石田 玲
君は何色
人生は迷路 明日は何色
今導く音色 ―― SHAKKAZOMBIE 「虹」
1
あたしは■■■だから はやく■■■■なきゃならないの しんじないでね うそだから そんな、謎の詩だけが書かれた手紙が届いた。 肝心の所を黒く塗りつぶして、何のつもりだか。 便箋代わりのコピー用紙をテーブルに放って、オレンジ色の封筒を手にする。 詩と同じく尖った筆跡で書かれた差出人名を見ると、そんな事をしそうな知り合いからだった。 キリサキ コウ 去年、行方不明になったはずの。
2
次の日、また同じ筆跡で手紙が来た。 恐れるものは ありますか 捜しているものは ありますか 頑張っているものは ありますか 信じるものは ありますか ? また、コピー用紙一枚だけが入っていた。今日はレモン色の封筒。 目を通した後に感じる、文章の微妙な違和感というかわざとらしさというか。 しばらく眺めて、やっと気付いて呟いた。 「・・・『おさがし?』」 節の頭の音をつなげるとそうなる。 もしかして、自分を捜しているかと訊きたいんだろうか。 「・・・・・・会えるなら会いたいけど」 呟いても、聞こえるはずはない。
3
虹の根元の北の果て 花の名前の街のそば あたしのながめるもりのいろ 今度来た手紙はグリーンの封筒に暗号めいた文章で、今居る場所らしい所が示してあった。思い込みかもしれないと 思いながらも、あてはまる場所を探す。 虹の根元。虹は湖から生えるとか言われている。有名な湖といえばこの大陸に一つしかない。そこの北端にある街。 ヨシノ。でも湖の源流の北にはゼフィランサスという街もある。森は両方とも近くにあるし。どっちだろう? 手がかりが少なすぎるから捕まらない。 わかっても。自分がどうしたいのかわからない。
4
手紙は毎日来る。 今日はブルーの封筒だった。 一人暮らしに手紙が毎日来るというのは、少し嬉しい気もする。毎日自分に手紙を出してくれる知り合いの存在。 玄関まで来て、ふと気付いて呟く。 「・・・そんなに気に入られてたっけ?」 特別仲が良かったというわけでもない。 髪を長く伸ばして、窓際の席で。静かに座っているかと思うとよく居眠りをしていたり、神妙な顔をして難しいことを喋った かと思うとふざけ始めたりという事はよく覚えてはいるけれど。 それなのに、今頃何で。 しかしこのことを誰に話すわけでもなく、今日も部屋で封を開ける。 切り立った崖の上 何を 思う? 深い深い水の底 何を 思う? あたしはそこで いいものをみつけた
5
そこにはもう戻らない そこにはもう返らない あたしがいなくても 何も変わらない あたしがいなくても 誰も困らない 彼女の髪と同じ藍色の封筒。 その中に書かれた詩に、どこかで見覚えがある気がして、しばらく考えて思い出した。 姿を消したときに、残していったという赤い封筒の中身に似てる。 あのときは自殺さえ仄めかすような文だったが、今回のは何か違う気がした。 気のせいかもしれないけど。
6
今日はラベンダー色の封筒。 白い紙の真ん中に書かれた詩は、昨日の続きにも思えた。 もういいの もう見つけたから あたしの要るもの 珍しく、今日の封筒には詩のほかに、手紙らしいものが添えてあった。 如何お過ごし? どうも貴方みたいなひとなら大丈夫そうだから、暇なら今度晴れた日に、湖畔公園に来て頂戴。北の四阿で待ってるから。 あたしに会いたく無いのなら其れで良いわ。 あたしからの手紙はこれでおしまい。 「・・・・『貴方みたいなひと』ってどういう意味よ」 私のようなひとなら、ということは、他にも同じように毎日手紙を出していた相手が居るのだろうか。 少し気になりながら、晴れる日を待つことにした。
7
