灰色のビルの中、僕はふと、故郷の雪を見たくなった。 * * * * 彼女がいるわけでもなく、これと言った予定も無かった12月の下旬。 世間がクリスマス一色になる中、断る理由も無く引き受けた残業を終えて、 僕は、無機質なコンピュータ・ルームを後にした。 至る所からジングルベルが聞こえる街に、北風が吹きぬける。 その冷たさに、思わずマフラーに顔をうずめた時だった。 僕は、裏路地に『天使』というやつを見た。 ついさっきまでパソコンと向き合っていた僕に、アルコールなんて入っていない。 まず、見間違いだと思った。目をこする。それでも幻は消えない。 次に、良く出来た人形だと思った。 けれど、僕の足はその人形に引き寄せられていた。 小さな体。細い手足が白い服の下から覗いている。波打った、淡く長い金色が目に眩しかった。 そして、作り物には見えない真っ白な羽。 座り込んで目を伏せた、肌の色もまた、白く。 何より、触れる事の出来たそれは、確かにあたたかかった。 思わず見惚れた僕の目に、焼け付くように映ったまるい金色。 天使の瞼が上がり、僕の方にその視線が向いていた。 小さく形の良い唇がかすかに動いた。そして、また瞼が閉じる。 何て言ったのか、なんて分からないけれど。 * * * * こんな体験、クリスマスでもなければ信じられなかっただろう。 マイカーなんて贅沢なもの持っていなかった僕は、自宅である小さなマンションまで 裏路地の天使を抱きかかえていった。 道行く人は、皆僕を振り返った。けれど、途中で出会った友人は、何の罰ゲームだ、なんて訊いてきた。 僕以外に、彼女は見えていなかったのだろうか。 今、リビングのソファーに眠る彼女の姿は。 安直な連想ゲームで、僕はホットミルクを作った。 普段ならコーヒーにも入れない、スプーン一杯の砂糖を入れて。 目が覚めたら飲むだろうか。 そう思って、ソファーの前のテーブルに置き、寝室に着替えに行った。 リビングに戻ると、ソファーの向こうに金色が見えた。 隣に立った僕にも気付かない様子で、毛布にくるまった彼女はテーブルのカップを見つめていた。 湯気の立つカップの前で、首を傾げる度に金色が揺れる。 飲み方が分からないのだろうか。 僕はそっと隣に座って、飲む仕草をして見せた。 彼女はぎこちない動作で、僕の動きを真似た。喉がひとつ動く。 ぱっと顔が明るくなり、ふたつ、みっつと細い喉が動いた。 ――君は、何処から来たの? 言葉が伝わるかどうか分からなかったけれど、僕は彼女に問いかけた。 彼女は、こちらがどきりとするくらい、まっすぐに僕の顔を見つめた。 そして、白く細い指でテーブルに十字を描いた。 天使に十字。思い浮かぶのは教会くらいだった。 彼女は、そんな僕とテーブルを交互に見比べる。 ――そこに、行きたいの? 僕は僕なりに、伝わるように身振り手振りをつけた。 彼女は顔をほころばせ、小さな頭を縦に振った。 * * * * 天使は、風邪をひくのだろうか。 そんな事を考えもしたが、12月の寒空の下を、白い服一枚で歩かせるのも気がひけた。 僕はもう一枚コートを出して、彼女の肩にかけて歩いた。 それでも寒そうな気がして、彼女の小さな肩を抱いた。 道行く人が僕と彼女を振り返る。 もしも彼等に彼女が見えないのだとしたら、僕は、変わり者に見えていたのだろう。 けれど、不思議と嫌な気持ちではなかった。 時折僕を見上げて笑う彼女の笑顔が、僕を懐かしい気持ちにさせたからかもしれない。 * * * * クリスマスの夜、郊外に向かうバスの中は人もまばらで。 運転手の不思議そうな顔を尻目に、2人分の乗車賃を払って、教会前で降りた。 彼女は、小さなライトに照らされた十字架を見上げる。金の髪が揺れる。 ――ここで、いいの? 僕は訊く。彼女は振り返ると、嬉しそうに笑った。 そうして、白い手が、僕のコートの襟を引っ張った。そして彼女は背伸びをして。 僕の額に、天使の唇が触れた。 目を丸くした僕にもう一度、彼女は優しく微笑んで。 そうして、消えた。 彼女の肩にかかっていたコートが、音も無く地面に落ちる。 夢だったのだろうか。 別れの言葉なんて見つからないほど、束の間の。 答えをくれない十字架を見上げてから、コートを拾って、僕は最後のバスに乗る。 * * * * 誰もいない部屋に、鍵の音が響く。 夢の中の僕が入れたミルクのカップが、リビングのテーブルに残っていた。 ソファーの上には一枚の毛布。 その中に埋もれた、一枚の純白の羽根。 その日、僕はソファーで眠った。白い羽根を胸に抱いて。 窓の外には、白い雪。 **END** |
<あとがき、っぽいモノ> クリスマスネタです。 ・・・ですが、何なんでしょうコレわ。 『クリスマス』から連想された真月なりのストーリー(ありがちネタ)。ただそれだけかもしれません。 ていうか、一応テーマとかあります。あるんですが、今回敢えて直接的に書きませんでした。 好きに読んでくださってオッケーです。 <キャラのこと> デザインありません。御自由に想像してください。たまにはこんなのも良いかと。 読んでくださった人に、心からの感謝と共に、幸せがありますように。 メリー・クリスマス. 2001.冬.真月桜 拝 |