牛肉は殺し屋ジョエル・ブライフス

原文:『Killer beef』 by Joel Bleifuss
出典:『IN THESE TIMES』1993年3月31日号

イギリスでは、国内の食肉牛に感染が広がっている神経系を冒す致死の病、狂牛病に感染することを恐れたイギリス国民が、肉食の習慣を変えようとしている。統計によれば、イギリス人の牛肉消費量はここ最近で25パーセント落ち込んだ。それから私立学校の約2千校以上が、牛肉を給食の献立に使うのを中止した。

科学的には牛海面性脳症(BSE)として知られている狂牛病は、ウイルスに似た病原体によって脳がスポンジ状に冒される伝染性の脳症である。哺乳類がかかるこの退行性疾病に治療法はなく、感染すれば例外なく死亡する。感染源は通常の殺菌方法では死なない病原体で、感染した動物の肉を食べることによって発症すると見られている。BSEに感染したイギリスの食肉牛は、羊肉の蛋白質飼料から感染したらしい。この蛋白質飼料の中に、羊と山羊がかかる海面性脳症、スクレイピーに感染した羊肉が混入していたもようである。

ロンドンの政府高官は、BSEは国民の健康を脅やかすものではないと主張し、国民の不安を払拭しようとしているが、国民は政府のいうことを信じていない。調査では、国民が口にする食べ物について政府のいうことを信用すると答えた人は、わずか2パーセントにすぎなかった。BSEの場合、過去イギリス政府が国民に請け負った大部分のことが、後に間違いであると判明した。

残念ながら似たような官僚の厚顔ぶりが、合衆国でも演じられた。合衆国政府は、アメリカの食肉牛はBSEに感染していないとの立場を取っている。しかし、この病気を研究している複数の科学者は、そうではないと考えている。

狂牛病は1985年に発見された。1986年11月、イギリス政府が管轄する中央家畜実験室が、BSEが海面性脳症であることを突きとめた。しかし閣僚らは、この病気とその意味するところを、翌1987年の6月まで国民に知らせなかった。

死亡する牛の頭数は増え続けていった。1988年4月、政府はBSE調査委員会、サウス・コミッションを設置した。二ヶ月後委員会は報告書を提出し、その中で反すう動物から作られた飼料をほかの反すう動物に与えることを禁止するよう勧告した。政府は勧告を受け入れ直ちにこれを禁止し、七ヵ月後、サウスコミッション報告書が発表された。そこには『現時点までに得られた証拠から、牛がこの病原体の最終宿主であるのは確実らしいが、BSEは人の健康とは何ら関係ないようである。しかしながら万が一我々のこの評価が間違いであるとすれば、その意味するところは極めて重大なものになるだろう』と記されていた。

果たして、委員会の評価は間違っていた。BSEはほかの種類の動物に感染することが判明したのだ。

1989年、細菌学者をはじめとする専門家らにより、第二回目の公式調査が実施され、脳を含む特定部位の食肉の国内における販売禁止を求める勧告がなされた。政府の禁止令が直ちに発令され、六ヶ月後委員会の調査結果が発表された。そして新聞で、感染した牛の肉が使われた製品を食べたペットの猫や動物園の動物が伝染性の海面性脳症に感染したことが報道されるやいなや、国民の関心はいっきに高まった。

まだ発症していない狂牛病に感染した国産牛の何頭かが、そうとは知らずに食肉に加工され、人の口に入った。感染した牛の食肉を食べた人が安全でいられるかどうかは、ずっと後になるまでわからないであろう。人が感染する型のBSEの潜伏期間は、三十年以上もある。ティレル調査会の委員、エジンバラの医師R・G・ウィル氏は、ニューサイエンティスト誌1990年6月16日号に次のように書き送った。『BSEが人に危害を与えないと確信をもっていえるまでには、十年から十五年はかかるであろう』その3日後、委員長デビッド・ティレル氏は、『絶対的に確実な方法は、牛肉と牛肉蛋白質を含んだ製品を食べないことだ』と述べ、ウィル氏の発言を補った。

しかし今日まで、イギリス政府は国民に牛肉を食べてもよいと明言し続けている。三月、厚生省は、『牛肉は全ての人にとって安全である』と公式に発表した。そして農務大臣も、BSEの感染拡大は鎮静化したと断言した。しかし、数字が物語っているのは、それとは反対のことである。この病気により死亡する牛の頭数は、一年前は毎週675頭であったが、現在では毎週885頭にまでなっている。

