死ぬのは怖くないなんて言ったら嘘になるけど、生きてるのは時々めんどくさい。

 名言ぽいことを思いついて、アタシは頬杖をついたままカーテンの隙間から外に目をやった。
(平和よねー世の中って)
 バカ晴れな天気に鳥の声まで聞こえてくる。
 窓際のこの席はほとんど一日中直射日光があたってるから、いつもクリーム色のカーテンが閉まってる。開けた窓から風が入ると前
なんて見えないし、まぶしいからって先生もあんまりこっちを見ない。
 だから授業中にぼーっと出来るんだけど。
 机の上に広げられた教科書に並ぶ古文はただ文字の羅列でしかなくて、ルーズリーフには落書きが散らばってる。頭のなかじゃ昨
日やったRPGのBGMがエンドレスにぐるぐるまわってて・・・だんだん眠くなってきた。平衡感覚がおかしくなったりする。
 なーんてアタシがうつらうつらしてると、
「南野ォ」
「・・・うや?」
「うやじゃねえだろ。ここの訳やってみれ」
 いやーん。
 こっそり呟いて、黒板に殴り書かれた一文の訳をだらだら言う。
「・・・良かろ。で。もう死んだやつの恋心なんざ俺ぁ知ったこっちゃねぇが--------」
 口癖の後に解説を再開するのを見てとり、アタシはまた意識をどっかにトバす。センセの時代がかったセリフまわしに眠気が戻って
きて・・・・・・。
 気が付くとチャイムが鳴っていた。

撫子

 世の中は今色々と大変らしいけど、あたしに直接関係が無い限り気にはしない。
 川沿いの土手道は秋桜が満開だし、風はひんやり気持ち良い。本屋に行けば欲しい本は大体手に入るし、テストの点は相変
わらず。
 生きることはつらくなんかないけど、人生を感謝する神仏の類はあたしにはいない。
(自作の神サマはいるけどねー)
 目だけで笑って、薄い紫色の空に佇む透きとおった月に顔を向ける。
 破天荒な双子の姉を持つ金髪の女神。
 ちいさな『世界』を創り、姉達に遊ばれ、人に紛れて暮らす少女。強く儚く、友人と笑って、時々鬱なとっても人間くさい神サマ。
 万能の神は世界と同義になってしまうもの。
  きっとそれは意志をもたないから。唯一神も同じ。信仰されたがるのは嫌い。
 薄暗い住宅街。
 ローファーの靴音と、遠い排気音だけが響く。

湿っぽいのは好きじゃないの。どうせならずぶ濡れの方がいいわ。

 ブラバン部のマウスピースの合唱が聞こえてくる白い空。今は平日全員補習。
 アタシは今日も聞いてるフリしてぼーっとしてる。きのうはちゃんと寝たハズなのに頭が重くて眠い。
 珍しく今日は当てられなくて、ついでにセンセは何か用があるらしくて自習と言い残して消えた。
 教室のなかにさわさわと話し声が薄く広がっていく。
「真緒」
「何〜?」
「先に行くぞ」
「え?抜けていいの?」
 しなびてたアタシが机からひょいと起き上がっ・・・た途端。
「〜〜〜〜!」
 後頭が顔に直撃した。
「あ。ゴメンねー」
 悪気はないけど謝ってる気もない声のアタシを、復活してからはたき倒して、
「知るか。もう勝手に寝ていろ」
 ただでさえキツい目つきをもっとコワくして、サブバッグ片手に出て行ってしまった。
「気の短い・・・」
 ジト目で睨んで、アタシも机の上を片付けてかばんを肩にかけ、また静かな廊下に出た。

拡散 乱反射 混濁

 橋の上で横風になびく髪の感じが好き。・・・・・・あとで縺れているのは気に入らないのだけれど。
 たまに切りたくなる。
 夕陽を砕いている川面は、光の破片がすくってとれそうで----------きるなんていわないであたしはしにたくないの---------掬うとき
っと其れは掌を切り裂き乍ら零れてゆくのだ。そしてあたしは血を流し乍ら・・・そのひかりにとけてゆく。
 ・・・コンプレックスがないとひとはしっかりしないとおもうの。だってじぶんがいちばんだとおもうとなにもしなくなるもの。そうなにも。

