ヴィーガンについて

欧州で広がるヴィーガニズム

欧州でヴィーガニズムが広がりを見せています。ヴィーガニズムとは、完全菜食ならびに動物性製品を使わない主義のこと。ヴィーガンは、ヴィーガニズムを実践する人のことです。ヴィーガンはベジタリアンの一派ではありますが、ベジタリアンは赤身肉さえ食べなければ乳製品を食べたり卵を食べたり魚を食べてもよいことになっているので、ベジタリアンとは区別されます。ヴィーガン人口は、特に若者が牽引するかたちで増えています。

スカンジナビアで最大の動物権利団体・アニマルライツスウェーデンが2014年に行った調査では、スウェーデン人の1割が菜食主義(6パーセントがベジタリアン、4パーセントがヴィーガン)であるという数字がでました。ヴィーガン人口が1割あるといわれるのは、ドイツの首都ベルリン。市内にはヴィーガン“肉屋”があちこちに出現しており、さながら欧州のヴィーガニズム最前線の様相を呈しているとか。もちろん、肉屋といっても本物の肉ではなく、植物性食品から肉の食感に似せて作られるソーセージなどが売られているわけですが。

ノルウェイでは、軍隊が週一日菜食メニューを採用しています。これは「肉なし月曜日」運動の一環で、この運動を主宰する「ミートレスマンデイ」は2003年アメリカで設立され、肉を減らすことを世界中に呼びかけています。2009年には、ベルギーのゲント市が「肉なし木曜日」を表明。国連も、ヴィーガン食が世界の飢餓や環境破壊を救うとして肉食を減らすことを推奨しています。

ヴィーガニズムの興り

ヴィーガニズムは、意外にも出自がはっきりしています。1944年にイギリス人ドナルド・ワトソンが「ヴィーガン」という言葉を作り「ヴィーガンニュースレター」を発行したのが始まりです。「ヴィーガン」という言葉は、ベジタリアン(vegetarian)の頭3文字(veg)と尾2文字(an)をくっつけたもので、この言葉により自らを従来のベジタリアンとは異なる完全菜食者であると宣言しました。

南ヨークシャー州の木工職人であったドナルド・ワトソン(1910~2005)は物静かで控えめな人柄だったようですが、14歳のときにヴィーガンになって以来95歳で亡くなるまで、動物性食品をまったく口にしなかったそうです。ワトソンは、いかなる場合にも動物を搾取しない生き方が人類の正しい道であると確信していました。その意志の強さと持久力には感嘆します。彼は病気もなく長寿でした。

ワトソンが創立したヴィーガン協会は、現在もヴィーガニズムを人々に呼びかける活動をしています。彼らがヴィーガンになることを勧める理由は、次の三つです。

  1. 動物の命を守る
  2. 健康によい
  3. 環境を守る

動物の生きる権利を尊重することにかけて、ヴィーガンの右にでる者はいないでしょう。ヴィーガンの動物性製品の排除は、徹底的です。食事に動物性食品が一切含まれないのはもちろん、皮製品や絹織物を身に着けず、化粧品なども動物実験をしていない製品を選びます。

このように彼らが徹底して動物の命を守ろうとするのは動物愛護精神の発露とみなされますが、畜産業への批判という側面もあります。ご存知のように現代の畜産業は、利益を上げる目的から家畜を虐待しています。例えばよく知られているのは、ブロイラーが日光の差し込まない暗い鶏舎にぎゅうぎゅうに詰め込まれ、ストレスから相手を攻撃しないように嘴を切られる、また病気がでないように抗生物質を飲まされて飼育される、あるいは乳牛が出産後数時間で子牛から引き離される、また間断なく妊娠出産させられた後に体力が衰えると殺される、といったことです。

ヴィーガン食と環境問題

ヴィーガン食と環境との関わりは、熱い政策議論になっています。国連の持続可能な資源管理に関する環境政策国際パネル(UNEP)は、全世界的にヴィーガン食が普及すれば飢餓、資源枯渇、気候変動など甚大な環境破壊の影響を食い止めることができるとして、肉の消費量削減を呼びかけています。

