牛乳の代用を巡る話二つ

原書:フランク・オスキー著『Don't Drink Your Milk』第5章『The Alternatives-Tow Sides To The Story』

牛乳をやめたら、その代わりに何を飲めばよいのだろう? その答えは、大人と乳幼児とでは当然違う。この章では、乳幼児の牛乳の代用品について考え てみよう。新生児にはとってそれは明快だ。すなわち、健康な母親の左右二対の乳房がそうである。たとえ牛乳や大豆蛋白質から作られる市販の人工乳を飲んだ としてもそれが乳児の成長に差し支ることはほとんどないが、全ての乳児にとって理想的な食べ物は、いうまでもなく母乳である。

乳児用人工乳が製品化されて、30年以上たつ。その間、中身も少しずつ変わってきており、今では脂肪、蛋白質、炭水化物の含有成分が母乳に近くなっ ている。しかし、人工乳は、母乳のように感染症を予防するほどまで模写されているわけではない。

母乳は乳児に免疫を授ける。特に生後一日目、新生児が、生命を脅かす伝染病に最も感染しやすいこの時期に母親から授けられる初乳には、免疫をつける 物質が豊富に含まれている。母乳には抗体が多い。そして母乳の蛋白質は、乳児が細菌やウイルスに感染するのを防ぐ働きをする。

これまで、母乳で育てられた乳児はそうでない乳児よりも病気にかかりにくいと信じられてきたが、科学的にもこれを支持する研究結果が数多くある。そ れを如実に示す結果が、1930年代シカゴで2万人以上の乳幼児を対象にした調査から判明した。

その調査は、細菌感染に抗体が使われるずっと以前のものであることに留意してほしい。つまり、乳幼児の発病率ならびに死亡率が増加した場合、それは 牛乳に含まれていた有害物質のせいか、あるいは母乳に免疫成分が欠けていたせいであると推定される。乳児はまず、9ヶ月間全面的に母乳だけで育てられた 班、部分的に母乳が与えられた班、砂糖入りの薄めた牛乳を温めて与えられた班、の三班に分けられた。どの乳児にも全員に、生後1ヶ月からオレンジジュー ス、生後6週目からタラの肝油、生後5ヶ月から穀物、生後6ヶ月から野菜が、食事に加えられた。

さて、何が起きただろう?この9ヶ月間における全体的な死亡率を比較すると、母乳だけで育てられた乳児の死亡率は、千人につき1.5人、牛乳だけで 育てられたの乳児の死亡率は、千人につき84.7人という結果がでた。死亡原因が消化器系の感染症によるものは、非母乳育児の乳児の死亡率が母乳育児乳児 に比べ40倍高く、呼吸器系の感染症による死亡率では、120倍高かった。

これより前に、国内8都市で乳児の調査が行われていたが、同様の結果を示していた。牛乳で育てられた乳児は、生後6ヶ月間で死亡する率が20倍も高 かった。

今日合衆国国内で、母乳で育てられた乳児の方がよく生き延びることを証明するのは、難しいだろう。なぜなら抗生物質や医療技術が進歩し、母乳を与え られていない乳児が生命を脅かす病気にかかっても救われるので、結果として彼らの死亡率は減少しているからである。しかし、海外の医療体制がそれほど整っ ていない地域では、母乳を授けられていない乳児の死亡率は、いまだに容認しがたいほど高い。

例えばチリでは、生後6ヶ月間で人工乳で育てられていた乳児の死亡率は、母乳だけで育てられていた乳児の2倍に上る。そうかといって、母乳のほかに 牛乳から作られた人工乳も与えられていた乳児の死亡率は、牛乳だけを与えられていた乳児に比べて低いというわけでもない。このことから、母乳の恩恵にあず かるためには、母乳のみが与えられなければならない。