弁解がましくも政府は、ある61歳の酪農家が飼育していた乳牛がBSEに感染し、本人がクロイツフェルト・ヤコブ病で死亡したと広報で伝えた。クロイツフェルト・ヤコブ病(以下CJD)は、人がかかる伝染性の海面性脳症である。この公式発表は、国内のCJDを監視する目的で厚生省が1994年4月に設置した調査委員会によって明らかにされたものである。死亡した酪農家の氏名、住所、そして死亡年月日は明らかにされなかったが、この男性は狂牛病にかかった家畜と同様の歩行困難の症状が自らにもでたときに、非常に不安を感じていたという。CJDは百万人に一人の割合で自然に発症すると考えられているが、特定の人口集団の間では発症率が高い。1950年代、人肉食の習慣が法律で禁止されるまで続いていたニューギニアのある部族では、CJDによく似た病気が流行していた。

イギリスにおいても、CJDは小人の人たちの間で発症率が高かった。1959年から1985年までの間、多くの小人の人たちは、人の脳下垂体から作られた成長ホルモンによる治療を受けていた。この成長ホルモンの一部が、CJDウイルスに似た病原体に感染していた。このホルモンを取リ入れた小人がCJDにかかる確率は、現時点では二百分の一と推定されている。CJDの潜伏期間は長いので、彼らの間に病気がどのていど広まるかについては、長い年月を待たねば分からない。

さらに、CJDの集団発生の例が、リビアのユダヤ人と、スロバキアの二つの地域で発見された。病気に感染した人には二つの共通点がある。それは、スクレイピーに感染した羊に接触したこと、そしてCJD感染へのはっきりとした遺伝的な素因をもっている、ということである。

何人かの専門家は、CJDの発症率は百万人に一人よりもずっと多いと考えている。1989年、ピッツバーグ大学で、臨床における痴呆症の診断の正確さが調査された。五十四人の痴呆症患者の症例履歴が詳しく調査され、彼らの検死は連続的に大学が行った。それによれば、全体の72.1%にあたる三十九人がアルツハイマー病で、5.5%にあたる三人がCJD、そして27.7%にあたる十五人がそのほかの中枢神経系の病気であることが判明した。この結果から、『臨床で痴呆症と診断された患者は、生存中に病気の原因が正確に診断されたとは限らない』と研究者らは結論付けた。さらに調査の中でCJDであることが判明した三人の患者は、『生存中にEEG異常を発症しない通常のCJD患者に比べて、病気の経過が長期間に及んだ』言い換えれば、ピッツバーグ大学で発見されたCJD患者は、これまでの典型的なCJDに比べて、よりアルツハイマー病に近い合併症を示したといえる。

このピッツバーグ大学の研究は、二つの可能性を示している。いずれの場合も、同大学で発見されたCJDの患者集団に行きつき、これが合衆国で最初に発見されたCJDの集団発生の例になるだろう。あるいは、こういうこともあるかもしれない。国内のアルツハイマー病患者四百万人の中に、CJDを引き起こす病原体に感染している人がいるかもしれない。ということは、次の疑問が湧き上がる。未確認のBSEの病原体に国内の牛が既に感染しており、人の食物連鎖の中に病原体が入り込んでいないだろうか?

政府の公式見解は、合衆国にBSEは存在しない、というものだ。その通りである。BSEに感染したことが証明された牛はこれまで一頭も発見されていない。しかし、このコラム欄で紹介した(「THE FIRST STONE」5月17日号)ように、科学的研究では、未確認のBSE病原体にアメリカの食肉牛の一群が感染した疑いがある。実験室では、スクレイピーに感染した羊の脳ミソを接種された牛は、狂牛病にかかったイギリスの牛のような症状ではなかった。彼らはただ、倒れ死んだだけであった。このような症状は、ダウナー症候群と呼ばれる牛の症状に似ている。ダウナー症候群とは、牛が倒れて立ち上がれない病気である。牛が倒れるのにはさまざまな原因があり、簡単に説明できるものもあれば、説明できないものもある。しかし、倒れた牛は全て屠殺場に送られ、いずれ人の口に入るか、レンダリング工場で処理されて高蛋白質の家畜用飼料になるかしている。

BSEとダウナー症候群を研究している家畜専門家らの懸念は、BSE病原体に国内の食肉牛が既に感染しており、それがダウナー症候群となって表れ、廃牛をレンダリング加工した後に再び飼料として牛に食べさせる現在の家畜廃棄物処理方法が、病気を拡させているのではないか、ということである。しかし、合衆国農務省と食品医薬局は、牛から牛への飼料の供給を禁止することを拒否している。ワシントンD.C.に拠を置く経済傾向研究財団が、情報公開法の下開示請求をして公開された行政文書がある。それによれば、人と動物の健康に責任を負うべき連邦政府機関は、国内の食肉牛がBSEに感染したかもしれない可能性を示す科学的根拠を明らかに無視している。

