1クォートにつき5セントで、おなら

原書:フランク・オスキー著『Don't Drink Your Milk』第2章『Fifty Cents for a Quart of Intestinal Gas!』

エドワーズ夫人の一人息子が、ベトナム戦争に送られた。時に、夫人40歳。元警察官であった今は亡き夫は、強盗ギャングと銃の撃ち合いのすえ死亡し た。未亡人となった夫人は、19歳の一人息子が夫と同じように銃撃戦で命を失うのではないかと、気が気でなかった。ベトナム戦争の戦況は日増しに緊迫し、 息子からの便りもそぞろになろうとしていた頃、夫人は、上腹部に時々かすかな痛みを感じるようになった。それは次第に大きくなり、そのせいで夜中に目覚め ることもあった。鋭い痛みは、胸骨とヘソの中間の、手で触ると柔らかい部分に集中しているようだった。

“胸を焼くような”その痛みに耐えかねて、夫人はついに主治医のもとへ駆け込んだ。夫人の訴えから潰瘍を疑った主治医は、彼女に、病院で胃と上部消 化管のX線検査をしてもらうよう命じた。そして検査の結果、案の定夫人は十二指腸潰瘍を患っていた。病院の医師から薬を処方され、加えて牛乳をたくさん飲 むように命じられた夫人は、朝食と昼食の間、昼食時、午後、夕食時、就寝前に、それぞれコップ一杯の牛乳を飲むことになった。そして、忠実にそれを実行し た。すると数週間もしないうちに、胃の痛みは消えてしまった。ところが、今度は別の不快な症状が夫人を悩すようになった。常にお腹が張り、断続する下腹部 痛と水っぽい下痢、そして困ったことに、大きなおならが縦続けに放たれるのだった。

エドワーズ夫人は再び病院を訪れた。医師は胃と上部消化管のX線検査をやり直した。すると、潰瘍は治っていた。医師の説明では、夫人の現在の症状 は、息子のことで心が休まらないので、それが“腸を刺激して”起きているのだという。そしてもしも症状が続くようなら、精神科医に見てもらった方がよい、 ということだった。医師は、潰瘍の再発防止のために薬と牛乳ダイエットを続けるよう強張した。

そうした時、エドワーズ夫人は友人とばったり会った。そして自分のこの症状について話をしたところ、偶然にも、その友人も夫人と同じく下腹部痛と膨 らんだお腹、そしておならで悩んでいた。友人は主治医から、あなたは『乳糖不耐性症』だから、牛乳を飲むとそのような症状になる、と言われていた。この話 を聞いた夫人は、精神科医に見てもらうよりは牛乳を飲むのをやめようと決心した。すると大当たり。一晩で症状は消え失せた。

エドワーズ夫人の経験談は、珍しいものではない。実際、牛乳は腸の不調を引き起こす。なぜなら、年齢4歳以上の大部分の人は、『乳糖不耐性症』だか らである。

では、その乳糖不耐性症とは何だろう?それは牛乳とどういう関係があるのだろうか?

乳糖とは、牛乳の中に含まれている糖分のことである。牛乳の糖分もしくは炭水化物は、唯一これだけである。乳糖は、二糖類という単糖が二つつながっ た糖の種類に属す。この糖は、受乳中の母親の乳腺細胞でのみ作られる。従って、乳糖を含む食べ物は、哺乳類の乳しかない。しかし哺乳類の中でも、あざら し、あしか、せいうちの乳には乳糖をはじめ糖分は一切含まれていない。人の乳には1クォートにつき約75グラムの乳糖が、牛乳には45グラムの乳糖が含ま れている。

牛乳を飲んだ時、体内に入った二糖類である乳糖が血液中に吸収されるには、腸管に達するまでに二つの単糖に分解されなければならない。乳および乳製 品中に含まれる乳糖を分解するのは、消化酵素ラクターゼである。ラクターゼは上部消化管の腸細胞に存在し、空腸と呼ばれる小さな腸管内室に最も多く集中し ている。

ラクターゼの活動が最も早く始まるのは、妊娠8ヶ月から10ヶ月の胎児の腸内で、誕生直後に最も活性化する。もしも、摂取された乳糖の量が腸内のラ クターゼの乳糖分解能力を超えると、未消化の乳糖がそのまま大腸に達する。この時二つのことが起きる。一つは、腸内に常駐している細菌が乳糖に作用するこ とである。乳糖は腸内細菌によって発酵させられ、ガスと酸、すなわち二酸化炭素と乳酸に変化する。二つめは、乳糖の分子が浸透する過程で水分を生じ、腸管 内に吸い込まれることである。その結果、腸内にガスと水分が増大する。この組み合わせが、お腹が張る感覚となり、ゲップ、おなら、腹部けいれん、さらには 水っぽい下痢を引き起こすこともある。

