不作の初冬に思う食料事情

この秋、作物が全般的に不作のようです。この時期多く出回っているはずの白菜、大根、きゃべつは品薄ですし、栗も柿も今年は実りが少なかったようです。干し柿用の渋柿は結局入手できずじまいでした。沢庵漬けをしましたが、大根の値段は高め。味噌作り用に例年使っている地元産のもち大豆も、まだ店頭にでてきません。

不作の影響を受けて困窮しているのが、山の動物たち。この秋熊や猿が目撃されたというニュースをよく聞きました。山のなかに動物たちの食料となるどんぐりなどの木の実がないからだといわれています。人里に現れた熊は、可哀想に殺されます。殺さずとも、捕獲後二度と山里に現れないように学習させて山に放してやればよいと、動物愛護の人たちは憤ります。でも、山に帰されても、彼らの食料不足が解消するわけではありませんが・・・。

山といえば、里山の荒廃が進んでいるという話をよく聞きます。私はこの夏実際に山を歩いて、その様子を目の当たりにしました。山の荒れ方たるや惨憺たるもので、どうすれば元通りに再生させられるのか途方に暮れるほどです。里山がこの惨状ですから、人が踏み入らない奥山も自然林が減少するなどして、動物にとって棲みづらい環境になっているものと思われます。

山に木の実がなくなってたちまち飢える熊に比べれば、人間はまだ幸運といえるでしょう。今年のような不作年にも「不作だなあ」で済んでいますから。何といっても主食の米は豊作なので、飢える心配はありません。それどころか飢えを想像することすら、大量の食べ物が店に並んでいるなかでは、困難です。

確かに、直ちに飢えることに現実味はありません。しかし、食料危機はいわれて久しく、わが国の食料自給率を考えればそれを一笑に付すわけにはいきません。特に国産の食べ物にこだわりをもつ人にとっては、食料危機は既に現実のものです。小麦粉は大部分が輸入です。大豆もそうです。従って大部分の大豆加工製品は外国産といえます。外国米も知らないうちに入ってきて、米菓や外食のご飯などに使用されていると思われます。かつては国内で生産されていた小麦や大豆は、現在ではほとんど生産されなくなりました。安い外国品に取って代わられたからです。国内で大豆および小麦の農業は成り立たなくなり、食料自給率が低下していったのは周知のとおりです。

ガット・ウルグアイラウンドからWTOに至る国際社会での農産物自由化交渉の結果、日本国はきわめて多くの農産物品目の関税率を引き下げて外国産農産物に門戸をひらいてきました。この自由貿易体制下で唯一守られている最後の砦が米だといわれますが、その米も、自国の米を輸出したいアメリカやオーストラリアといった外国勢力によって、いつ関税撤廃を認めさせられるか分からない状況です。日本の米作りは、まさに瀬戸際に立たされているといってもよいでしょう。

第二次世界大戦後、安価な外国産の木材が入ってきて国内林業が壊滅したように、安価な外国産米が入ってくれば国内の稲作は大打撃を被るでしょう。そうなれば国産米を食べたくとも、輸入米しか口に入らなくなります。食べられないだけではありません。米が作られなくなれば、田は荒れ果ててしまいます。日本中の田が荒れ果てればどうなってしまうのか?その先は想像を超えたホラー映画の世界に突入してゆくようです。亡国という言葉が、よりいっそう現実味を帯びます。

最近耳にする『TPP』なる横文字は、日本人にしきりに“米を作るな”とささやく呪文のようです。農家は高齢化しているでしょ? 苦労して米作ってももうからないでしょ? 消費者は外国の安い米を買いたがっているでしょ?と・・・。先祖伝来の田で黙々と米を作り続ける農家の耳に、この横文字のささやきはどう響くのでしょうか? 翻って、いつまでも消費者でいるつもりの都市の人たちは、なんと考えるのでしょうか?

杞憂とも思えない食料危機に備えたというわけではないのですが、わが家は地元の農家から米を直接買っています。山奥の清流と太陽の光とで育つ無農薬栽培米です。今年この農家の米作りが、新しい後継者に委ねられました。後継者は大学卒業後農業を志し、その地にやってきたIターン青年です。

その青年が就農するにあたっては、色な苦労があったと聞きます。それでも、彼のような農業を志す青年の存在が、後継者不足に悩む地域の生産者や街の消費者には一筋の光のような朗報となり、彼らを勇気づけたことでしょう。

どうして彼は、血縁者もいない過疎の山奥にわざわざやってきて、米を作ろうなどと思ったのでしょうか?その答えは彼しか知りませんが、こういうことではないかと想像します。それは、自らの手で食べ物を作る喜び、誇り、あるいは農のリアリズムのようなものを体現したいからだ、と。

価格が安い農産物を作れるところだけが農業をすればよい、などという自由貿易の粗暴な論理にからめとられないようにしましょう。食料事情を巡る暗雲を晴らす鍵をなかなか見つけられませんが、自らの手で食べ物を作る喜び、誇り、農のリアリズムの貴さを、私たちは決して手離してはならないと思います。

2010年12月

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