盗賊団ワルキューレ。十代前後の九人のメンバーから成る、大陸北部を行動範囲として活躍する『義賊』。 そしてそれなりに名の知れた彼女達は、怪盗的側面も持っていたりするので、時々依頼のようなものを受けて動くこともある。 「―――暇な夜が続く今日このごろ。きれーな姉ちゃんが待つ裏通りでフィットネスでもしませんか」 棒読みでそう言ったのは、先代と呼ばれるワルキューレの前身、その副頭領をやっていた勇だ。今は半ば道楽で、 昼は食堂夜は酒場というところの店長をするかたわら、仲介屋をやっている。 「うちの店に来た嬢ちゃんの依頼なんだがな」 大仰に椅子に座っているが、そこが普通一般のリビングで本人がやる気のない顔にぼさぼさ頭なせいで、威厳なん てものはカケラもない。ちなみにそこはワルキューレの本拠地でもあるが、それらしい雰囲気も無かったりする。 「だったら先にそう言えよ」 ただでさえ悪い目つきを半眼にして、向かいに座った刃――通称ジンが返した。 そのリビングの楕円形のテーブルには、長い黒髪を背中に流し、椅子の上で腕と足を組んだジン。肩口で切りそろえ た藍色の髪に、スカート姿でもやっぱり足を組んだデイジー・カイロス。そしてその隣に、淡い赤紫の前髪で半ば隠れた、 無意味に鋭い目つきの唯が黙って座っていた。 残りのメンバー六人は、私用だの学校だの昼寝だの情報収集だので不在なせいで、大体いつもここには暇な幹部 達が陣取っている。 「つまりどういうシゴトなんだ?」 「おじさまは茶化すのが好きだからねぇ」 「デイジー。前から言ってるような気がするんだが、俺はまだ三十前だから『おじさま』はやめろって」 「おや。でも『お兄さん』ってのもしっくりこないしねぇ」 とぼけて小首を傾げる。 「…デイジー」 ぽつりと、無表情のまま唯が言う。それで言いたいことは伝わったらしく、 「ああそうだねぇ。それじゃ細かいこと教えてもらえますかね」 「おう。今回の目的地はここからすぐのリスコーの裏街。おめあては馬鹿共にさらわれたこの姉ちゃん」 言って、テーブルの上に一枚の写真を出した。 「そこそこ美人さんじゃないかい」 「おいおい勇。裏街ならテメェのほうが顔利くだろーが。そっちで片付けろよ」 「あそこの頭がこないだ替わっちまったんだよ。コネがきかねえからおまえらんとこへ持って来たんだ」 「うちはてめェの何でも屋じゃねーよっ!だいたいそっち方面に免疫無ェんだぞこいつら」 びし、と刃に指されてデイジーが首をかしげる。 「そっち方面って何さ?」 「色街」 「……あんた本当に年下かい?」 あっさり言われて絶句し、うめくデイジー。そして勇へ更に言い返そうとしたジンより先に、唯が口を開いた。 「先代」 「何だ?」 「その依頼、受けましょう」 断言に、安堵と憂鬱のため息がもれた。 「何であんなん受けるんだよオイ!」 勇が帰った後の部屋に不満の声が響く。もちろんジンだ。 「出来ない仕事ではなかろう。情報部に任せればすぐに所在は掴める。それにそういう所に免疫とやらがある貴様も 居ることだしな」 腕を組んでにやりとわらう唯。 「ユイてめェオレ一人行かせる気か?」 「そう言ったつもりは無いが」 「とぼけんな。どう考えたってオレだけって勢いだぞコラ」 「思い込みの激しい奴だな」 テーブルをはさんで睨みあいが始まる。それを中断させたのはデイジーのため息だった。 「ちょいとあんた達じゃれてないで決めること決めないかい」 「決めるも何も。いくらツーマンセル二人一組が基本ってったって、お昼寝中のオレの相方はお子様すぎるしこの石 頭なんぞ連れて行ったら手に負えねーし…」 「誰が石頭だこの鉄砲玉が」 「てめェ以外に誰が居るよ」 また始まった口喧嘩に、デイジーが言い切った。 「じゃあたしが行こうじゃないか」 少しの沈黙。 「……は?」 「間抜けた声出してんじゃないよ。だーかーら、今動けるのはあたしらだけなんだから、唯が駄目ならあたしが行ってや るって言ってんだよ」 「何だと!やめておけデイジー」 「大丈夫なのか?わざわざあんたが出なくてもこれ引きずって行くぞ?」 二人同時にまくしたてるが、デイジーは動じること無く、 「うるっさいんだよもう!一旦決めたんだから副長命令にゃ従いな!」 団長は唯なのだが、そんなのは完璧無視で言い放ち、仕方なく二人も了承した。 まとまりのないワルキューレメンバーの共通点の一つは、頑固な事だったりする。