時の流れは残酷です。全てを過去という化石に変えてしまう。

 久しぶりに黒いコートに袖を通すと、懐かしいような泣きたいような気持ちが戻ってきました。
「・・・・・・もう六年ですか・・・」
 独りごちて目を向けた鏡には、あの頃とは違う私が立っていました。明るい茶色の髪は短く、眼鏡のかかった同じ色の目。笑顔だけは
きっと変わっていないんでしょう。
 でも今ここにあの人はいない。
 軽いため息をついたとき、
「いつまで鏡眺めてんのよ。ナルの気でもあったのDr?」
「・・・・・・あの。いつになったら僕のこと名前で呼んでくれるんですか?」
「何よ今更。貴方のみたいな長い名前呼ぶ気ないし愛称の方もしっくりこないからって前にも言った気がするんだけど」
 黒いセミロングの髪をかき上げて、ふと優しい表情になると、
「・・・今日は本名の方呼んだげよっか?」
 その瞳に、一瞬身がかたくなるのを感じました。
「・・・お好きにどうぞ」
 そぉ?と笑うあの人にそっくりな奥さんに抱きしめられ、僕はやっぱり泣きたくなりました。
 空はあの時と同じ様に、水銀色とはいかないまでも、鉛の色をしていました。

瞬間 彷徨 混線

 七回忌。という単語がふっと浮かんで、他のものはとりあえず程度に沈んでいく。次の瞬間、その言葉は黒コートをまとった長い金髪の
青年のかたちをとり、地を蹴ってまた消えた。そして蒼い瞳をした黒髪の少女が笑う。
 二人共、今此処には居ない。バスに揺られながら、空に貼り付いた様な橙色の雲を眺める。----------きっとあれはそらへゆくかいだ
ん--------あたしが息を止めても時間は止まらない。時間とは変化するということだもの。素粒子一つ動かない事がきっと時間が止まると
いうこと--------でもあたしはしにたくないの。
 ・・・黒々とした山脈に囲まれた夕暮れの草原。黄金色に輝く草の海の中央に立つ樹。楠。その下で泣く子供の代わりに立っているのは
--------だれ?

きっとあたしが一番何も知らない

 走らせていたペンをしまい、あたしはてきぱきと着替えて帰り支度を始めた。
「婦長ーどこ行かれるんですか?」
「ごめんなさいね、あたし今日は用事があるの。だからナースコール来る前ににげるわ」
 まだ何か言いかける体温計片手のナースの横をすり抜けて、あたしは駅に向かった。
 ギリギリで列車に飛び乗って窓際の席に落ち着くと、少しの疲れにひたる脳裏に、あの若い医師の顔がよぎった。
 ・・・・・・行方不明になっていた医師が死んだと教えられたのは、六年前の、手紙が途切れてから二週間後のこと。知らせを持ってきた金
髪の女の子に先に泣かれて、あたしは涙を流すことができなかった。やっと悲しくなったのは一周忌。遺骨も墓標も無い、真っ白な雪原
に集まった知らない人達に優しくされて、ぼろぼろ泣いた。道案内をしてくれたあの女の子と、長い黒髪の女の人になぐさめられて、・・・医
師の話を聞いてまた泣いた。そのとき『落ち着けよ』と抱きしめてくれた女の人は、異常気象の続いた年の大地震の後、姿を消した。代
わりに来るようになった茶色い髪の男性は『ちょっと大仕事にかかってましてね』と笑った。
 それから三年、あたしは毎年この日に北へ向かう。
 行った先であたしを待つ人もいないのに。あたしの知らない昔の話で盛り上がる談笑をただ聞いているだけなのに。

このせかいのそとにはきっとあかいうみがあって

そこにはたくさんのしたいがいきているつもりでしずんでいるの。

 あたしはモノにはなりたくないの。
 たとえあたしがかりそめのそんざいであったとしてもあたしはきえたくないしにたくない。
 ちのいろにしかみえないゆうひはやまのむこうにきえてあたしのすきなよるがくる。でもまっくらなはずのよるがきょうはあかるい。
あたしのかおががらすにうつってしまっている。
 でもこれはあたしじゃない。あたしのいれもの。
 あたしのまわりをざつおんがうずまいている。あたしがほしいのはただほっするのはせいじゃくとやみ。
 それといきているあかし。

