信号

石田 玲

君は何色 

人生は迷路 明日は何色 

今導く音色 ―― SHAKKAZOMBIE 「虹」

 

   あたしは■■■だから
   はやく■■■■なきゃならないの

   しんじないでね うそだから

 そんな、謎の詩だけが書かれた手紙が届いた。
 肝心の所を黒く塗りつぶして、何のつもりだか。
 便箋代わりのコピー用紙をテーブルに放って、オレンジ色の封筒を手にする。
 詩と同じく尖った筆跡で書かれた差出人名を見ると、そんな事をしそうな知り合いからだった。

   キリサキ コウ

 去年、行方不明になったはずの。

次の日、また同じ筆跡で手紙が来た。

   恐れるものは ありますか
   捜しているものは ありますか
   頑張っているものは ありますか
   信じるものは ありますか
   ?

 また、コピー用紙一枚だけが入っていた。今日はレモン色の封筒。
 目を通した後に感じる、文章の微妙な違和感というかわざとらしさというか。
 しばらく眺めて、やっと気付いて呟いた。
「・・・『おさがし?』」
 節の頭の音をつなげるとそうなる。
 もしかして、自分を捜しているかと訊きたいんだろうか。
「・・・・・・会えるなら会いたいけど」
 呟いても、聞こえるはずはない。

   虹の根元の北の果て
   花の名前の街のそば
   あたしのながめるもりのいろ

 今度来た手紙はグリーンの封筒に暗号めいた文章で、今居る場所らしい所が示してあった。思い込みかもしれないと
思いながらも、あてはまる場所を探す。
 虹の根元。虹は湖から生えるとか言われている。有名な湖といえばこの大陸に一つしかない。そこの北端にある街。
ヨシノ。でも湖の源流の北にはゼフィランサスという街もある。森は両方とも近くにあるし。どっちだろう?
 手がかりが少なすぎるから捕まらない。
 わかっても。自分がどうしたいのかわからない。

 手紙は毎日来る。
 今日はブルーの封筒だった。
 一人暮らしに手紙が毎日来るというのは、少し嬉しい気もする。毎日自分に手紙を出してくれる知り合いの存在。
 玄関まで来て、ふと気付いて呟く。
「・・・そんなに気に入られてたっけ?」
 特別仲が良かったというわけでもない。
 髪を長く伸ばして、窓際の席で。静かに座っているかと思うとよく居眠りをしていたり、神妙な顔をして難しいことを喋った
かと思うとふざけ始めたりという事はよく覚えてはいるけれど。
 それなのに、今頃何で。
 しかしこのことを誰に話すわけでもなく、今日も部屋で封を開ける。

   切り立った崖の上
   何を 思う?

                                        深い深い水の底
                                        何を 思う?

   あたしはそこで
   いいものをみつけた

   そこにはもう戻らない
   そこにはもう返らない
   あたしがいなくても
   何も変わらない
   あたしがいなくても
   誰も困らない

 彼女の髪と同じ藍色の封筒。
 その中に書かれた詩に、どこかで見覚えがある気がして、しばらく考えて思い出した。
 姿を消したときに、残していったという赤い封筒の中身に似てる。
 あのときは自殺さえ仄めかすような文だったが、今回のは何か違う気がした。
 気のせいかもしれないけど。

 今日はラベンダー色の封筒。
 白い紙の真ん中に書かれた詩は、昨日の続きにも思えた。

   もういいの
   もう見つけたから
   あたしの要るもの

 珍しく、今日の封筒には詩のほかに、手紙らしいものが添えてあった。

  如何お過ごし?
  どうも貴方みたいなひとなら大丈夫そうだから、暇なら今度晴れた日に、湖畔公園に来て頂戴。北の四阿で待ってるから。
  あたしに会いたく無いのなら其れで良いわ。

  あたしからの手紙はこれでおしまい。

「・・・・『貴方みたいなひと』ってどういう意味よ」
 私のようなひとなら、ということは、他にも同じように毎日手紙を出していた相手が居るのだろうか。
 少し気になりながら、晴れる日を待つことにした。