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剣と魔法と科学の国―――そんな所でもあるものはある。 商業都市リスコーの繁華街、その路地を一本抜けると花街が姿を見せる。光で彩られた通りに幻像が乱舞し、呼 び込みの声と飽和する。夜だけ輝く虚構の街。 「気をつけろよカイロス」 そんな中を歩きながら、ジンが隣のデイジーに呟いた。依頼行動中はコードネームで呼び合うようにしているらしいが、 大体がアダ名や名字そのままなのでさして意味は無かったりする。そして二人とも今は仕事帰り風スーツ姿だ。 「何だい?あたしゃそんなにお軽くないよ」 言いながら、目は物珍しげに辺りを見ている。 「違ェよ。ここは何やかやの情念が集まってきてる所だ。何が起きるかわかんねェぞ」 「…魔力が増幅されてあっちの世界とやらとの境界が揺らぐ場…かい。話にゃ聞いたことがあるよ」 「知ってんならそれなりにどーにかしろよ」 さァて、と言葉を切ると、声の調子を上げた。 「いやー。いつ来てもここのお姉様方は綺麗だなァ」 とか親父くさいことを営業用の笑顔で見回した途端、 「あァらーうれしいこと言ってくれるお兄さんねェ」 「うちのお店に来ない?」 「何よ横取りしないでェ」 「貴女は僕の店へどうぞ」 誰がお兄さんだ誰がとジンは心中で毒づく。もちろんスカートなどははいていないが、同じような格好のカイロスとは扱い が全然違うのは気に入らない。しかし今回はここの下見で、目的地はもっと奥なので営業用スマイルを振りまきつつ抜け 出す。 「慣れてるねぇ」 「オレ様美形だから」 答えになってない返答をして、雑踏や酔っ払いにまぎれて歩いていく。 奥とは言っても、道なりに歩いていくと普通の通りに抜けてしまうわけで、目指すところは更にもう一本路地を入ったヤ バい界隈だ。 「情報部のハナシだと、この先に見える漢方屋の裏。つまりはさっき通った店のスタッフオンリー扉を入った先が目標。 なかのつくりはまだわかってないけどね」 光と光の街の狭間で立ち止まり、カイロスが囁く。路地の先を警戒しているようだが、壁にもたれたジンは着崩したスー ツで気負う風もなく、火の点いてない煙草をくわえて歩く人々を見やっている。髪をまとめて、話を聞き終えると身を起こ した。 「ぁンだ間取りもわかってねーのに行こうってったのか?」 「ただの下見だからいいじゃないかい。殆どいつもそうやってんだし」 「わかってねーなァ」 ため息まじりにうつむいて煙草に火をつけ、にやりと顔を上げて続ける。 「こーゆー所で荒事するなら一発勝負。顔はすぐ知られるし、生きて帰りたけりゃ勝つしかねェ」 蒼い瞳に光が入って炯る。陰影のついたその顔の迫力に一瞬言葉を失う。 「……後戻り不可ってことかい。参ったねぇ」 息を吐き、すこしかすれた声で言って手首に触る。カイロスはいつもそこに極細のワイヤーを装備している。少しの間 そのまま止まっていたが、やがて大きな息を吐いた。 「覚悟は決まったか?」 「勿論」 「オゲーイ」 「何だいそりゃ」 「気ィーにすんなーい」 けけけと笑うと、上着のすそをひるがえして歩き出した。 通りの喧燥が遠く聞こえる。ゴミの饐えたにおいの飽和したような、暗い建物の間。 そこを何の戸惑いも無く歩いてくるスーツ姿の二人連れに、扉の前に居たどう見たって下っ端な男は驚き、声を荒げた。 