ダウナー症候群にかかった牛の一部がBSEに感染した可能性は、ウィスコンシン大学の獣医科学者リチャード・マーシュにより示された。1985年秋、まだイギリスでBSEが発見される前、マーシュは合衆国動物保健協会の定期大会において、ダウナー症候群の牛を原料にして作られた動物性飼料を与えられているウィスコンシン州内のミンク牧場で、伝染性の海面性脳症が発生したことを突きとめた彼の研究について報告した。マーシュによれば、スクレイピーに似た牛の症状を示す状況証拠は、調査されずに置かれている。

マーシュをはじめとする研究者らにより、スクレイピー感染羊の脳ミソを接種された国内の牛は、BSEを発症することが証明された。しかしこれらのBSE感染牛の症状は、イギリスのBSE感染牛とは異なり、脳の状態もまた異なっている。

農務省の役人は、マーシュの研究をよく知っている。というのも、マーシュは、スクレイピー・BSE調査顧問の一員として、自らの研究結果を定例会に提出しているからである。事実、アイオワ州にある国立家畜業務局に1991年農務省が提出した未署名のメモには、ダウナー症候群の牛をもっと詳細に調査すべきであるというマーシュの見解が書き記されている。以下そのメモには、『リチャード・マーシュと共同研究者のG・R・ハートソーの研究は、ウィスコンシン州にあるミンク牧場で発生した伝染性ミンク海面性脳症についてである。この牧場のミンクには、ダウナー症候群の乳牛と死亡した乳牛から作られた動物性飼料が主に与えられていた。この報告から、調査対象にこうした動物も加えるべきであることが示されている。しかし調査委員会は、これらの動物に目を向けずに、代わりにダウナー症候群の牛二十五から三十頭を調査することを提案している』と記されている。このメモについて、先週マーシュ氏本人に確認したところ、ダウナー症候群の牛をたった二十五から三十頭調査しただけでは、統計上の数字としては意味がないということだった。

事実上マーシュの研究を無視するために、農務省と食品医薬局の政策担当者らは、イギリスで発見されたBSEと同じ型の病原体だけを調査の対象とする決定を下したことは明白である。1992年3月、食品医薬局・家畜医療センターの調査承認事務局長、G・A・ミッチェルが書き記した文書には、農務省の動植物検査業務局(APHIS)が『国内でBSE感染の危険性があるかどうかについて、定性検査と定量検査を行った結果、国内の食肉牛がBSEを発症する可能性はきわめて低いと結論付けた』としている。ミッチェルが参照したのは、『BSEの危険因子の定量検査』と題する、1991年1月にAPHISが発表した報告書である。そこでの危険判定は、『スクレイピー感染羊だけがBSEの感染源であること』を前提にしている。言い換えれば、APHISの“定量検査”は、未確認のBSE病原体に感染した牛をレンダリング処理して作られた飼料を再び牛に与えることによって、BSEが広がる可能性を考慮していない。

1992年6月、スクレイピー・BSE調査会の調査の進行具合を報告する会合がエイムズで開かれ、マーシュは、従来の懸念を繰り返し表明した。そして、まだ狂牛病として発症していない未確認のBSE病原体に、国内の牛が既に感染している可能性を示すさらなる証拠を提示した。しかし調査会は計画を変更せず、狂犬病に陰性反応の牛の脳ミソを検査するという従来通りの方法で、狂牛病の牛を発見することに決めた。この会合の議事録には、次のように記されている。『会合に出席した各団体の代表顧問や参加者ら(全国乳業同盟、全国レンダリング業者協会、アメリカ羊肉加工協会、全国食肉加工業者協会など)は、前回の会合で決定した調査の優先順位を守るべきとの立場をとっている畜産業者、レンダリング業者、動植物検査業務局の要求に沿うように、現在努力が払われているところであり、調査計画の方針変更は適切でない、との見解で一致した』

これに対し、マーシュと同僚の研究者は反対している。彼ら曰く『もう何年も前から、調査会には我々の研究結果を知らせてあります。調査会の結論は、我々の結論とは違います。我々は、スクレイピーとBSEの判定方法を変えることを主張していますが、調査会はとても消極的です』

