牧神パーンには他にもいろいろな伝説があります。 そのお話を少々・・・。
<エピソード1 木霊エコー>
エコーは森のニンフの1人で、器量が良く、歌がとてもうまい精霊でした。 パーンはしきりに彼女に言い寄ったのですが、エコーはいつもつれない返事ばかり・・・やがてパーンも腹を立てはじめてしまいます。 もともと彼女の歌が上手なのを嫉妬していたこともあり、パーンは手ひどい仕打ちをしようとたくらみます。
パーンは自分を信仰する羊飼いたちに術をかけ気を狂わせ、エコーを捕まえさせてばらばらに引き裂き、あちこちにばらまいてしまったのです・・・。
だが、大地は森のニンフと同盟関係にあったので、彼女の身体の破片をその懐に隠してやりました。 そしてパーンがシュリンクスを吹くと、エコーはその音色をまねて木霊を返したのです。 それを聞くたび、パーンは飛びあがって誰が自分にいたずらをしているのか、おびえて狂ったように探しまわったといいます。
そしてこれが、「こだま」や「やまびこ」の生まれた理由であるのだそうです。
<エピソード2 ロバの耳>
ブリュギアの王ミダースは、あるとき自分の庭園に紛れ込んできたシーレーノス(馬の耳と尾、蹄を持つ神性の生物)を手厚くもてなしたことがありました。 シーレーノスは酒神バッカスにお育ての親といわれており、この話しを聞いたバッカスはシーレーノスの受けた恩に報いるためにミダースの願いをなんでも1つ叶えてやることにしました。
ミダースは悪人ではありませんでしたが、いささか金銭欲が強かったので、「私の触るものがすべて黄金になるようにしてください」と言い、バッカスは快くその願いを叶えてやりました。
ミダースは大喜びで、様々なものに触れては黄金に変えていきましたが、やがて空腹を覚え、召使に食事を持ってこさせます。 ・・・が、パンにミダースの手が触れた途端、それは黄金の塊へと変わり、肉はつかんだ途端黄金の板へ・・・、酒杯を手に取れば酒は黄金の滴に変わり、飲むことすらかないませんでした。
ここに至ってミダースは自分の過ちに気付き、バッカスに自分の愚かさを述べ、元に戻してくれるように頼んだのです。
さて、元に戻ったものの、ミダースはもはや富みにほとほと嫌気がさしていました。 そこでミダースは山野で素朴な生活を営むようになり、牧神パーンをあがめて暮すことにしたのです。
そんなあるとき、パーンは自分のシュリンクスの腕前が太陽神アポローンより上であると自慢してしまいます。 これを聞いたアポローンは大いに立腹し、トモーロス山神の立会いのもと、パーンと音楽の腕比べすることになります。
まずパーンがシュリンクスを奏で、続いてアポローンが宝石をちりばめた竪琴を奏でました。 すると山の樹々はすべてアポローンへとたなびみ、トモーロスはアポローンの勝ちを宣言しました。
しかし、パーンに傾倒していたミダースは、ただ1人これに異議を唱えたのです。 アポローンはこの不遜な抗議に怒り、ミダースに「素晴らしい楽曲を聞き分ける耳を与えてやろう」とその耳を伸ばし、ロバの耳に作り替えてしまいました。
この後、ミダースは常に王冠と布で耳を隠して暮らしていましたが、一人の理容師によってその耳がロバの耳である事をばらされてしまいます・・・。
そう、いうまでもなくこのお話が「王さまの耳はロバの耳」のおとぎ話しの原形となっているのです。