お墓参りだからってしんみりする必要もないし、あんまり知らない人だからってよそよそしくする必要もないのよね

 スキー客ばっかりがいる汽車に乗り込んですぐ、アタシは見覚えのある顔を見つけた。
「あ。『婦長さん』だ」
「・・・・・・名前で呼べ」
「だって知らないんだもん」
「・・・・・・」
 揺れるなかをよろよろ歩いて行くと、向こうも気が付いたみたいで小さく手を振ってくれた。
「ふっちょーさん。きょんばんにゃ〜」
「こんばんわ、真緒さん」
 アタシの不思議にファンキーなあいさつに笑いながら、婦長さんは返事をしてくれた。
「アタシのことは真緒ちゃんて呼んでって言ってるでしょー」
「・・・その歳になってちゃん付けを強要するな」
「あっはっは。この目ツキの悪いのは気にしないでねー」
「そ・・・そう」
 二人して額に四つ角マーク浮かしてるのを汗ジトで笑ってる。
 ボックス席の向かいに座ると、なんとなく目が外の黒い森に向いた。
 ふっと下りる一瞬の沈黙。二人ともぼんやり窓の外を見てる。
 先に口を開いたのはアタシだった。
「・・・ね。悲しい?」
「ううん。流石にこんなに経つとね」
 大人の顔で微笑む。
「そういうもんなのね・・・」
 踏切の音と光がドップラー効果に通り過ぎた。
「・・・アタシさ。何にも知らないのよ、その人の事。アタシの命の恩人の恩人で美人なお医者さんってコトくらい」
 内心、何喋ってんだろって思う。でも、
「あたしは・・・医師のこと色々知ってる気だけど、見ためや喋り方くらいしか実は知らないのよね。お医者一人看護婦一人の小さな医院
だったのに・・・ちょっとしか甘えてくれなかったから」
 外を向いたままでごまかすみたいに笑った。
 そしてまた、沈黙。
「一番よく知っているはずのあの馬鹿もどこかに消えていることだしな」
 森を抜けると、雪が降り始めた。

逢魔が時

 バスを降りると外はもう薄暗く、つめたい風が頬をなでていった。
 丸い四角ってなんだろと何でさんかくなんだいとかわけのわからないことを考えながら、藍色の世界を歩く。
 空はまだ明るさが残っているのにどうしてこんなに暗くなるんだろう。ぽつぽつとしかな街灯も所々消えてしまっているし。--------
------急に怪談の類を思い出したりして身がかたくなる。
 家々の窓の明かりを横目に角を曲がると、背後をワゴンが通り過ぎた。反射的に振り返って、テールランプの残像が目に焼きつく。
 そういえばあっちはもう二月だ。

月見ゆる 彼は照らされど・・・

 来る途中まで降っていた雪は街に入った途端に止んで、今は十六夜の月が姿を見せている。窓越しに見える町外れの雪原は綺麗な
青紫色で月明かりに輝いていた。
 車を降りると、きんと冷えた夜と雪のにおいがした。Drは反対側で、小さく聖言を唱えてからあたしのほうへ歩いてくる。
「寒くないですか?」
「ん、大丈夫。こう見えても寒さ対策はばっちしだから」
 Drの瞳に、毎年この日にみえる色があるのを知っていてあたしは笑ってみせる。唇の端を上げて、あいつと同じ顔で。
 あたしの旦那が哀しんでるのは、親しい人が二人もいなくなったから。一人は六年前に死んで、もう一人は三年前から姿を消してる。
それをひきずり続ける旦那をあたしは嫌がったりしない。だってDrは残された自分が可哀そうなんて思ってないから。
 Drがあたしに重ねてるのは『もう一人』の方。性格は全然違うはずなのに。あたしの知り合いでもあるあいつに重ねられるのは別に
かまわない。だってそれはつまりDrがあたしをみてくれるってこと。憧れとかそういうものとは違うもの。
 窓に映る黒髪に青い瞳のあたしに笑いかけてから、少し先で月を見上げてるDrを後ろから抱きしめてあげた。
 驚くコート越しの背中があったかくて、ちょっと嬉しかった。

