに、新大陸からジャガイモやトマトなど新種の農産物がもたらされ、肉・乳製品と熱帯原産野菜を組み合わせた西洋の食事の型ができあがりました。この食事を可能にしたのは、何はさておいても肉を食べたい欲求を追求した西洋の人たちが、いつでもだれでも肉を食べられる畜産システムを構築したことが大きかったでしょう。

民族の悲願

一方、穀物を主食ととらえなかった西洋人に対して、日本人は古来穀物なかんずく米を神聖視してきました。江戸時代には石高制の導入によって、米は単に食料に留まらず税として大きな価値をもちました。このように国家権力が米を政治経済上の体制に組み込んだのは、古来日本人が米こそが日本民族の主食たるべきだという信念をもっていたからにちがいありません。米の常食が民族の悲願であったのです。が、それが達成されたのは第二次世界大戦後のこと。それほど遠いむかしではありません。

ここで注意すべきは、日本人が食べたがったのは白米であったことです。この白米至上主義は現在まで続いており、明治時代白米食が庶民に普及するにつれて、脚気が国民病となりました。脚気とは、ビタミンB欠乏症の病気です。かつて江戸住まいの武士がかかったことから「江戸患い」とも呼ばれました。なぜ江戸住まいの武士がこの病にかかったのかというと、白米を主食にしたからです。白米至上主義は、明治時代白米を主食にした軍隊にも災厄をもたらします。兵士の間に脚気が蔓延し対策を迫られますが、手が打てぬままに死者が続出しました。ご飯に麦を混ぜれば、あるいは玄米であったなら防げたであろう悲劇でした。

皮肉なことに、全国民が米をお腹いっぱい食べられるようになったとたんに欧米の食生活が普及し、日本人の米の消費量は減りました。そして農家が減反を余儀なくされたのは、記憶に新しいところです。

“未開人”の勝利

肉を主食にした西洋人から見ると、穀物を主食にする民族は非文明的と映るようです。オードリー・リチャーズという文化人類学者は、『豊富な食品を食べ慣れているヨーロッパ人にとっては、未開人にとって“主食作物”のもつ意味を理解するのはなかなか難しいことである』と述べました。自分たちと違う風習をもつ民族を「未開人」ととらえるあたりは、いかにも西洋人らしい優越感の表れではあります。

しかしながら、西洋人の目に日本人の食事が“未開人”のそれに見えたのは、いまはむかしの話です。日本食は、和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたことからもわかるように、世界的に健康食の高い評価を得ています。また、西洋のなかで例外的に穀物を主食化した地中海域の食事も健康食として広く認知されています。ただ和食には白米主義という欠陥があり、これを直せば完璧になります。

米の主食化を国家が推し進め、その思想を政治経済体制は元より祭祀や料理体系にまで血肉化した日本人。かたや穀物よりも肉を好み、工業的な畜産システムを地球規模で展開する西洋人。とても対照的です。最近の主食を軽視する風潮は、日本人のなかに肉を主食にしたいと思う人がいることを暗示しているかのようです。しかし、このことはもう勝負がついています。人は何を主食にすべきか? 答えは繰り返さないでおきましょう。