“牛乳は自然の贈り物”

原書:フランク・オスキー著『Don't Drink Your Milk』第1章『Milk Is Natural』

ある日の午後、小学三年生の末っ子の娘が、ベソをかきながら帰宅した。娘は、学校で日課となっている読解テストで満点を取り損なったのである。そこで娘といっしょに問題のおさらいをしてみた。このテストは、読解力を見るために『はい』『いいえ』形式の質問が三問設定されていた。その質問とはこうである。

  1. うさぎはミトン手袋を作りますか?
  2. 魚はうさぎのように飛び跳ねますか?
  3. 女子も男子も全員牛乳を飲むべきですか?

娘は全問『いいえ』と答えた。が、先生は、最後の牛乳の質問への答えが間違っているとして減点した。しかし、わが娘は家で、牛乳は人に必要でなく実際体に悪いと教わっていた。全くそんな話は、先生には初耳だったろう。親である私は、新興宗教の信者かよほどの変人と思わてしまったようである。

牛乳に異を唱えることは、アメリカ人にとって非国民であることに等しい。というのも、乳業団体などにより毎日繰り返し流される宣伝広告と、政治への圧力のせいである。母親から『さあ、急いで牛乳を飲んでちょうだい』と言われたことが、人生最初の記憶として残っている人も多いのではないだろうか。私たちは皆、娘と同じ小学二年生の生徒にだされた読解テストにあったような牛乳の保証書きにいつも囲まれ、牛乳業界の考えた親しみやすい宣伝文句を耳に残るまで聞かされて、いつしかそれらを口ずさむことができるようになる。『牛乳は自然の贈り物』、『牛乳は完全食品です』、『だれもが牛乳を必要としています』。それから車のバンパーに『牛乳育ちは素敵な恋人』と貼り付けてあるのを、あなたも見たことがあるだろう。

こうした宣伝は、絶大な効果があった。アメリカ国民の食料費7ドルのうち1ドルが、牛乳および乳製品に費やされている。国民は、一人当たり平均年間170キログラムの乳製品を消費しており、牛乳および乳製品は、肉、魚、卵、鶏肉を合わせた金額に次いで第二位の、家計における消費支出を占めている。アメリカ全土には1800万頭もの乳牛がおり、乳牛の太った巨体が『乳業は巨大産業である』ことを如実に表している。この巨塊が政治に加える圧力たるや、振り下ろすこぶしの勢いほどに強力である。なんと国会議員の7人に1人は、乳業界から選挙資金を援助されており、一方で牛乳生産者組合は、牛乳の価格を人為的に高値安定させるための法整備を政治家に働きかけている。その結果、乳業界は相当数の州法および連邦法の優遇を受けている。また同業界は、牛乳販売促進のためあらゆる手段を講じる費用として、加盟生産者から牛乳45キログラムにつき5セントの金額を徴収している。全国乳製品評議会の委員長トーマス・V・アンゴット氏は、加盟業者を前にして誇らしげに語った。『牛乳の販売額は昨今の不況にも関わらず伸び続けております』。事実、デトロイトのような失業率の高い地域でさえも、乳業界の牛乳販売促進戦略は効を奏している。

しかし、このように長い間信仰されてきた牛乳性善説に対し、ついに医者や一般市民、さらには連邦通商委員会からも見直す動きがでてきた。リチャード・ニクソンやジョン・コナリーのような人々でさえ、もしかしたら牛乳は体に悪いのかもしれないと思い直すまでになった。

真実はこうである。牛乳の摂取は、乳幼児の鉄欠乏性貧血と関係があり、大多数の世界の人々の下痢と腹痛の原因であり、多種多様のアレルギーの原因である。さらに、牛乳はアテローム状動脈硬化症と心臓病の発生に中心的に関与している可能性がある。

牛乳の害が医師の間でかなり多く聞かれるようになったため、小児医学の権威であるアメリカ小児医学アカデミーの栄養部会は、臨床小児科医がまとめた『乳幼児の牛乳摂取は止められるべきか?』と題する報告書を作成した。同アカデミーのこの質問への答えは、この本を執筆中の現時点では『多分』という控えめなものだが、こうした質問が提起されること自体、牛乳への懸念が高まってきている証拠である。牛乳といえば、お母さんとアップルパイというのと同じくらい良きもの善なるものとして、これまでずっと神聖視されてきたものである。

哺乳類の乳の成分が種によって随分異なっていることは、一般にはあまり知られていない。例えば、山羊、象、牛、ラクダ、ヤク、狼、セイウチの乳は、脂肪、蛋白質、糖、ミネラルの含有成分の内容がそれぞれかなり異なっている。各動物の乳は、その種の赤ちゃんにとって理想的な栄養分を供給できるような成分構成になっている。従って、人間の乳は、そのほかの哺乳動物の乳とは違う。

一般に、動物は生後体重が3倍になるまでは、もっぱら母乳だけで育つ。人の場合はだいたい生後1年が、その期間に相当する。離乳期以降に乳を飲む動物は、人(とペットの猫)だけである。子牛は牛乳を飲んで成長する。牛乳は牛のためのものだからである。

世界中の大部分の地域、とりわけ東アジア、アフリカ、南アフリカでは、牛乳は大人が飲むものではないと考えられている。哺乳類の標準に照らして考えれば、彼らの嗜好は不思議でも何でもない。変っているのは、むしろアメリカ人とヨーロッパ人の方である。我々欧米人がいくら理屈を並べようと、正常な自然な状態から著しく逸脱しているのは、中国人やアフリカ人なのではない。

牛乳にはそのほかの種類の乳と同じく、三大栄養素である糖、蛋白質、脂肪が含まれている。これらの栄養素は、色々なミネラル分やビタミン類とともに水分の中に浮遊している。牛乳の中に含まれる三大栄養素については、人の病気の原因にならないかどうか、目下栄養学的に詳しく研究されているところである。

1974年4月、連邦通商委員会は、各方面からの要請でカリフォルニア州牛乳生産者諮問委員会とその広報機関を告訴した。告訴状の中で同委員会は、被告の『だれもが牛乳を必要としている』という宣伝文句は虚偽であり、誤解を招き、消費者欺くものであるとして、被告がオリンピック水泳選手マーク・スピッツ、プロ野球選手ヴァイダ・ブルー、舞踏家レイ・ボルガー、コラムニスト、アブゲイル・ヴァン・ブーレン、歌手フローレンス・ヘンダーソンなどの有名人を使って、牛乳への熱烈な賛辞をメディア広告に載せたことは、牛乳の食べ物としての価値を不正に伝えるものだ、と訴えた。乳業界はすぐさま方針を変え、新しい宣伝文句に替えた。それが『牛乳はだれにとっても何かがあります』というのだが、この言い方は、なるほど理屈のうえではそのとおりである。しかし、かりにコップ1杯の牛乳を目の前にしたあなたは、次のように自問しなければならない。『その何かを、私は本当に欲しいのだろうか?』と。

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