「何だてめえら!」 言われて二人は不適に睨み上げる。 「不審者でーっス」 「ふざけんじゃねえ!」 ナイフを出して襲いかかって来かけたところに、カウンターで拳が鼻面に叩き込まれた。鼻血をふいて倒れる男。 「むう汚ねェ。今度から腹狙おーっと」 拳に付いた鼻血を気にして言う刃に、カイロスがぎらりと目を輝かせる。 「そんな事気にしてらんなくなるよ。派手に行こうじゃないかい!」 薄汚れた扉を蹴破ると、今殴り倒した男の類似品がポーカーやら麻雀やらに興じていた。すぐに二人に気付いて一気 に色めきたって刃物を手にする。 「またか。銃とか出せよー」 「あんた今日は刀持ってないだろ。負けちゃうよ?」 緊張感の無い会話をして、ジンは近寄ってきたナイフの手をはじく。次の踏み込みと同時の突きを放ち、よろけるそいつ を更に突き飛ばす。後ろの連中へ倒れこむのを見ながら跳びのいた。 「やっぱあんたに任せるわめんどくせェ」 「はいよ」 言って、カイロスは両手を勢いよく振り出した。指をなめらかに動かして、何かを引っかけたような形で止める。何が起き たかわからない男達は、ほとんど反射で動きを止めた。 「動かないほうはいいよ。ケガしたくなけりゃね」 そう言った途端、部屋の奥で悲鳴があがる。そっちに目を向けて、 「部屋中に切れ味のいい糸を張らせてもらったよ。つい最近さらわれてきたお姉さんの居場所を教えてくれたら、片付けて あげてもいいけど?」 にやりと笑ってみせる。そして後ろで腕を組んでいるジンが秒読みを始めた。 「ひとーつ」 「あとふたつ」 鋼線にわずかに力が込められ、血がにじむ。 「・・・・・・ふたーつ」 「ふぅん。命が惜しくないらしいねぇ」 更に力が込められる。 「みーっ・・・」 「わかった!わかった言う!」 悲鳴じみただみ声が近くからあがった。 「賢明だね」 脂汗まみれの男に笑いかけるが、力は緩めない。 「それで?最近さらわれてきた女のひと達はどこだい?」 「お、おれは知らねえ」 「・・・・・・」 ぎしり、と笑顔のまま無言で締め付けが強くなり、慌てて男が続けた。 「たぶん組長んところだ!そこの戸の奥に行きゃ居る!」 「へぇ。ありがとね」 ちらりとそこだけ丁寧なつくりの扉を確認し、浮かべられた笑みに男の緊張は解けたが、次の瞬間凍りつく。 ひゅん! 一気に彼女の左手が引かれた。 しかし乱切りになったのは男達でなく、その手の刃物だった。同時に拘束していた鋼線が解かれたせいで、へたりこむ者 までいる。 「はっは。やるねェ」 「どうも。じゃ行こうかね」 奥の扉を開けてカイロスが入りかけたとき、後ろにいたジンがふっと振り向いた。背後まで迫っていた、まだ元気のある男共を 視界に入れるや否や一人目を殴り倒し、隣の二人目のこめかみに回し蹴りを突き刺す。 「しつこい男は嫌われんぞコラ」 言いながら、三人目の顔面に裏拳を叩き込む。そいつが前のめりに倒れたところできょとんと止まると、 「ん?打ち止めか」 つまらなそうに呟いて構えを解いた。そこへカイロスが、半分通路の先へ入った所で言う。 「そんなに根性あったらあたしらが困るじゃないかい」 「あー。時間くうのもヤだな」 思い直してジンも後へ続く。 入った扉の先は、さっきまでとは全く雰囲気が変わっていた。 光を抑えてある照明と落ち着いた色の壁。ワックスがきちんとかけられている板張りの床。そんな廊下が伸び、少し先で 左右に折れている。暗色でまとめられたそこは、扉一枚でさっきの部屋とつながっているとは思えない程整った所だった。 共通点と言えば板材で出来ているということくらいか。 「・・・店内?」 「フーゾクの店がこんなに高級かァ?」 「さぁ?行ったことないからわかんないよ」 「そりゃそーだ。まァそれでも、この先に居るってんならその組長とやらはキザ野郎と読んだ」 「ただの狸親父かもしれないじゃないかい」 「うー。