1965年以前は、腸管内にラクターゼが欠乏しているのは、遺伝的異常によるものであって、特定の乳幼児にのみ見られる珍しい病気であると考えられ ていた。あるいは、何かほかの腸管の病気に関連した症状だと思われていた。時に1965年、ジョンズ・ホプキンス大学の研究者らによって初めて、調査対象 の白人の15パーセント、黒人の70パーセントの人が、乳糖を分解することができないことが確認された。

大多数の人は1歳半から4歳になるまでに、小腸内のラクターゼの活性が次第に失われる。これは、人の発達段階において、成長にともなう正常な変化で ある。哺乳類の大部分が、離乳期直後にラクターゼの活性が弱まる。この点で、人間もそのほかの動物と全く同じである。

ラクターゼ欠乏がいかに普通のことかを正しく認識してもらうため、統計データをいくつか紹介しよう。

[各民族別ラクターゼ欠乏の割合]

世界の人口の大部分を占めるのは黒人と黄色人であるので、世界の大部分の人はラクターゼ欠乏である。牛乳が乳白色をしていなければ、これほど普及し なかったのかもしれない。

数年前、小児保健センター長であり国立保健センターの小児担当局長であるノーマン・クレッチマー博士は、ナイジェリアのラクターゼ欠乏の実態を調査 した。調査対象になったのは、ナイジェリア国内の主な部族のうちヨルバ、アイボ、ハウサ、フラーニの4部族である。ヨルバ族とアイボ族の棲む地域では、牛 飼いの風習は全くなく、人が離乳期以降に乳を飲む習慣もほとんどなかった。この2部族については、全人口の99パーセントの人が、1歳半から3歳までの間 にラクターゼを分泌しなくなる。ハウサ族とフラーニ族の棲むナイジェリア北部では牛の放牧が伝統的に行われ、乳および乳製品が食べられてきた。乳および乳 製品を主に食べているフラーニ族の遊牧民の間では、ラクターゼが欠乏している者は、たった20パーセントであった。

この調査結果から、クレッチマー博士は次のように推論した。まず、乳糖吸収能力は遺伝子によって決定される。そこで、動物の乳を食料としてきた部族 が生き延びるために、その集団の中に成人後も乳糖分解酵素を保持する突然変異の遺伝子をもった個人が頻繁に現われ、自然淘汰によってその性質が獲得されて いったのだろう、と。消化管内のラクターゼが活性化しなくなるのは、自然なことである。これは生物として成長に伴う自然現象であり、大部分の人がこれに 従っている。全ての動物がそうである。なぜなら、自然に従えば、乳のような乳糖を含む食べ物を普通離乳後に食べることは想定されていないからである。成長 して酵素ラクターゼを分泌しなるのは正常である。それならば、幼児期を過ぎても乳糖を消化できる能力がある人は、さしずめ“牛乳オタク”とでも呼べるだろ うか。

ラクターゼ欠乏の存在が知られていなかった頃、合衆国から発展途上国へわたった粉ミルクは、政府役人を悩ませていた。南アメリカ諸国に初めて粉ミル クが到着してからの出来事は、今や語り草である。現地では村人たちが指示された方法に注意深く従い、粉ミルクを水で溶いた。ほどよい味に粉ミルクが戻さ れ、彼らがそれを飲むと、たちまち腹痛と下痢の阿鼻叫喚で村中が大混乱に陥った。

人々の反応は強烈で、ウワサはすぐに広まった。『帝国主義者の巧妙なワナに気をつけろ』というわけである。それからどうなったかというと、次回から 村に到着した粉ミルクは村人たちによって水の量を減らして混ぜられ、家の壁塗り塗料に使われましたとさ。その時以来、合衆国の乳製品業界は、ラクターゼ欠 乏の問題を糊塗してきたと信じている科学者もいるほどである。