何があるかわかってるのに緊張することってあるのよね

 イヤホンから流れていたトランスでもしそうなコーラス曲が終わったときに、終点へ着いた。プレイヤーを止めて、コートの前をか
きあわせてからホームへ降りる。吐く息が白い。
「うっわーさすがに寒いわ」
 ココは終点っても大っきな街だから駅にも人がわさわさいる。はぐれないように婦長さんの後をついてって改札を抜けると、駅前は
真っ白だった。
「今年は凍ってないみたいね」
「・・・・・・誰かが何度も転ぶ心配はないな」
「あいにくアタシはスパイク付きの靴なんて持ってないのー」
「寒いのに元気ね、真緒ちゃん達は」
 マフラーを巻き直しながら婦長さんが笑う。
「真緒が元気以外に取り柄がない事はいいが、私まで一緒にしないで戴きたい」
「元気以外取り柄がないって何よー!」
 停留所に着いてすぐ来たバスに、ぞろぞろ降りてきたスキー客と入れ違いに乗って街の外へ向かう。
「何?スキー流行ってんの今?」
「今年は大雪が降った上にまだ天気が冬型のままらしいから」
「へー。ヒマなのね皆さん。・・・こちとら受験生だっての」
 ジト目で窓の外に毒づく。
「真緒ちゃん進学するの」
「ん〜。そこの無口女が手ぐすねひいて待ってそーだから」
 ちらりと、反対側の窓際でむっつりしてる『無口女』を見ると、
「え?同い年じゃなかったの」
「あはは。あいつってばアレで二十三なのー。昔っからのつきあいだからタメ口きいてんだけど、いちおーモノ教えれるらしいのよね。
時々臨時講師にアタシんトコにも来てんのよ」
「二十三で教職?その歳じゃまだ大学出てないんじゃ・・・」
「んーよくわかんないんだけど、アタシんトコってエスカレーターな学校なのよ。で、あれは飛び級で今大学院に居んの」
「うわ頭いいんじゃん」
 素直にびっくりしてあっちを見る婦長さんに、アタシはにやりと笑う。
「・・・今素になったでしょ」
「え」
「んっふっふ♪赤くなってるわよ」
「え、え」
「今年も一歩前進〜!来年は家まで遊びに行くわよ♪」
「真〜緒〜ちー!」
「きゃ〜!」
 二人でじゃれあってるとやっぱり「うるさい」って向こうの席からアイツに怒られた。
 そして二度めの「うるさい」が飛んで来た頃、バスが終点近くで止まった。

離れぬる人に

 二人でぼんやり月を見上げながら喋ってると、後ろからだんだんと話し声が近づいて来た。
「こんばんっ!元気してたー?」
 振り返って、まだ少し遠い声の主に手を振る。
「相変わらずよー」
 言ってから、まだぼんやりしてるDrを小突いて気付かせてあげる。その顔を見た声の主-------------真緒ちゃんが、ざくざく雪を
踏みながら走ってきて、
「はぁい、元気してる?」
「・・・あ。真緒さん」
「今年も死んでるわねー。あんまし昔の事引きずってると奥さんに捨てられるわよって毎回言ってあげてるでしょ?」
 あたしに捨てられるってのがキーワードだったらしくて、旦那の目が急にちゃんと開いた。
「・・・それは困りますねぇ」
「あっはっは。即物的で良いわー」
「ちょいと真緒ちゃん。あたしの旦那で遊ばないで戴ける?」
「ゴメンねー。だって面白いんだもん」
「・・・・・・真緒」
 と、背後に現れた人影が景気良く拳を振るった。
「あだっ!何すんのよ」
「年上の者をからかうなといつも言っているだろう」
「なーによ、アタシから元気取ったら何も残らないってったのアンタでしょー」
「それとこれとは話が別だ。全くいつまでたっても頭の中は進歩しないようだな」
「アンタもしかしてケンカ売ってんの」
「ほう。わざわざ恥をさらそうというのか」
 口喧嘩だかじゃれあいだかに突入してる二人をよそに、あたしは少し離れた場所に立っている、あの人とこの看護婦さんだった人に
会釈する。もうしっかり立ち直ったようにみえるけど、あたし達とうちとけるのはまだのようで、ただ立ったままでいる。
(・・・まぁいいか)
 乙女心は何があるかわかんないものだし。
 ひとりで笑って、あたしは蝋燭だの燭台だのを準備し始めたDrの方に向かった。