それはフツー過ぎてヤだな」 「変な文句のつけかたしてんじゃないよ」 しゃべりながら歩いていくが、しんと静まりかえった廊下は扉ひとつ開く気配もない。 つきあたりを左に曲がった途端、ぴたりと足並みが止まった。ずらりと並ぶ石の彫像。 「うわい。ありきたりだぁ」 「ガーゴイル像かい・・・どれが当たりだろうねぇ」 「何、派手にいくんだろ?ならこうするのがお手軽」 言って、ジンが片手を突き出す。 「女神の鎌よ!」 叫んだ次の瞬間、衝撃波が廊下ごと石像に牙をむいた。ばらまかれる石の破片と血。その効果にカイロスが顔をしかめる。 「省略呪文なんてあんまり使うもんじゃないよ」 「ちっとばかしの暴走は愛嬌だ。こんなトコじゃあな」 奥にある扉も念入りに傷がついていたが、流石に遠すぎたせいか壊れてはいない。そこへ行こうとしたジンに、 「ちょっと待ってくれるかい?」 「ん?」 言ってカイロスが、足下の石の破片をいくつか拾い上げると、後ろに向けて投げつけた。半開きの扉の隙間や角の陰から 短い悲鳴が上がる。 「どっか入ろうとすると奇襲してくんのかいここのは」 「け。暴れてんだから大量に出て来いっての」 毒づいて、扉を開けようとし、鍵がかかっていることに更に毒吐く。無言で腰の後ろに手を回し、上着の下のホルスター から銃を抜くと一発打ち込んだ。 「そんな物持ってたのかい」 「ヲトメの必須アイテムだ」 「はいはい」 扉を蹴り開けて銃を構える。が、すぐに指はトリガーから外された。 下に降りる石の階段。 「地下室行きか?暗ェし。ハズレかよ」 「ちょっと待ちな。反対側はどうなんだい?」 「そいや右っかわァ見てねーな」 後ろを振り返ってみると、同じつくりの像と扉が見えた。 「時間はかけたくないんだけど」 「だな。人数も増えてくるし」 「うーん。人を閉じ込めとくにはこっちの地下室行きだろうけど・・・どうする?」 思案顔を向けたが、応えはあっさり返ってきた。 「じゃ、あんたがこっち。オレはあっちだな。それじゃ頑張ってくれや」 「え?ちょっと!」 言う間にジンは反対側へと駆け出し、出てきた荒くれやらガーゴイルやらを蹴倒し始めている。 「・・・やっぱり鉄砲玉だね全く」 ため息をひとつ吐くと、ぱちんと指を鳴らして光球を空中に生み出した。それを肩辺りに連れて、カイロスは階段を降りていった。 地下にしては意外と乾いた石造りのそこは、少し行くと明かりが灯してあった。 カイロスはその光が及ぶ手前で光球を消し、ポケットから取り出した赤いバンダナを額に巻いた。彼女流の気合いの入れ 方だ。無意識に剣の柄を右手が探したが、当然無い。息を吐いて光の輪のなかに入る。 通路にはぽつぽつと等間隔で明かりが取り付けられている。三つ先で通路は曲がっているようだった。できるだけ足音を殺 して行く。 角の手前でまた足を止める。曲がった先からする人の気配と金属の触れ合う音。確認するように手首の鋼線に手をやる。 (・・・狭いと後手は不利だね) 一瞬考えて、壁のかげから跳びだした。同時に鋼線も放つが、 ぱぱぁん! 「!」 かわいた音と共にそれは弾かれた。銃声。 静止状態でもないとなかなか見えない鋼線を正確に撃つ者―――心当たりを思い出す前に、むこうが声をあげた。 「カイロスはん!」 「・・・え?情報部長?」 曲がり角の先にあったのは地下牢だった。そこの鉄格子の間から顔をのぞかせていたのは、ワルキューレ情報部長紅狼だ った。その紫の髪はいつもはおさげ髪だが今は頭の両側でまとめ、何故かチャイナドレス姿である。 「ここ二三日見かけないと思ったら・・・こんな所に居たのかい」 「あっはっはー。色々ウロウロしとったら捕まってしもてん。ほいでここで使われとんや〜。しっかしチャイナもなかなかええねぇ」 言って、拳銃片手に陽気に笑う。化粧をして着飾った姿で地下牢に居る、変な訛り方をした口調の少女。本人曰く、でたらめ方言 らしいがカイロスはさして気にしていない。 「ええねぇじゃないよ。一度に情報くれないからあの鉄砲玉につられて突撃して来ちまったじゃないかい」 「すんまへんなぁ。でも来てくれはったのは好都合やわ」 上機嫌で言ってウインクをする。 「おねぇはん、見つけたでえ」 言われてカイロスは周りの三つの牢を見回すが、誰も居ない。 「・・・そりゃお手柄だけど。どこに居るんだい?」 「上や上。まぁ聞いて驚いてぇな」