このチリでの調査によって、親の所得が上げるほど、母親が母乳から人工乳に切り替える傾向があることも判明した。この国の所得水準の高い家庭の子ど もの死亡率は、所得水準の低い家庭の子どもよりも高いという驚くべき事実の背景には、こうした育児方法の変更がある。

母乳育児に病気予防の優れた価値があることは、グアテマラでの一連の実験によっても立証された。調査は、周囲から隔絶した辺境の村で、母乳で育てら れていた乳児を対象にした。そこは原始的な汲み取り施設しかなく、衛生状態は悪かった。その村で、週に一回乳児の便が採取され、細菌が培養された。乳児が 母乳だけで育てられている時、乳児の便には唯一無害な乳酸菌細菌群が存在しているだけだった。胃腸炎にかかった乳児は、一人もいなかった。胃腸炎は、人工 乳で育てられている乳児の間では、ありふれた病気である。

ところが母親が授乳を切り上げるやいなや、乳児の便の中の細菌が突然変わった。新たに発生した菌は、大腸菌だった。大腸菌に感染すると、中枢神経 系、肺、腎臓、血液など体のあちらこちらが冒されることが知られている。この病原菌は最初は消化管内に潜伏しているが、人体の抵抗力が衰えた時にそのほか の場所に広がる。母乳育児と、母乳そのものにも大腸菌の発生を抑える働きがあるので、母乳だけで育てられている乳児はこの菌に感染しない。

保育所などで大流行した胃腸炎は、母乳で鎮静化することができる。しかしそのさいには往々にして、さまざまな試行錯誤が全て失敗に終わった後、母乳 で問題が解決することが多い。これを非常にはっきりと示す例として、ユーゴスラビアのベオグラードの保育所で発生した伝染病を詳細に分析した記録が残って いる。この保育所に入所していた乳児全員1008人が、6ヶ月間調査された。そのうち883人の乳児には母乳が与えられており、この中に胃腸炎および大腸 菌保持者はいなかった。それ以外の125人の乳児には、加熱された牛乳が与えられた。この125人のうち16人が胃腸炎にかかり、16人全員から大腸菌が 検出された。その後、乳児全員に母乳が与えられると、2ヶ月以内に大腸菌は保育所から消滅した。

母乳に優れた免疫機能があることは、農民にはよく知られている。子豚や子牛は、生後24時間以内に母豚や母牛の乳がもらえないと、消化器系の感染症 にかかって死ぬことがよくある。

動物の乳は、自らの種の新生児を守ることができるようにできているようだ。しかし、種の壁を超えた授乳ではうまくいかない。乳を加熱処理、殺菌処 理、成分調整してしまうと、それがどんなに工夫された方法であっても、乳に備わっている保護機能を破壊してしまう。

事実、これまでに研究された哺乳動物はどれも例外なく、新生児の体重がおよそ3倍になるまでは母乳しか飲まない。その期間は、長くて象の3年 間、短くてギニア豚の3週間である。人もこの自然の摂理に従うならば、母乳だけの育児を生後1年間続けなければならない。

なるほど西欧社会では、乳児を市販の人工乳で育てることができる(次章を参照のこと)。感染症の発生件数も、耐えがたいほど多いわけでもない。しか し、子どもが強い免疫力をもてるかどうかは、母乳で育てられたか否かにかかっている。

不幸にも、先進国の生活習慣は発展途上国で模倣されやすい。そしてその結末は、悲惨なものになる可能性をはらんでいる。今、発展途上国の母親たち が、大挙して母乳育児を放棄し始めている。例えばチリでは、この20年間で母乳育児の割合が、95パーセントから6パーセントに激減した。母乳期間も平均 1年とちょっとだったものが、2ヶ月にまで短くなった。

このように母親らが市販の人工乳に変更する背景には、女性が外で働くようになってきたこと、下層階級の女性たちがより上層階級の女性さらには西欧先進工業 国の女性たちに憧れること、そして人工乳製造会社による貪欲で信用できない販売活動が広まっている、といった事情がある。