 小さなキャンドルライトが灯り、金髪の少女が姿を見せて真緒ちゃんにカラまれてる。
 木立の間からそれを眺めていると、背後で盛大に雪の落ちる音がした。ザラメ雪だから雪煙が立たなくていいけど。
 ・・・突然後ろから口を塞がれるのはどーかと思う。
 目だけそっちに向けると、悪戯っぽく笑う見慣れた顔があった。長い黒髪に猫に似た蒼い瞳。すぐに手を離して、いつもの調子で口を
開く。
「よォ。あいかわらずだな」
「あんたもね。・・・ってか何で居んのよ。見動きとれないんじゃなかったの?」
「はっはっは。オレを誰だと思ってやがる」
「・・・はいはい」
「ツレねェなあ」
 また笑った後、少しの間懐かしそうに灯りのほうを見やる。
「・・・・・・毎年実は来てたんだわオレ」
「何ソレ。行方不明って事になってんのよ世の中じゃ」
「そうらしいな。ま、ここに来てる事はあそこのとがり目女くらいしか気付いてないだろーがね」
 少し、会話が途切れた。
 さやさやと、木から雪の滑り落ちていく音が聞こえる。
「・・・あいつさ・・・たぶん魂とか何とか消えちまってんじゃねーの。・・・死人をどーこー言う気も死人に知り合いもいねーからわかんねェ
けど」
「成仏したんじゃない?」
「・・・毎年、クソ寒ィのに来る意味無ェんじゃねーかと時々思うんだわ」
 途切れ途切れに、灯りの方から聖言がきこえてくる。
「・・・・・・でも何故か気が付くと来てんだよな。不思議なモンだ」
「現在ってのは過去と偶然で殆どが構成されてんのよ。『世の中には不思議な事など何一つ無いのだよ』って名言もあることだし」
「・・・名言かそれ」
「気にしなーい。無意識も意識のうちッ!」
「またわけのわからん事を・・・」
「まぁともかくよ。あんたがまだあのお医者さんの事、頭のどっかに引っかけてるってコトを、あんた自身が気付いてないって事ね」
「・・・そうかもしんねェな」
 吐息と一緒に呟かれた言葉は白く広がって消えた。代わりに微かな笑みが浮かび、
「オレも一応女らしいトコあんじゃん」
「そーね。あそこの女神さんと比べると微々たるモンだけど」
「・・・・・・あの『女神サマ』と比べんなよ。格が違う」
「格!あっはっはナイスだわ」
 ちらりと見ると、当人は女神の名にふさわしい顔で詠唱に入っていて、月の光に金色の髪が映えていた。
 ぼんやりそっちを眺めていると、隣でレクイエムを口ずさみ始めるのが聞こえてきた。
 細い裏声でゆっくりと続く其れに、あたしの意識の輪郭もぼんやりしてくる。

 あたしの理解できない言葉の羅列。
 悲哀の流出。
 涙を流さなかった彼女は只歌う。
 嘆くかわりに毒吐く。
 綺麗な姿で嗤って、こころをかくす。

 小さな灯火がゆらめいて消えた。
 あたしが何か言おうと口を開きかけたとき、また雪の落ちる音がして、あいつはもういなくなっていた。
「・・・来年もまたここにいるから」
 小さく呟いて、あたしも身をひるがえす。
 雪原の人達は、街の方へ行くようだった。

そして

 さっきまで流れていた筈のラクリモーサは、ピエ・イエスを通り過ぎてアヴェマリアに変わっていた。クラッシックを基にして作ら
れたその曲の、ラテン語で歌われるソプラノがあのレクイエムとダブる。
 現実と虚構の狭間で、あたしは目を開いた。
 時間軸の一点から離れ、全てが見渡せるところへと戻る。
 -------------------朝の車内は静かな喧騒が満ちていた。窓の外は霧がぼんやりと風景を浮かび上がらせている。きっと降りたら
寒いんだろう。
 機械的に流れる車内アナウンスがあたしの降りる停留所が近いことを告げていた。

 

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