*
次の扉を開けた先でもわらわら出てくる男共に半分うんざりしながら、ジンはまた一人顎を蹴り上げて昏倒させた。 「うー。いくらヤクザがらみの店だからって何でこんなに出てくるんだお前らァ!」 喚きながら、裏拳肘撃ち足払い、アッパーに飛び蹴りと、流れるように動いて五人程沈黙させる。最後のは飛び蹴りと言う よりは、相手の顔を踏み台にするようなかたちだが。そこで忍耐が尽きたらしく、 「あーもーめんどくせェ!」 叫んで踏み台から別の一人を蹴倒して飛び降り、そのまま低い体勢で並み居る男共の隙間をぬって駆け抜けながら呟き 始める。 「―――風の宰は子供にも似て」 突き出される木刀を紙一重でかわす。 「呼ばれて応えよ契約のもと」 人の群れを抜けた。振り返ってすぐ叫ぶ。 「やっちまえシルフィード!」 指した先へ向かって烈風が巻き起こり、それに伴う真空波が切り裂いていく。ばたばたと倒れてうめく残りの連中。 「おとなしく殴り倒されてりゃ良かったのに」 悪人じみた笑いを浮かべて、風に乱れた髪をかきあげる。そして奥の扉に向き直り、何でこんなに広いんだとか呟きつつ開 けた。そして。 「・・・・・・。こりゃまたたいそーな・・・」 入り口から動かないまま、顔をいくらかひきつらせて言う。 扉の先の部屋は無意味な程豪華で、そこの主人らしき人物は、窓際のソファーでワイン片手に夜景を眺めているようだ。 そしてその両脇を固める頑丈そうな男二人がのっそりとこちらを向く。しかしそんなことより、ジンは窓の外に首をかしげた。 夜景?いつこんな高さまで上がった?階段を上がった覚えはない。 それを考えながら頑丈なのの片方の拳をゆらりと避け、呟いた。 「何だってんだ?」
*
「ちょっと!どこまで上りゃいいのさー!」 「まだまだやー」 非常階段に疲れた声と足音二つが響く。 「しっかしさらわれたひとが幹部クラスだとはねー」 「幹部ゆーか幹部のイロなんやけどねー」 「まぁそりゃともかく、あの鉄砲玉今頃どこにいるんだろうかねーもー」 「最上階とちゃう?」 「速ー。さすが鉄砲玉だねぇ」 「んー。フツーに廊下歩いたら扉三つやもんなー」 ぴたりとカイロスの動きが止まった。少し通り過ぎて一緒に紅狼も立ち止まる。 「・・・扉三つ分?」 「せやー」 がしりと肩をつかむ。 「何やのー痛いー」 疲れてテキトーな声の紅狼ににこりと笑ってやる。 「情ー報ー部長〜〜?」 「はぁー・・・・・・い?」 途中で笑顔の意味に気付き、だらだらと汗とかかきながら返事をする。 「説明してくれるかい?それともあたしの仮説をここから自由落下しながら聞くかい?」 「いややあぁー!カイロスはんがめげよった〜!説明しますゥー!」 「そうかい?あたしは正気だけど」 くす、と笑うカイロスに、紅狼は本気でやりかねんのかこのお人はとか思った。一息ついて、気を取り直す。 「で、ここのつくりやけど。あんたさんら裏口から入ったんやろ?」 「うん」 がつがつとまた階段を上り始めながら続ける。 「あっこから続いとるボス行き廊下には、実は扉で繋げてショーットカットしてあんのや」 「あー。ちょっと前に確立された短距離転移の固定魔方陣使ってんだね。こないだ位置エネルギーの完全中和方法が出 来てね、違和感も消せたんだよ。だからうちでも使おうかと思ってたんだけど。