少なからぬ企業が、実際には需要がないところに“ニーズ”を作り上げる営業戦略をしいている。南アフリカやアフリカ諸国では、女性たちが診療所を訪 れたさいにそこに貼ってあるポスターの中に、丸々とした健康そうな赤ちゃんが哺乳瓶から乳を飲んでいる姿を見れば、その商品をいいものだと思ってしまう。 掲示板、雑誌広告、ほか諸々の広告技術を駆使し、未来の母親が将来わが子を現代的な育児方法で育てたいと思わせる巧妙な仕掛けが色々と凝らされている。

たいていの貧しい国では、市販されている人工乳といえば、粉ミルクである。粉ミルクを乳児が飲む安全な乳に戻すには、計量機器、清浄な水源、きれい な(殺菌消毒されたものが望ましい)哺乳瓶が必要である。しかし貧困ゆえ、冷蔵設備、すぐに使える水、度量衡が同じ計量機器などは往々にして望むべくもな く、その上女性たちは使用説明書を読む能力がない。すると粉ミルクは便利どころか、たちまち危険な厄介物になってしまう。

この問題をはっきりと指摘したリー・マーギルの記事『海の向こうの人工乳:輸出される乳児の栄養失調』を読んでみよう。

ここ数年、急速な売上が期待できる未開拓の市場に参入して、利潤拡大競争に攻め入ろうとする企業の狡猾な営業活動の実態が、さまざまな文書報告 から明らかになってきた。ジャマイカでの最新の調査では、キングストン在住の母親の90パーセントが、わが子が生後6ヶ月になるまでに人工乳による育児を 開始し、そのうちの14パーセントの母親が、会社の『ミルク看護婦』にそうするように勧められたと証言した。母親らは出産時の産婦人科病院とその後診療所 の二ヶ所で勧誘を受けていた。

こうしたことは、アメリカの企業が雇う『母親技能社員』によって慣行されており、彼らの営業活動はその国の医療福祉サービスを抑圧しかねない勢 力にまでなっている。会社は、ラジオやポスター、時にはテレビにも広告をだす。ミルク看護婦は外回りの外交員として雇われたり、業務委託契約を結んで報酬 を支払われることさえある。しかし大部分の企業は、看護婦を正社員として雇い、医師、病院、産婦人科診療所などを巡回する販売活動にあたらせている。『母 乳育児をしながら人工乳も取り入れて育児をしていた(ナイジェリアの)母親の95パーセントが、社員の勧誘を産婆や看護婦の助言だと信じてそれに従ってい た。育児について話をする製乳会社の社員は、あたかも病院や診療所の職員と同じように見える』

ネッスル社の広報官は、こうした商売のやり方を、『ミルク看護婦というのは、例えば製薬会社から医師や保健所に赴いて、製品の説明をする派遣員 のようなものである』と言ってごまかそうとした。しかし、この例え話は間違っている。医師というのは知識をもった専門職であり、情報を選択できる立場に ある。想像をしてみてほしい、第三世界の母親らが家庭で、病院や診療所の母親教室で、看護婦の白衣をパリッと身にまとった女性を目の前にした時どう反応す るかを。その女性は看護婦であるかもしれないし、そうでないかもしれない。ともかくも、大勢の母親らの前でその女性は、如才なくも『母乳が一番』とまずは 話を切りだす。しかし、いつの間にか自社製品の利点を誉めちぎって話を終えている。看護婦に向けられる尊敬の念を利用するこのやり口は、医療従事者と製乳 会社の癒着関係を暗にほのめかしている。この『母親技能』社員は、市場の成長に必要な躍動的な活力を具体化してみせたにちがいない。だが、乳児の成長を助 けるものではない。

マーギル氏が批判するこのような販売促進方法は、大成功を収めた。と同時に、非常に悲惨な状況をも生みだした。チリで起こったことは、この成果がも たらしたまさに悲しむべき一例である。1973年、人工乳で育てられていた生後3ヶ月未満の乳児の死亡率が、母乳だけで育てられていた乳児の3倍に達し た。