待つと書いてあったのに、そこには私しか居なかった。 よく晴れた青空に、大きな雲が流れていく。 湖畔公園の北の四阿に座って、水際で遊ぶ子供を眺めながら待つ。 風の行く音や、水面のさざめく音がしているのに、日陰のここは涼しく静かだ。 周りを囲む木々がざわめき、私の髪が揺れる。緩やかに落ち着く時間。 急に肩を叩かれた。 「久しぶりだねぇ」 驚いて振り向くが、一瞬、誰だかわからなかった。 藍色の長い髪を一つにまとめた女性が、快活に笑っている。 「何呆けた顔してんだい?」 私が動きを止めているのを見ると、彼女はばさりと髪を下ろして表情を消した。 「あたし。霧崎、虹」 「・・・・・・嘘」 聞き覚えのある静かな声音に、やっと頭が機能する。 「キリサキコウ?」 「そう」 何か企んでいそうな顔で彼女が笑む。悪戯が成功したときはいつもこう笑うんだ。 そう思った途端、ころりと表情を変えて。 「っても今は虹じゃなくて美咲なんだけどね」 ひらひら手を振る。 「何?ミサキ?」 「そ。名前変えたの」 「何で?出来るのそういう事」 「出来るわよ〜。今あたしちょっとひとさまに言えない事もやってるから」 「ひとさまに言えないって・・・」 「盗賊稼業」 気軽に言って呑気に笑う彼女に、私はあっけにとられながらも言葉をついだ。 「前とかなり変わったけど、姿くらましてから何してたの」 訊くと、彼女は『コウ』の顔に戻って湖の方に目を向け、呟いた。 「・・・・・・面白いもの見つけてね。それに構っていたの」 ふっと目だけで笑う。 「それが一段落したから、虹をかけることにした。『霧崎 虹』を消すためにね。そして七色は揃った」 私と視線を合わせると、あたしの思い込みだけど、と続けて、 「虹は誰かに見られてから消える」 その、菫色の瞳。目を合わせているのにどこか遠くを見ている。 「そのためのサインは幾人かに出したんだけど・・・最後まで受け取ってくれたのは貴方だけよ」 「だから、」 目の前の人は、私の知っている彼女は消えてしまう気だと、その瞳に悟って、口を開く。 「だから私と会って、おしまいなの?手紙の最後はさよならでもまたねでもないって事は――」 「あたしは、もう、『虹』は、消えるわ」 私の言葉を遮って肩に手を置き、彼女は一言一言静かに言い切った。 「目を、閉じて」 言われた事へのささやかな抵抗としてゆっくりと目を閉じて、肩から手が離れたのに気付いて目を開く。 そこにはもう湖の反射の光が踊るだけだった。 大きく息を吐いて、四阿を出る。 歩いていくと遊歩道から見える水際に、親子連れが目に入った。水に入って遊ぶ二人の小さな子供と、茶色の髪の 男性と、それを陸から眺めている藍色の長い髪をまとめた女性。 道の端の手すりにもたれて、よく見えるようにする。 「こんにちは。いい天気ね」 声をかけると、女性は横顔で笑った。 「ああ、いい天気だねぇ」 向こうで私の方を見ようとした子供の一人が、水に足をとられて転んだ。起き上がらせてもらってから泣き出す。 「あーあ、泣かせちまったね。あんた名前は何てんだい?」 「私はミカエラよ。ミカエラ・葵采」 「おや」 そこでやっと彼女はこっちを振り返った。 「姉さんかい」 「・・・何かわざとらしいわ美咲」 「はは。そうかい?あたしゃ演技は下手なのかねェ」 くすくす笑う彼女から、もう泣き止んだ子供のほうに目を移す。 「あの二人、あなたの子供?」 「まーね。一緒に遊んでるの含めて面白いよ」 「そう。良かったわ」 にこりと、笑みを返す。 「良かった?」 疑問には応えず、私は手すりから身を起こした。 「そろそろ行くわ」 「何だもう行くのかい」 彼女は何か含みのある笑みを向けると、私を見上げて言った。 「じゃ、またね。姉さん」 「また、ね」 私も似たような笑みを向けて、遊歩道を歩き始めた。