でもあれって維持にやたらと術士使うだろう? でもここは色々人の情念が集まってるからその力も利用してんのかねぇ?」 すらすらと言うカイロスに、紅狼は感心のため息をついた。言っている事の半分も理解できない気がする。 「・・・よう知っとんなー」 「あたしゃ勉強家だからね」 「はあ。せやから今までめっきりさっぱり魔法の類使える連中に会わへんかったんよ」 「ふうん。そうとわかればあたしらも楽するよ」 言って階段の途中で止まると、真ん中の吹き抜け部分に身を乗り出して上を見上げる。 「・・・・・・カイロスはん。いくらうちらがスリムやからてこのスキ間登る元気はうちには・・・」 言っている最中にカイロスは最上階の手すりに鋼線を固定し、紅狼の腰を抱いている。 「つかまってないと落ちるよ!」 言われて反射的に抱きつき、カイロスは鋼線の伸びた左手をわずかに引く。途端、ものすごいスピードで巻き上げられていく。 「いーやー!何でこんな幹部連中てムチャクチャなんやー!」 叫んでいる間に着き、慣性で天井近くまで浮き上がったところで離れてそれぞれ着地する。腕の一振りで鋼線を回収すると、 「あんたも幹部の一人なんだけどねぇ」 「情報部は別ワクやぁ」 「そうかい?まぁ行くよ」 「・・・はいな」 返事をして銃を抜く。 鉄製の非常ドアをまずは細く開けて、一瞬外の状況を見てから大きくはね開ける。同時に銃を構えて四方にめぐらせる。が。 「・・・んー?」 眉間にしわをよせて呟く。 左右に伸びる廊下。 「だーれも居らへんやん」 つまらなそうに銃を下ろして、廊下の先にある『社長室』と書かれたプレートのある扉を開ける。 数秒の沈黙。 「しもたぁぁ!あのオッサン今日は居てへんのやったー!」
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大木槌のような勢いで振り回される拳。それを戸口から入ることなくジンは避けたり受け流したりしながら、こっそり廊下が 傾いてたとか知らない間にワープとか考えていたが、 「まァいいか」 と言って、いつの間にか高い階に居る理由を気にするのをやめた。 すぐさま反撃に入ったはいいが、もちろんさっきの連中とは段違いに強い。狭いところから一歩動いただけで攻撃が変化した。 挟撃の連続。二人での攻撃に慣れているらしく、しっかり息が合っている。黒スーツとサングラスの下が同じ顔だったら笑うぞ とか思いながらかわしていき、片方に上段蹴りを狙う。が、それは片手で受け止められ、そのままつかまれた。そこへもう一人が 突進してくる。かわせる状態でない事を確信して笑う男に、 「甘いねェ」 笑み返して呟き、それに男の気が逸れた隙に足を靴から抜く。勢いで突進の軌道から逃れ、ローファーだけをつかんでいるこ とに気付いた男のこめかみへ回し蹴りが襲う。よろけたところへ更に顔面を殴られ、血をふいて倒れた。振り返ったもう一人が 怒鳴る。 「おのれぇ!」 「何だァ?」 がしゃりと懐から拳銃を出して撃鉄を起こす男。ふざけた調子で返し、ジンも腰の後ろに手を伸ばす。八発弾の入るオート マチックのグリップを握る。 「こっちは得意じゃねェんだがな」 にィと笑った次の瞬間、二つの銃声が響いた。飛び散る血。 「・・・・・・ぐっ」 呻き声と共にごとりと銃が落ち、膝をつく。 「・・・なかなか」 にやりと満足そうに笑って、反動の余韻が残る腕を下ろし、肩口の髪をはねあげた。落ちた銃は蹴り飛ばしておく。 肩から血を流している男はそれでも立ち上がり、つかみかかろうとする。 「ち。しつっこい!」 残った靴を投げつけて顔にぶちあてると、ストッキングの足で飛び上がり、前のめりになった男へ体重をのせてかかとからその背 中へ着地してやる。するとカエルのつぶれたような声を出して、やっと沈黙した。 「ふゥ」 息をついて銃をしまい、奥の人物に向き直った。後ろ手に扉を閉める。 「さて、ボディーガードは居なくなっちまったぜ?次はあんたの番だ」