不幸なことに、牛乳はいまだに公立の学校給食の主要な食品である。学校給食は都市部の学童の福利に役立てるため、彼らに少なくとも一日一回は良い食 事を提供することを目的に実施されてきた。ほとんどの都市で、こうした子どもたちの大半が黒人の学童である。ジョンズ・ホプキンス大学の研究者らは、ボル チモア市内の学校に通う黒人学童300人と白人学童200人を対象に、彼らの牛乳摂取行動を調査した。学校給食には、牛乳235ミリリットルが各生徒に割り当てられ ている。その結果、黒人学童の大部分は半分の量も飲んでいないことが判明した。最も多く飲んだ生徒でも、118ミリリットル以下である。これに対し、白人学童 では半分も飲まなかったのはたった10パーセントしかいなかった。彼らの乳糖消化能力を調べたところ、全白人生徒の18パーセントに乳糖消化能力がなかっ た。一方、牛乳を飲んだ黒人生徒の33パーセント、牛乳を飲まなかった黒人生徒の77パーセントが、乳糖消化能力に問題があった。牛乳を飲まない黒人学童 への乳糖負荷実験では、85パーセントの学童に腹痛、ガス、下痢の症状が現れた。

この調査結果に基づき、研究者らは、黒人学童が牛乳を飲まないのは乳糖不耐性症が主たる原因であるとの結論を下した。こうした黒人学童の例からも分 かるとおり、牛乳は不快な症状を引き起こすのにもかかわらず、合衆国政府は、いまだにこの問題を無視する態度を取り続けている。牛乳は、国の補助事業であ る学校給食の主要食品の座を占めているばかりか、さらに悪いことに、1976年の国の食料追加事業に補正予算が組まれ、そこで許可された数種類の食品のう ちの一つが、牛乳なのである。

多くの人が乳糖不耐性症であるという事実は、かつてヨーグルトとチーズには病気を治す力が宿っていると信じられていたおとぎ話が、あながち迷信では ないことを示している。牛乳に菌体を入れて熟成させヨーグルトを作るさい、乳糖の大部分はブドウ糖とガラクトースに分解される。同様に、チーズが熟成する と、乳糖の大部分は単糖に変化する。分解されたこれらの糖分は、牛乳に耐性のない人が摂取しても害はない。

古いことわざに、チーズやヨーグルトは『結びつける』という言い方がある。これはおそらく、ラクターゼ欠乏の人が下痢気味の時に食べ物をチーズや ヨーグルトに替えると、便が固まることを発見したところからきた言い回しなのであろう。ヨーグルトはよく、下痢をする幼児に与えられる。下痢の最中、幼児 は一時的にラクターゼ欠乏になることがあるが、この時乳を飲ませ続ければ、消化不良を悪化させるだけである。こうしたことはとてもありふれたことなので、 アメリカの人工製乳会社は、下痢に悩む乳児向けの人工乳として、乳糖を除去した製品を製造・販売している。

乳製品業界は、乳糖不耐性症の検査結果に公然と非難を浴びせた。業界の広報官は、『検査で使用される乳糖の量は非常に多いので、通常の牛乳摂取量に おいて起きることとは何ら関係がありません』、と主張した。しかし、乳糖不耐性症と牛乳不耐性症が同じではないことは事実だとしても、これまでと同じ検 査方法でラクターゼ欠乏と診断された60から75パーセントもの人たちが、牛乳の摂取量としては標準的な227グラムの量に相当するコップ1杯の牛乳を飲んだ 後に消化不良を起こすことが証明されている。このような症状は乳糖含有量を減らした牛乳にするか、食事のときいっしょに牛乳を飲むかすれば軽減するかもしれない。

近年ガソリン価格が上昇し、現在全米の大方の地域で1ガロンが1ドル以上する。アメリカ国民はひどく立腹しているようだが、もしもラクターゼ欠乏症 の人が牛乳を買えば、1クォートに50セント以上支払ったあげく、おまけにおならがついてくる!

これまでの調査結果から、ラクターゼ欠乏の人が牛乳を飲むと、牛乳に含まれる栄養分を取り損ねる恐れがある。本来ならば、正常に代謝された炭水化物 からエネルギーが得られるはずであるが、そのエネルギー源ばかりか、不完全な代謝の結果生じた下痢症状のため、蛋白質までも失っている可能性が ある。

子どもの下痢は、珍しくない。子どもの十人に一人までは、『児童期腹痛症候群』であると推定されている。この病気は通常学童期の子どもに見られ、症 状は一ヶ月以上継続し、朝ひどいことが多い。しかし、検査しても異常は見つからない。この『児童期腹痛症候群』の子どもを対象にした調査が、ボストンとサ ンフランシスコ2ヶ所で別々に実施され、それぞれが同様の結論に至った。それは、調査対象の『児童期腹痛症候群』の子どもたちの3分の1に、基本的に乳糖 不耐性症と同様の症状が見られた、という事実である。解決方法はいたって簡単だ。子どもの食事から牛乳と牛乳を含んだ食べ物を全て除くこと。そうして、症 状に改善の兆しがあるまで待つことである。

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