マーギル氏は、人工乳で養育される乳児の死亡率が増加している理由として、以下のことをあげている。それは、汚染された水、水を煮沸する設備がない こと、人工乳を戻すさいに必要な説明書が読めないこと、である。

女史の意見を続けて聞いてみよう。『栄養失調は、また別の共通したことがらの結果でもある。それは“商業的栄養失調”と呼ぶべきものである。その意 味は、単に製造企業に責任があるということではなく、この種の栄養失調は低開発と食料不足には直接には何ら関係がない、ということである。その原因は、ま やかしの発展と商業主義を押し進める商慣行と政策なのである』

1973年以来、自社製品を海外の貧しい国々に売りつけることに最も熱心に従事してきた製乳会社に対する風当りが、きつくなっている。ある第三世界 の団体は『ネッスル社は赤ん坊を殺す』と題する小冊子を発行した。これに対しスイス・ネッスル社は、名誉毀損の訴えを起こした。

イギリスでは、マイク・ミュラーが著した『赤ん坊殺し』という本が、この問題に大衆の目を向けさせた。この中でミュラーは、人工乳製造会社が乳児の 育児習慣を巧妙にねじ曲げている実態を詳細に報告した。合衆国でも、消費者連合がこの問題を調査し、『富への渇望』の中で、商売の強欲さが大手を振って人 々への人道的な関心を踏みつけている、と批判した。

こうした外国企業に進出された発展途上国では、育児を食いものにするもうけ主義が横行した結果、人命が犠牲になった。これらの国々では、ただでさえ 貧しいのに、その上国の資源を放棄して代わりに出費を強いられるふざけた遊びに、国民は苦しめられている。例えばケニアでは、母乳育児が減少した代わりに 人工乳への支出が増加し、1150万ドル請求されているという。この金額は、ケニアの福祉予算額全体の3分の2に相当し、この困窮する国が現在受け取って いる経済支援額全体の5分の1に等しい。もうお分かりだろうが、母乳は天然資源であるのはもちろんのこと、国にとっては経済的資源と見なすことができる。

1981年世界保健機構は、発展途上国への人工乳の販売活動を禁止することを決議し、全ての乳児が可能な限り母乳で育てられるべきであるとの基本理 念を採択した。

ここアメリカ合衆国では、この十年間育児革命が静かに進行しつつある。1971年、産院から退院したばかりの乳児が母乳で育てられている割合は、 たった25パーセントだったが、現在では58パーセントにまで上昇した。もっと目を見張る変化は、乳児に牛乳を飲ませる時期が遅れてきていることだ。 1971年、68パーセントの乳児が生後6ヶ月以内に牛乳もしくは濃縮牛乳を与えられていたが、1981年には、その割合が17パーセントに減少した。母 乳育児が最高であるという事実を保証しているのは、アメリカ小児科学アカデミー、アメリカ小児科学会、小児科学研究会、小児救急救命協会である。あの全米 乳業評議会でさえ、今では牛乳は生後6ヶ月までの乳児に飲ませるには適切でないことを公式に認めている。進歩した?―はい。完璧に?―いいえ。

西欧社会では、母乳がなくても人工乳で赤ちゃんを育てられる。費用はかさむかもしれないがともかくも、適切に栄養上の注意事項を守りさえすれば育て られる。理想を言えば、乳児は満1歳になるまではもっぱら母乳だけで育てられるべきである。もしそれができなければ、あるいはそうしたくなければ、満1歳 まで人工乳で育ててもよい。しかし決して成分無調整牛乳を飲ませてはいけない。そして満1歳をすぎれば、いかなる種類の乳も必要でない。子どもはわれわれ大人 と同様、牛乳を一滴たりとも口に入れずとも、何ら問題なく成長できるのだから。

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