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「ここ撃って」 「はいな」 銃声と共に扉の一部がはじける。そこに指をかけて化粧板をはがすと、色とりどりにびっしりとかかれた魔法陣が出てきた。 「部長。鉄砲玉の居そうな場所は?」 「十五階。せやけどここ開けたら一階に跳ぶよーになっとるけど」 「見りゃわかるよ」 指先で紫の文字列をたどりながらあっさり言うカイロス。 「・・・・・・あんたさんホンマスゴいんなー」 魔法学関係を普通に習った程度の紅狼には、陣の種類はわかっても構成単語は一部しかわからない。 「じゃ頭脳活動担当だけにしようかねぇ。これいじったら維持してる連中に気付かれるから、相手頼んだよ」 「一気に跳ぶんやから出てくる間も無いやろ」 「そうかい?あ、ヘアピン一本貸してとくれ」 髪から抜かれたピンを受け取り、それでカイロスは紅色の文章の一部を削る。そしてそのピン先に自分の口紅をつけ、削っ た部分に書き足した。 「出来た。さ、行くよ」 「化粧もそないな風に使えるんやねー」 もはやそんな返答くらいしか出来ない紅狼。 「まー応急処置みたいなもんさね」 言って、扉を開ける。 その先にあったのは、ごろごろ転がっている血まみれの男共と傷だらけの廊下。 「・・・ぴったり到着やねぇ」 「うーん。わかりやすいんだからもう」 閉まった扉を見ながら紅狼は弾を補充し、カイロスは手首に触れて鋼線を確認する。 「しっかし何で探しに来た人放っといてあの鉄砲玉は上ばっかり上がってんだろねぇ」 「いや、行き先は合うとるで。・・・せやけど」 廊下の途中にあるドアが開いた。 「うちらが追いつくのはこれ片付けてからやね」 「あはは。出て来る間あったじゃないかい」 姿を現したのは、魔術師ルックに杖を持ち、ごてごてと魔宝珠をつけた四五人のフードをかぶった連中だった。二人を目 にした途端、それぞれに呪文を唱えて火球だの氷の槍だのを飛ばしてきた。 にィと紅狼の唇がつり上がる。それと同時に銃を構えたかと思うと、飛んで来たもの全てが爆発した。そしてカイロスの声 が響く。 「障壁よ!」 現れた透明な防護壁の外を爆風と熱が暴れ狂う。その中で空薬莢を落とし、手早く装填。 「殺っちゃだめだよ?」 「団長殿の説教は受けたないからなあ」 あらかたの暴風が収まったところで防護壁を消し、左右に跳ぶ。 カイロスの手から鋼線が伸び、まだ残る爆煙を貫く。呪文の付加防御であまり被害の無い術士たちの杖や魔宝珠にそ れはからみつき、次の呪を唱えようとした瞬間に切り刻んだ。 うろたえる術士達の背後に紅狼が現れる。 「あんじょうきばりぃやァ」
*
閉めた扉の向こうが騒がしくなっているのを聞きながら、ジンは奥のソファーから立ち上がっている人物に笑みを向けた。 「ここの頭は休暇中か?」 しかし相手はそれには答えず、身を強ばらせて言った。 「あなた・・・何者?」 「名乗る程のモンじゃねェ。ただの盗賊さ」 ふざけた調子で返し、髪を結い上げて豪華な衣装に身を包んだ目的の人物を眺めまわす。化粧はしているが、写真で 見たのと同じ顔。部屋の外で爆発音がした。 「しっかしこんなトコに居るたァ思わなかったな。強欲ヤクザの妾か何かか?」 「そんなんじゃないわ」 硬い彼女の顔に、ジンがぴくりと眉を寄せる。 「・・・あんたをさらわせた奴だろ?」 「あの人は私の事をわかってくれるの」 切実な色さえ見えるその目を眺めて、ジンはため息を吐いた。ありがちだ。めんどくさい。 「さいですか。だからってどれだけオレが、あいつの外道さ加減を語ってもどーせ気にしねェんだろな」 「何しに来たの。盗賊風情が」 今度は睨みつけられるが、さらりと受け流す。 「あんたを連れて帰りに」 「・・・何でよ!私は自分から来たの!