 待つと書いてあったのに、そこには私しか居なかった。
 よく晴れた青空に、大きな雲が流れていく。
 湖畔公園の北の四阿に座って、水際で遊ぶ子供を眺めながら待つ。
 風の行く音や、水面のさざめく音がしているのに、日陰のここは涼しく静かだ。
 周りを囲む木々がざわめき、私の髪が揺れる。緩やかに落ち着く時間。
 急に肩を叩かれた。
「久しぶりだねぇ」
 驚いて振り向くが、一瞬、誰だかわからなかった。
 藍色の長い髪を一つにまとめた女性が、快活に笑っている。
「何呆けた顔してんだい?」
 私が動きを止めているのを見ると、彼女はばさりと髪を下ろして表情を消した。
「あたし。霧崎、虹」
「・・・・・・嘘」
 聞き覚えのある静かな声音に、やっと頭が機能する。
「キリサキコウ?」
「そう」
 何か企んでいそうな顔で彼女が笑む。悪戯が成功したときはいつもこう笑うんだ。
 そう思った途端、ころりと表情を変えて。
「っても今は虹じゃなくて美咲なんだけどね」
 ひらひら手を振る。
「何?ミサキ?」
「そ。名前変えたの」
「何で?出来るのそういう事」
「出来るわよ〜。今あたしちょっとひとさまに言えない事もやってるから」
「ひとさまに言えないって・・・」
「盗賊稼業」
 気軽に言って呑気に笑う彼女に、私はあっけにとられながらも言葉をついだ。
「前とかなり変わったけど、姿くらましてから何してたの」
 訊くと、彼女は『コウ』の顔に戻って湖の方に目を向け、呟いた。
「・・・・・・面白いもの見つけてね。それに構っていたの」
 ふっと目だけで笑う。
「それが一段落したから、虹をかけることにした。『霧崎 虹』を消すためにね。そして七色は揃った」
 私と視線を合わせると、あたしの思い込みだけど、と続けて、
「虹は誰かに見られてから消える」
 その、菫色の瞳。目を合わせているのにどこか遠くを見ている。
「そのためのサインは幾人かに出したんだけど・・・最後まで受け取ってくれたのは貴方だけよ」
「だから、」
 目の前の人は、私の知っている彼女は消えてしまう気だと、その瞳に悟って、口を開く。
「だから私と会って、おしまいなの?手紙の最後はさよならでもまたねでもないって事は――」
「あたしは、もう、『虹』は、消えるわ」
 私の言葉を遮って肩に手を置き、彼女は一言一言静かに言い切った。
「目を、閉じて」
 言われた事へのささやかな抵抗としてゆっくりと目を閉じて、肩から手が離れたのに気付いて目を開く。

 そこにはもう湖の反射の光が踊るだけだった。

 大きく息を吐いて、四阿を出る。
 歩いていくと遊歩道から見える水際に、親子連れが目に入った。水に入って遊ぶ二人の小さな子供と、茶色の髪の
男性と、それを陸から眺めている藍色の長い髪をまとめた女性。
 道の端の手すりにもたれて、よく見えるようにする。
「こんにちは。いい天気ね」
 声をかけると、女性は横顔で笑った。
「ああ、いい天気だねぇ」
 向こうで私の方を見ようとした子供の一人が、水に足をとられて転んだ。起き上がらせてもらってから泣き出す。
「あーあ、泣かせちまったね。あんた名前は何てんだい?」
「私はミカエラよ。ミカエラ・葵采」
「おや」
 そこでやっと彼女はこっちを振り返った。
「姉さんかい」
「・・・何かわざとらしいわ美咲」
「はは。そうかい?あたしゃ演技は下手なのかねェ」
 くすくす笑う彼女から、もう泣き止んだ子供のほうに目を移す。
「あの二人、あなたの子供?」
「まーね。一緒に遊んでるの含めて面白いよ」
「そう。良かったわ」
 にこりと、笑みを返す。
「良かった?」
 疑問には応えず、私は手すりから身を起こした。
「そろそろ行くわ」
「何だもう行くのかい」
 彼女は何か含みのある笑みを向けると、私を見上げて言った。
「じゃ、またね。姉さん」
「また、ね」
 私も似たような笑みを向けて、遊歩道を歩き始めた。

 

戻る To TOP