食事で放射能の影響を減らすことができるか?

放射能被曝といえば、日本人にとっては広島・長崎の原爆の印象が強烈なので、爆発熱によって人体が焼けただれた絵を思いだす人も多いでしょう。これは原爆の熱線による火傷で、この場合は「被爆」という字をあてます。一方「被曝」と書く場合があります。これは、放射性物質を体内に取り込んで体の内側から被曝することを指します。被爆者のなかにも、火傷をまったく負わなかったのに、あるいは原爆投下後に被爆地に入っただけなのに、その後頭髪が抜けたり、吐き気、血便、身体のだるさ、紫斑などの症状が表れ死ぬ人が多発しました。彼らは、体内被曝していたのです。

チェルノブイリ核発電所事故後の処理にあたった兵士たちには、体がけだるく、やる気もなく、廃人のようになる被曝症状が表れました。広島・長崎の被爆者も同様で、彼らははた目には怠けているように見えたので「ブラブラ病」と呼ばれました。ブラブラ病は、核発電所の元作業員の人たちにも見られる症状だといいます。

このように程度の差はありますが、放射能によって人体はボロボロになります。放射能は目に見えませんし、匂いもありません。それゆえ、自らが感知してそれを避けることができません。人は、いったん放射能にさらされたらまったくなす術がないのでしょうか?放射能の影響を減らす方法はないのでしょうか?

この切羽詰った問いかけには、自らが被爆者でありながら被爆者の治療にあたった医師の体験が、示唆を与えてくれます。その医師の名は、秋月辰一郎。1945年8月9日、病院医長であった秋月医師は長崎市内の爆心地から1.8kmの病院建物のなかで被爆しました。幸いに怪我はなく、原爆投下直後より野戦病院と化した極限状態のなかで、被爆者の治療にあたりました。

当初は、いったいどんな兵器によってこのような惨禍がもたらされているのかさえも定かではありませんでしたが、被爆者らの症状は、明らかに爆発熱ではない何かによって引き起こされているようでした。それが放射能によるものだと気づいたのは、彼自身が原爆投下後より感じていた疲労感や気分のわるさが、かつてX線撮影に頻繁に従事したときに経験した「レントゲン宿酔」と呼ばれる症状に酷似していたからです。

X線は核放射線です。微量ではありますが、人体に影響を及ぼします。秋月医師は、X線酔いになったときにはあることをして症状を和らげていました。そのあることとは、食塩水を飲むことです。放射能の症状を軽減するには塩が効果的であることを、彼は知っていたのです。

秋月医師には、食養の知識がありました。そこで、自ら「秋月式栄養学=ミネラル栄養学」と名づけた栄養理論を応用し、塩を多くした食事を指示します。同時に、砂糖を厳しく禁止しました。その食事とは、一日二食、塩をつけた玄米にぎり飯と濃い辛い味噌汁でした。「砂糖は絶対いかんぞ!」と血相を変えて料理人を叱りつける秋月医師でしたが、「なぜ砂糖はだめなのですか?」ときかれると、「砂糖は血液を破壊するぞ!」と答えています。

この秋月式栄養学は、マクロビオティックの陰陽理論と同じです。陰陽の分類法では、塩は陽性です。塩には、収縮させ締める力があるからです。砂糖は逆に緩め拡散させる作用がありますから、陰性です。放射能はどうしょうか?放射能は、殺人的なまでに超拡散的でありますからとてつもなく陰性です。従って、極端に強力な陰性の作用を打ち消すには、塩を多めにした陽性の食事がよいということになります。逆に極陰性の砂糖を食べますと、放射能症状を悪化させます。

もちろんこのような単純な理屈だけですべてを説明できるものでもありませんが、単純化していえばそういうことです。よくある思い違いは、極端な陰性には極端な陽性で釣り合わせればよいではないかという考えです。そうはなりません。極端な陰性と極端な陽性ではバランスを崩しやすく、体への負担が大きくなります。バランスを保つには中庸が基本です。中庸を旨とするのが、マクロビオティック食事法の原則です。

秋月式栄養学に基づいた食事法は、功を奏しました。秋月医師をはじめ病院で同じ釜の飯を食べた職員らは、だれ一人として原曝症にならなかったのです。秋月医師の手記『長崎原爆記』を読みますと、当時来る日も来る日も玄米にぎり飯にかぼちゃの味噌汁の献立であったことが記されています。この簡素な献立でさえも賄い方が用意するのは苦労であったろうと、秋月医師は述懐しています。

原爆投下という悪夢のような戦禍を、食事の力を信じて無事生き延びた彼らの苦労が並大抵のものではなかったことは、想像に難くありません。しかし、別の感慨もあります。あれから65年たった現在、私たちは当時とは違う形の難しさを抱えています。一つは、食べ物の質が変わってきていることです。今原爆放射能から彼らを守った食事と同じものを再現しようとしても、容易ではありません。例えば味噌一つとっても、今の味噌は速醸法という製法によって化学的に短期間で作られていますから、伝統的に作られる味噌に比べて品質が劣っています。砂糖を絶つことも、今はどんな食品にもたいてい砂糖が添加されていますから非常に困難です。戦時下には食料が欠乏するという困難はありましたが、化学合成物による食品の質の劣化を心配しなくてよかったのは幸いでした。

核の脅威も、65年前よりずっと大きく凄まじいものになっています。第二次世界大戦後、核兵器開発競争があり、核実験が行われました。核発電所も拡大の一途をたどり今全世界で何百基もの原子炉が稼動しています。その死の灰の量は広島型原爆の何百万発、何千万発分にも相当するといいます。核放射性物質は消えてなくなりませんから、環境に放出された放射能に私たちはそうとは知らずにさらされています。身近なところでは、医療行為として行われるX線検査によって微量な放射線を被曝しています。

放射能の影響に、私たちはこれまで以上に向き合わなくはいけなくなっているのです。いうまでもありません。未曾有の事故を起こした福島第一核発電所からの放射能が、いつ終わるとも分からぬまま拡散しています。放射能汚染が、現実のものになりつつあります。

2011年5月

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