番外編A「悠平と堀田の受難、稔之の秘密」 | ||
番外編しか出てこない写真部の綾香の後輩、悠平。(左) そして綾香と西谷と同じ写真部員の堀田。(右) どちらもこの小説「relationship」の中では超脇役です(爆) どうやら稔之に思う所があるような二人ですが・・・? |
10月中旬、とある平日。 立華大学付属高校本館一階にあるセミナーハウス。 壁と同じベージュ系色にに統一された、幾つかの椅子とテーブルは、放課後のお喋りに興じる生徒達によって、ほとんど埋まっていた。 生徒達の中には、写真部員、阿佐巳悠平と堀田正樹の姿もあった。 数日前に発売された新作RPGゲームの話題に夢中だった二人は、廊下を軽やかに通り過ぎる細身の女生徒の姿を視界の端に止めて、話を中断した。 女生徒は、かつて関谷稔之と付き合っていた神崎裕美。 横には見知らぬ男子生徒が足早に下駄箱へ向かいながらも、裕美に向かって微笑しながら、懸命に何事かを話し掛けていた。 そして恥ずかしそうに顔を下に向けながらも、微かにまんざらでもない表情を浮かべる裕美。 二人の姿が見えなくなった所で、悠平と堀田は顔を見合わせた。 「良かったっすね、神崎さん」 一言そういうと、悠平は大きな口で再びストローをくわえて、紙パックの中のグレープジュースを飲み干した。 堀田はテーブルの前で腕組みしつつ、大きく頷きながら 「そうですね・・・あれは関谷君が悪いから、傍目からみても可哀相だと思いましたよ」 「ですよね〜」 悠平はくっきりとした二重瞼を持った眼を上目づかいにしながら、堀田に同意した。 悠平は、堀田と同じ写真部の先輩である水瀬綾香の幼馴染、関谷稔之とは幾度か校内で見かける程度で、大した面識がある訳ではない。 しかし、人並み外れて洞察力の鋭い部長、西谷と友達が少ないなのに何故か情報通な堀田の会話から、稔之の綾香に対する想いを以前より敏感に察知していた。 ・・・西谷さんは、『僕達は第三者なんだから余計な事は言うな』なんてゆーけれど・・・ しかし、悠平は西谷程、物事を割り切れる人間ではない。 ・・・ずっと水瀬先輩が好きな癖に、他の娘と付き合ったりするなっちゅうねん! 感情をストレートに表現する性格の悠平からすれば、稔之のそういった行動は不可解としか言い様が無かった。 さらに、数ヶ月前のある出来事が悠平の怒りを増幅させた。 裕美に対する同情も押して、たまらず悠平は一気に言葉をまくしたて始めた。 「大体、関谷さんってちょっとおかしいんですよ! 俺、5月頃、備品を買うのに水瀬先輩と二人で街に出掛けた事があったんですよ。・・・そしたら関谷さんとばったり会ったんっす。 挨拶する俺無視して『綾香、こいつ誰だ?』何て言うんですよ。 水瀬先輩が部活の後輩だって説明してくれたんですけど、 面白くなさそうに俺の事、睨んだんっすよ。 その時自分、女連れてたんですよ!言ってる事とやってる事が無茶苦茶やっちゅーねん!」 ずっと溜まっていた不満を吐き出した興奮から、悠平は思わず肩で息をする。 いきなり感情的になった悠平に唖然としながらも、堀田は眼鏡をさすりながら 「分かりますよ・・・僕もですね、夏休みに気分を悪くした水瀬さんを体育館の玄関まで運んだ事があったんです。 丁度、関谷君、部活の最中だったんですけど、憮然とした表情でこっち見てましたからね。結構、妬くタイプみたいですね」 悠平に同調して深く溜息をついた。 「え!そんな事があったんですか!・・・ちょっと背が高いからといって調子に乗るなって感じっすよねーー」 「・・・背の事は関係無いと思いますけど・・・」 悠平の様子に思わずたじろく堀田。 しかし、二人とも稔之の理不尽さについては納得する物があった。 他にも思い当たる節が何件もあったからだ。 稔之の想いが綾香に通じるまで、ずっと自分達は八つ当たりを受けていくのか・・・ 思わず思考が暗くなった二人は黙り込んで俯く。 そして暫く続いた沈黙を破ったのは堀田だった。 「関谷君って絶対、『早乃未央』好きですよね・・・」 ぼそっと、言った堀田の呟きに、悠平はカッと眼を見開いて顔をあげた。 「あ?やっぱり堀田先輩も思いました?」 『早乃未央』とはあどけない顔立ちと巨乳な体を併せ持つ、人気上昇中のAV女優。 早乃未央の大きな瞳と小柄な体つきは、綾香の面影を何処となく彷彿させた。 「毎晩、見てますよ、きっと・・・」 堀田の眼鏡のレンズが怪しく煌く。 「あははは。気に入った場面を何度も巻き戻して、頭の中で自分と水瀬先輩に置き換えられるようにイメージトレーニングしてるんじゃないんすか? 『綾香、俺はもう駄目だーーーっ』とか叫んだりして」 思わず、悠平は腹を抱えて笑い出す。 「出てるのは恐らく、全部見ていますよ、でもやっぱり僕達が借りるのを見つけるとまた怒りそうですね」と堀田。 「だけど、自分こそ、いざ本当に水瀬先輩とそうなったらビデオと同じ事をやってしまって、嫌われるんっすよ」 テーブルを叩いて大笑いする二人。 ドン。 突然、二人は背後から肩を強く同時に叩かれる。 「!!」 肩に受けた激しい衝撃に息が止まる、悠平と堀田。 振り返らなくても、背中に痛いほど突き刺さる、もの凄い殺気が誰であるかを告げていた。 「おめーら、何をさっきからゴチャゴチャ言ってるんだ?ああ?」 ドスのきいた稔之の低い声が二人の耳にジワリと届いた。 恐怖と後悔に二人の眼は微かに涙目になる。 膝が小刻みに震え始めた。 「うわぁぁぁぁぁぁ、ごめんなさいぃぃぃぃ」 哀訴とも悲鳴とも区別がつかない悠平と堀田の叫び声がセミナーハウス中にこだました。 写真部部室の奥で椅子に腰をかけ、丁寧に持ちカメラのレンズを布で拭いていた西谷はゆっくりと入り口のドアが開く音を聞いた。 「堀田と阿佐巳か?今日は遅いね、水瀬さんもう帰っちゃったよ」 何気に顔をあげた西谷は、悠平と堀田の腫れ上がった顔を見て、思わず目を剥いた。 「ど、どうしたんだ?」 西谷の顔は思わず引きつった。 悠平と堀田は倒れ込むように椅子に座りながらも、西谷に先程起きた出来事を説明した。 「成る程ね・・・」 話を聞いた西谷は、軽く溜息をつくと再び下を向いてレンズの手入れに集中し始める。 「もっとも僕達も冗談がかなり過ぎましたけどね・・・」 堀田が埃で汚れた眼鏡を掛け直す。 悠平も目を伏せながら 「関谷さんにも事情があるかも知れないのに言い過ぎたっす・・・」 と小さい声で呟いた。 「いや、済んだ事じゃないか。そんなに気にする事ないよ、それに・・・」 悠平と堀田から反省の色を読み取った西谷は、穏やかな声で二人をなだめた。 「それに?」 二人が怪訝そうに西谷に聞き返す。 「いや・・・何でもない」 西谷は喉元まで出掛かった言葉を飲み込んで下を向いた。 そう、人間、誰にも知られたくない事実を言い当てられると逆上するものなのである。 番外編A 終わり。 |