PreStory

小話

何て世界は素晴らしいの

鳥も花も人も 生まれて死にゆく

  何かの本の一節を思い出して、彼女は皮肉げに笑んだ。
 大きな窓があるくせに薄暗い自室。外は木々が生い茂り、庭の殆どを覆っている。
 隙間から空が見える。
 彼女は、アンティークと呼べるほどのクローゼットを開き、いつもの服に袖を通した。
 暗い紫色のスタンドカラー。軍服のような。
 黒檀の机に立てかけていた細剣を手にして、ふと鏡を見た。
 淡い赤紫の髪は肩まで伸び、長い前髪が無意味に鋭い目つきを隠している。不機嫌そうに引き結ばれた唇は微笑むことはな
い。
 (・・・今日も最悪だな)
 ついと目をそらして部屋を出た。
 皇立治安陸軍如月真言中将が第四子、如月唯十二歳の晩春である。

 鋼同士が打ちあう音が、下草に覆われた裏庭に響いている。
 細剣を手にした唯とサーベル片手の真言だ。
 二人とも真剣を使っているので所々出血しているが、気にしている様子はなく、気合いの声を発している。
 きいんっ
 しばらくして、唯の手から細剣がはじき飛ばされた。
「・・・今日はここまでだ。三年後の入隊試験の頃には使い物になっているだろう」
 無表情に言ってサーベルを鞘に収め、真言は身を翻した。本館の方に歩いていく短い銀髪の背中に敬礼して、
「感謝します」
 唯が呟いたとき、真言の側に執事が駆け寄り何事か囁いた。厳格な顔が渋面に変わる。
「・・・・・・あの道楽者が何の用だ」
 そう独りごちたかと思うと、大またで歩み去って行った。
(軍曹殿が来たのか・・・)
 唯の叔父である。真言とはとことんソリの合わない男で、一応程度に軍曹の肩書きを持っている。
(部屋にいた方が良いな)

天と地の間に生まれるものはあまねく修羅なのだと女は言った。

男は言った。それならもっと救いのある世界になってるだろうよ。

 かたんと窓の開く音を耳にして、唯は本を開いたまま小さくため息をついた。そして案の定、背後から声
がする。
「―――まーた小難しい本読んでんだねぇ」
「・・・・・・どうしておまえはいつもいつも勝手にひとの部屋に入ってくるんだ」
 言いながら振り返ると、藍色の瞳と一つにくくった髪に赤いバンダナを額に巻いた少女が、半開きの出窓に腰かけていた。唯の
凶悪な目つきをさらりと受け流してけらけらと笑う。
「だっておもしろいじゃないか」
「・・・・・・斬っていいか」
「それはヤだねぇ」
 唯の幼馴染みのデイジー・カイロスである。十三歳にして既に喋り方がおばちゃん化しており、唯が口で勝てたためしはない。
 デイジーはひょいと窓から下りると、本に目を戻した唯に、
「そーいや何か玄関の辺りが騒がしかったけど?」
「軍曹殿が来たらしい」
「え、刹那小父さんが来てるのかい。そりゃ騒々しくもなるさねえ。唯の親父さんなんか今頃頭から湯気でも出してんじゃないかい
?」
「いつもの事だ」
「今日はどんな話聞かせてくれるんだろうねぇ」
 笑うデイジーを横目でちらりと見て、唯は近寄ってくる足音に気付いた。
「―――来たようだな」
 呟いたのと同時にどばんっと扉が開く。
「今日も元気か老けガキども!元気だな。よろしい!まる!!」
 部屋に入るなり元気に叫ぶ、榛色の髪と瞳の野戦服の男。如月刹那だ。
「小父さんも元気そうだねえ」
「勿論だ!」
 ひときわ声を張り上げて、開けたときと同じように扉を閉めると、目についた唯の細剣を手にして、
「突然だが今日は誘拐に来たのだ!さぁあの石頭が来ないうちに行くぞウ」
「え?」
 唐突な事に思考停止に陥っている二人をひょいと小脇に抱え、刹那は半開きのままの窓から飛び出した。

FreE

Wanna be freE, GOnna Be Flee

And mOve among the sterS

You kNow theY reAlly aren't so Far

FeEls so FRee...