今更どこへ帰るって言うのよ!」 とか何とか喚きだす彼女に、辟易しながら、 「ここの悪徳なおっさんに恩なんぞ感じてちゃやってらんねェぞ。どーせ抜けれねーしな、もう。それとも帰っても居場所が無ェ とか?ンなこたどーでもいいんだよ」 息を吐く。 「・・・あんたの妹に頼まれたんだけど?」 喚き声がおさまった。扉の外も静かになっている。 「・・・・・・それでも帰れないわよ。だって・・・」 まだ色々と呟きそうな彼女に、ジンは歩み寄った。 「まァ一応の事は言ってみたが。オレぁハナから説得する気なんぞ無ェよめんどくさい」 正面から見据えて言ってやる。こっちを見たまま動きが止まる。 と、背後で衣擦れのかすかな音がした。 振り向くと、顔を血色に染めた男が身を起こし、拳銃を構えかけている。 ジンが反応するより早く、扉が開いた。 一瞬の銃声で男が拳銃を取り落とす。そしてそれは床に着く前に細切れにされた。毛足の長い絨毯に鉄くずが散らばる。 「間一発」 「ナイスタイミングやん?うちら」 男を踏みつけて現れたカイロスと紅狼を見とめ、半身を引いていたジンが破顔する。 「はっはァ!誰だ仕組んだ奴」 そして彼女の方を向く。と、彼女は壁際のアンティークな電話に手を伸ばして、どこかを呼び出そうとしていた。 「しゃちょーは今日おらへんよ」 紅狼の言葉にはっとし、諦めたらしく受話器を戻す。 ジンが口を開いた。 「やっと諦めついたか?・・・さっきの続きだがな。大体オレ達は連れて帰れって言われただけだし、元々オレたちゃ何でも屋 じゃなくて『盗賊団』だ」 後ろでカイロスが足下の血まみれのモノにびっくりしている。それも面白くてジンは楽しそうに告げた。 「狙ったモンは奪うのさァ!」
*
「彼女はめでたく妹と再会したそうだ」 外から帰ってきた唯がドアを閉めながら言い、そのまま出入り口前に立って、いつものようにリビングにたまっている連中 を五割増くらいの眼光で眺め回した。 「そりゃ良かった」 「ああ。そこはな」 その声色に潜むものに気付いて、ジンは素早く退路を探した。 無い。 こっそり紅狼がソファーの裏に隠れた。 唯の目が針のように細められたかと思うと、 「情報部の資料も来ないうちから突入した上、矢鱈と暴れまわっただと?普段私が言っている事は全くの無意味なようだ なこの馬鹿者共が」 「まぁまぁいいじゃないかい。人死にが出なかったんだし」 「それは幸いだが後始末の手間はさして変わらん。つい先程も先代に延々と愚痴を聞かされてきたところだ」 「・・・そりゃそりゃ」 あさっての方を向いて呟いたジンへ、ぎしりと唯の視線が突き刺さる。 「大体貴様が言い出したのが原因だろうが。いつもいつも勝手な事ばかりしおって!計画というものの意味がわかっているのか?」 「いーじゃねェか、いっつも上手くいってんだからよー」 「結果論に過ぎん!」 「んン?ひとにシゴト押し付けといてそーゆーコト言うかね。手柄取られてヤいてんのかァ?」 けけけとジンが笑う。 と、かしゃりと金属音がした。カイロスもソファーの後ろに隠れる。 「・・・貴様。やはりあのとき消しておくべきだったな」 腰の剣を抜き放って唯が言ったかと思うと、 「図星さされて怒るなァガキのするこったぞ!」 叫びつつ逃げ出すジン。剣を振り回しながら唯が追いかける。 「黙れこの能天気め」「聡明なオレ様捕まえて何言いやがる!」「寝言は寝て言え」 どたばたと走り回る2人をよそに、ソファー裏の2人は呆れ顔で座っていた。 「結局これだよ。飽きないねぇふたり共」 「ええんやないのー?・・・せやけど今回はちいっとばかしキルシェちゃんがうらやましなぁ」 言われた当の本人、ジンの相棒キルシェは今日もやっぱりお昼寝中であった。 「・・・・・・平和だねぇ」 なげやり気味に言って、デイジーが窓の外を見上げる。快晴の空に鳥が鳴いている。 ドアの外で盛大に何かが壊された音がした。