国連食料農業機関(FAO)の試算では、西暦2050年までに世界の人口は70パーセント増加するとみられ、菜食の3分の1しか人口を養えない西洋型の食生活が発展途上国にも広まることになれば、飢餓はより深刻に拡大するとしています。

同様に畜産は、穀物や野菜を栽培するよりも何倍も多くの水を使います。現在地球全体での水資源利用の内訳は、工業が20パーセントに対して農業が70パーセントにも上ります。このまま推移すれば、2030年までに必要量の60パーセントしか水を確保できなくなると推計されています。また畜産は、水の汚染源でもあります。家畜の糞尿などで地下水や湖沼の水が汚染されています。

そのほかにも、肉食は森林破壊や二酸化炭素排出量を増大させることも指摘されていて、いまや肉食は、まるで地球環境を破滅させる元凶のように論じられています。スウェーデン政府は、国が将来的に完全菜食に移行することを目指してその研究に着手しました。

ビタミンB12問題

欧米で菜食主義が浸透していくなかで、肉をまったく食べない菜食で栄養が満たされるのかとの疑問がもたれてきました。一方で、肉の栄養価に危険信号が点されるようになり、肉を食べない菜食こそが健康によいという認識も広まっています。菜食で蛋白質が欠乏するという意見はあまり聞かれなくなりましたが、現在でも欠乏するおそれを指摘されている栄養素は、ビタミンB12です。

ドイツ政府は近頃、ヴィーガン人口の増加を受けて、ヴィーガン食は子どもと妊婦に特に害があると警鐘を鳴らしました。ドイツ政府のいう害とは、ビタミンB12などの栄養素の欠乏です。ビタミンB12は、レバーや卵に多く含まれています。実はマクロビオティック食に対しても同様に、ビタミンB12欠乏を心配する意見があります。

こうした批判に対しヴィーガンの人たちは、正しく実行すればヴィーガン食はとても健康によい、心配ならビタミン剤を少量(1日に12マイクログラム)摂れば足りると反論しています。マクロビオティック食事法では、納豆、味噌、醤油などの発酵食品や海藻類にビタミンB12が含まれているとして、特にビタミン剤の摂取を勧めていません。

ヴィーガニズムとマクロビオティック

ここまでざっとヴィーガンについて紹介してきましたが、ヴィーガニズムとマクロビオティックは似ているとの印象をもたれたかと思います。確かに、ヴィーガン食とマクロビオティック食は似ています。似ているところは、いうまでもなく両者ともに肉・乳製品を食べないことです。しかしながら、両者の考え方は異なっています。

ヴィーガニズムは、動物を殺したくないという心情から肉・乳製品を除きますが、マクロビオティックでは、人はその土地が産するものを食べるのが自然であるとの理由から、標準食と呼ばれる食事モデルにおいて肉と乳製品を除いています。したがって、もしも動物に以外に食料を得ることができない土地に生きるのであれば、肉を食べるのは自然であると考えます。実際には、極地や砂漠地のようなきわめて特殊な環境でないかぎり農耕によって植物性の食料が得られますから、穀物を主食に季節の野菜や豆を中心にした菜食を推奨しているというわけなのです。

マクロビオティックを最初に受け入れたのは、日本ではなく欧州とアメリカでした。そして今ヴィーガニズムが特に欧州で広まっているのは、興味深い現象です。というのは、西洋人は伝統的に畜肉食をしてきました。その肉乳製品を含む西洋の食事は、世界中の人々からうらやましがられる豊かな文明の食事であったはずです。日本を含めアジア人が肉乳製品の消費量を増やしているなか、西洋人のなかから肉食を否定する人たちが大量発生しているとは、いったいどうしたことでしょうか?

環境意識の高さと栄養学の知識が、肉食離れの潮流を作りだしているのではあります。しかし西洋人にとって伝統とは真逆のこの動きは、穏便さを欠いているようにも思えます。畜産文明を否定するヴィーガニズム。それはわたしたち東洋人には想像しえない、西洋人の苛烈で革新的な西洋文明変容への挑戦なのかもしれません。

2016年10月

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