 どうやら気絶していたらしい。唯はぼんやりと薄目を開けて眉間にしわを寄せた。首の後ろが痛いので、
気絶させられたのかもしれない。
 しかし唯が一気に不機嫌になったのは、まだ荷物のように抱えられて森の中を進んでいる事と―――聞こえてくる叔父の歌が
下手なせいだった。
「・・・・・・軍曹殿」
 派手に揺れながら移動するなか、地獄の底からでも響いてきそうな声でうめくと、『軍曹殿』は疾走しながら顔だけを向けた。
「おう起きたかとがり目少女!文句は後で聞くが舌を噛みたいなら今言うといい!」
 抱えているのが子供とはいえ、この速度で走って息切れもしていない。体力なぞ無さそうな叔父を、唯は少しだけ見直した。
 と、デイジーも気が付いたようで―――気付いたなりパニックになっている。
「何!?どーしたのよコレ。何であたしこんな事にぃだっ!・・・!」
 舌を噛んだらしい。
「わはは言った通りだ!」
 笑って、さァいくぞう、と前方の茂みへ突っ込んだ。思わず目を閉じた二人の耳もとを、葉ずれの音が通り過ぎて行く。
 ざっ、と音が途切れ、森の中の少し開けたところに出た。皓々とした月明かりの下、七人の大人と五人の子供がそこにいた。刹
那は二人を下ろすと、
「むう。またあいつらが最後か」
「いつものことじゃろ。もう来るじゃろうて」
「どっかで道草してんとちゃう?それより―――」
 大人同士で話を始めてしまった。
 子供達はそれぞれ大人の側にいるが、殆どが事態を理解していないようだ。
「・・・・・・何。誘拐大会?」
 デイジーが呟いた。
「知ったことか。とりあえずあと二人来るらしい。待つしかないだろう」
 言って唯は放られた細剣を拾い、近くの木の根元へ座った。
「・・・何であんたってそうマイペースなのさ」
 デイジーもその横に腰を下ろし、ため息を一つつくと服のあちこちからワイヤーやら投げナイフを出し始める。
「あーあ。こんな事が起きるってわかってたらもうちょっと持ってきたのにねえ」
 言いながら、てきぱきと手首にベルトを巻き付け、そこにワイヤーを付けたナイフを装着していく。本人によると護身用らしい。
「・・・いつもそんなに持ち歩いているのかおまえは・・・」
「世の中何かと物騒だからねぇ。暗器は欠かせないよ」
 からからと笑う幼馴染みから目をそらして、唯は呟いた。
「物騒なのはおまえだろうが・・・」