先頃十月にAPHISが発表した「BSE事実文書」と題する報告書の中では、イギリスのBSEの例をBSEの模範判定とすべきであると勧告されていた。ここでもまた、合衆国のBSEがイギリスのBSEとは違う可能性があることを示す有力な証拠が、取り上げられなかった。さらに、イギリスの当該人物の発言と同様に、この事実文書を作成した農務省役人は、あたかも大衆を安心させようとするかのごとく『現在のところ、BSEが人にとって脅威になることを示す科学的な証拠はどこにもない』と記している。しかし、CJDに感染した人の脳ミソから採取された物質を接種された羊がスクレイピーを発症するという事実に、農務省は一言も触れていない。

皮肉にも、同月、農務省は国内からスクレイピ-を一掃する目的で組まれた“スクレイピー根絶プログラム”を中止し、その代わりに“完全自由参加”のスクレイピー管理プログラムを立ち上げた。農務省によれば、根絶プログラムが管理プログラムに差し替えられたのは、『経費がかかること、関係者の協力体制が取りずらいこと、そしてスクレイピーを適切に制御することができないことが理由である』という。

農務省と食品医薬局が何も予防策を講じないことを決める一方、BSEに関する広報活動の戦略計画が農務省によって練られていた。広報の活動計画を立案したAPHISによれば、『BSEが合衆国に存在しているとの認識が少し広まるだけでも、国内の食肉・乳製品市場には甚大な影響がでるだろう』という。計画では、『イギリスで起きた広報上の問題を起こさないことを』APHISに助言している。APHISにいわせれば、そのような問題はイギリスの厚生大臣がCJD患者の登録を義務づけたことにある。『こうした登録措置は、BSEが人の健康と関係しているかのような印象を与える』と、『BSE広報』は指摘している。

農務省の広報はさらに、イギリス政府が国民の健康が脅かされていることを否定したことは間違いだった、と指摘した。『イギリスの食肉が絶対に安全であると証明されておらず、それが証明されるまでには今後二十年以上はかかるという時に、厚生大臣は牛肉の安全性を保障してしまった』

文書には以下のように記されている。『BSEに関して農業は、マスコミの追求にお手上げの問題を抱えている。それは、レンダリング処理された反すう動物の飼料を再び反すう動物に与えていることと、人の健康に及ぼす影響である。・・・(中略)・・・人の健康に及ぼす影響は神経質にならざるを得ない問題である。もしもBSEが合衆国で発生するようなことがあれば、もっと過敏な反応がでてくるだろう。BSEは人の健康に害を与えるかもしれないと公言している科学者もいる』

レンダリング処理された反すう動物から作られた飼料を、再び反すう動物に与えることへの疑問に対しては、家畜飼料製品を管轄している農務省と食品医薬局は、牛から牛への飼料供給を行っている食肉業界の慣習を妨げないことに決めた。

ところが、農務省はこの慣習の禁止を一方で検討中である。ここに『BSEとレンダリング政策』と題する農務省の内部文書がある。この中で、レンダリング業界を規制する予防策が六つほど、“BSEの発生に先立って”調査されているところだという。そのうち最後のものは、全ての反すう動物にレンダリング処理された羊と牛が原料の飼料を与えることを全面的に禁止するという内容になっている。この内部文書によれば、こうした立場はAPHIS局内のある職員が支持しているという。その理由は、こうした立場が(人の健康への)脅威を最小限にとどめることになると、彼らが考えているからである。局内で分析を担当しているその職員らは、海面性脳症の病原体が合衆国内の食肉牛に入り込んでいることは確実であり、その病原体がミンクの伝染性海面性脳症と関係があると信じている。文書によれば、マーシュの説は、『牛から作られたレンダリング加工製品を反すう動物に与えることを禁止する理由になるだろう』という。

しかし、この政策をとった場合、『畜産業とレンダリング業界が負担しなければならない経費が相当大きくなることが予想される』点で不利であり、このような政策の変更は、『国内の畜産業とレンダリング業界に大きな影響を及ぼすことになるだろう』と、APHISは説明している。

結局、農務省と食品医薬局の共通の関心事は国民の健康以外のところにあり、同省庁によって予防策を講ずる必要はないとの決定が下された。農務省の動物飼料安全局長ジョン・ホンステッドは、1991年7月に次のような書簡を書き送った。『農務省としては、現時点で牛の飼料になる反すう動物のレンダリング加工製品を禁止することを、勧告すべきではない』。その代わりに、『動物医療センターにBSEに関する作業班を設置し、・・・(中略)・・・国内でBSEが発生した場合に備えて、BSEに対処する計画書を作成する』ことが勧められた。

要するに、今日食べたハンバーガーが明日病気の感染源になるだろうかと心配しなさんな、ということだ。ワシントンがそれについて調べてくれているのだから。

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