 しばらく経ってデイジーが居眠りを始めた頃、木立の間から話し声―――いや、怒鳴り声が聞こえてきた。
  ――だーかーらッ!どこへオレ達を連れてく気なんだよ!
  ――森ン中ったら森ン中だ!埋めて帰るぞこのクソガキ!!
  ――バカかお前は!?ここがどんなにだだっ広いか知ってんのか!森ン中つったらもう着いてる事になるだろうが腐れジジイ!
  ――うるっさいんだよあんたらは!また吹っ飛ばされたいのかい?!
「・・・来たみたいね」
「相も変わらず騒々しいのう」
 現れたのは、セミロングの藍色の髪に菫色の瞳をした女性に首根っこをつかまれた、茶色の瞳にぼさぼさあたまの男と、蒼い瞳に
長い黒髪の子供だった。少し後から長い金髪に緑の瞳の子もやって来る。
「遅ウい!」
「何してたんですか」
「夜が明けるかと思ったわ」
「すまないねえ」
 女性はぽいと二人を放って言った。
「どーもこのおバカ達が言うこときかなくてさ」
 ぱんぱんと手をはたいてぐるりと辺りを見まわし、
「やー見事に女のコばっかりになったね。ま、とりあえず全員揃ったようだし!始めるかい!」
 その大声に、やっとデイジーが目を覚ます。
「一部を除いて始めましてお子様諸君。あたしは美咲。ここに集まってもらったのは、あんた達のウデを見込んで、この盗賊団の跡を
継いでもらおうと思ってなんだよ」
「ちょおーっと待てコラ美咲!」
声を上げたのはあの黒髪の子だった。
「何よ」
「オレは何も聞いてねーぞ!」
「そりゃそーよ。だって何も言ってないしさ」
「てめえ・・・」
 言うだけ言って美咲はくるりと向き直る。
「―――とまぁうちの馬鹿は放っといて。名前教えて頂戴」
 近くの、砂色の髪に狩衣姿の子に目を向けた。少女は少しの沈黙の後、ぽつりと呟く。
「・・・レイル」
「はいはーい!あたしはレナってゆーの」
 隣のオレンジ色の髪の子が元気に後に続く。すぐにレイルにうるさい、と睨まれているところを見ると、この二人も幼馴染みらしい。
「なんかあんたにそっくりだねえ」
「どこがだ」
 囁くデイジーを睨む。
「そーゆートコがだよ」
 次は紫色のおさげ髪の子だった。
「ウチのことは紅狼て呼んでぇな。本名はちょっとゆえれんのよ」
 そして、羽族独特の逆立ったような白い髪に白装束の子。
「私はカーミールです」
「へぇ羽族の子かい、久し振りに会ったよ。長は誰だい?」
「・・・レディ・グロリアです」
「おや、あのひとのとこの!きっと美人になるよあんた」
「・・・・・・内輪話してんじゃねーよ」
「うるさいねぇ。じゃそこの猫耳の子、あんたは?」
 美咲の声に、うつらうつらしていた半獣人の子供が目を見開いた。
「ねこじゃないもんきつねだもん!」
「これフェルティス」
 後ろの老人の声ではっと気付き、笑顔に変わる。寝ぼけていたらしい。
「あ。あたしはフェルティス〜よろしくさん♪」
 ぱたぱた尻尾を振って更に何か言おうとするが、再び老人に諫められた。
「じゃ次はあたしの番かい」
 デイジーが欠伸まじりに言った。
「あたしはデイジー。で、こっちの目ツキの悪いのが唯っての」
 そのまま唯が黙っていると、
「自分で名前も言えねーのかい?」
 また黒髪の子が口を出した。どうもさっきからの欲求不満をどこかにぶつけたいようだ。
「・・・・・・煩い」
「口はあるようだなぁ。はは!」
「おまえほど軽くはないがな」
「ふん。言ってくれるじゃねーか、ええ?」
「だいたいおまえは誰だ。礼儀を知らん奴め」
「てめぇなんざに名乗ってやるほどオレは親切じゃねえんだよ」
「あのね、刃ってゆーんだよー」
 剣悪な二人の会話の間に金髪の子がのほほんと言った。
「―――ってこらテメ影!勝手にバラすな!」
「えー?だってやいばだもん」
「は!格好をつけようとするからだ。馬鹿め」
「バカたぁ何だコラ。ケンカ売ってんのか」
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い」
「・・・・・・っ!バカって言った方がバカなんだぞ!」
「知ったことか馬鹿め」
 当人同士が熱くなっている一方、周りは止めるでもなく眺めているばかりだ。
「・・・・・・ガキのケンカだな、もう」
 まだ美咲の足下に転がっている勇が言った。
「そりゃお子様がやってんだからねえ」
 そんな大人達をよそに、とうとう刃が切れた。
「―――ブチ殺ス!」
「ふん。その口、二度ときけなくしてやる」
 いって、両者とも睨み合ったまま剣を抜いた。
「うわぁちょっと唯!」
 月光を反射する銀の輝きにデイジーが慌てた声をあげるが、唯は間合いギリギリに剣を構えたまま動かず、
「止めるな。こいつは世の中のために消しておく」
「こっちのセリフだこの野郎」
「・・・・・・。・・・美咲さぁん」
 困り顔のデイジーが振るが、本人はあははと笑って、
「いーんじゃない?死にそうになったらあたしらが止めるわよ」
「喧嘩でこそ真の友情が生まれるってモンだろ」
「そりゃ男同士の話じゃ・・・」
 うめいたときに、鋼と鋼がぶつかりあう音が響き始めた。
「大きな口をたたくだけの力はあるようだな」
 言って唯が開いていた間合いを一気につめて、俊速の突きを放つ。しかし刃はそれを紙一重でかわし、下段からすくい上げるよ
うにショートソードを振る。剣先は身を引いた唯の上着の裾を切り裂き、頬に赤い筋を作った。
「逃げてばっかじゃオレに勝てねェぞ!」
 声とともに刃が袈裟がけに剣を振り下ろす。かろうじて唯は細剣で受け止めるが、元々横からの力に弱い剣なのであっさりと折
れてしまった。
「ちっ」
 折れた剣の両端を持ったまま大きく後ろに跳び、時間差をつけてそれを刃に投げつける。
「うっわ何しやがる!」
 あわてて刃はよけようとするが、折れた剣先が左頬を大きく切り裂いた。鮮血が滴る。
「・・・っ痛ェ・・・。痕が残るじゃねーか!」
「知るか」
 手の甲で血をぬぐう刃に冷たく唯が応じる。そしてその唯が拳を固めて構えているのを見て、本人も剣を納め、かるく半身を引
いた。
「ОK!オレはこっちのほうがやりやすくていいんだよ!」
 言葉を合図に両者が間をつめた。
 刃の拳を左手で受け流し、唯が足払いをかける。が、読まれていたらしくそれは当たらず、上段の回し蹴りが飛んできた。気付
いたときは既に遅く、側頭部に直撃する。
 衝撃とともにはじける、痛みと火薬に似たにおい。
 遠くなりかけた気が、地面にたたきつけられたショックで戻ってくる。急いで転がってその場を離れ、すぐにやってきたかかと
落としから逃れる。相手に目を戻して、立ち上がるついでに攻撃の後の隙をついて腕を取って、一本背負いを決める。
「かはッ!」
 受け身がとれなかったらしく、刃が肺から息を吐き出す。
「―――なんてね」
 にやりと笑うと、腕をへし折ろうとしていた唯の手をふりほどいてひょいと立ち上がり、間髪入れず踏み込みと同時の裏拳を放
つ。しかし起きあがりざまで狙いが定まっていなかったらしく、それは唯の右肩に当たり次の一撃は左手に払われた。
「うおりゃまだまだぁ!」

天にましますわれらが父よ  天にとどまり給え

我らは地上に残ります 地上は時々美しい・・・

「…元気だわねー・・・」
 東の空が青紫色に染まり始めている。
「元気だねぇ」
 近くの木の根本では影と刹那が寝息をたてている。
「てーか馬鹿だな、二人とも」
 途中までは見物していた他の連中も帰った。
 ついさっきまでうとうとしていたデイジーがもう一度言った。
「元気よね。全く」
 目の前では今だに二人が血みどろで殴り合いを続けていた。流石に疲れきって息も切れているが、拳を解こうとしない。
 しかし、そんな二人もやがてもたれ合うように倒れた。
「やーっと決着ついたか」
 かけ寄るでもなく、勇が欠伸まじりに歩いていき、刃を抱え上げた。
「引き分けだろ・・・」
 刃がうめくが、
「ダブルKОだな。でもおまえの方が先に倒れた気がするからおまえが負け」
「・・・気がするって何だそりゃ」
「・・・・・・むう。半分寝てる奴で遊んでも面白くないな」
「何言ってんだい」
 さっきまで刹那を蹴り起こしていた美咲に頭をはたかれている。
 そのやりとりを耳に入れながら、ぼんやりと唯が明るくなっていく空を眺めていると、視界にデイジーの顔が現れた。
「なーんか完徹のわりにゃすっきりした顔してるねえ」
 半眼のままため息をついて少し目をそらすと、見慣れた笑みが返ってきた。
「じゃ帰るかい」
 差し出された手をとって身を起こすが、唯はそのまま幼馴染みを見上げる。
「―――あそこへは帰らない」
「え?」
「中将殿の手下は三人もいれば十分だろう」
「・・・・・・軍にゃ入らないってコトかい」
「ああ。面白いものも見つけたことだしな。・・・それにもともと私は科学者になりたかったんだ」
 唯の視線の先には、勇にかつがれて眠りこけている刃が居た。
 その朝日に照らされた幼馴染みの横顔に、デイジーは久しぶりに笑顔を見た気がした。

―――Their story had just begun.

「わはは!僕の手下が増えたぞう!」
「うるっさいんだよあんたは!!」

出典・参考資料
 松本隆「天国への階段」悲しみの果て、なるしまゆり「原獣文書」、峰倉かずや「最遊記」、菅野ようこ「BLUE」TIM JENES、
熊倉裕一 「KING OF BANDIT JING」 

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