地方公務員コウノさん

 

これは、とある地方公務員のおはなし。

 

 りん りん りん

 ベルに呼ばれたコウノさんは、ノックしてドアを開けました。

「仕事ですかー?」

「仕事だ」

 コウノさんの上司にあたる人は、仕事のかばんをコウノさんに渡します。

「今日の『届け先』はここだ」

 メモに書かれた地図を渡すことも忘れません。

「了解。それでは行ってきまーす」

 ななめがけのかばんを肩にさげ、ヘッドホン型のインカムを付け、帽子をかぶります。

 コウノさんのお仕事の始まりです。 

「とうっ!」

 今日の天気は晴れ。ドアの向こうの足元には真っ白な雲が広がっています。

 コウノさんは背中の羽をいっぱいに広げて、雲の中に飛び込みました。

                   *

「・・・なーんだ、届け時間は夜じゃないか」

 メモと腕時計を見比べながら、コウノさんは高い煙突の上に着地しました。

「のんびり行っても大丈夫、かな」

 コウノさんの上司は、コウノさんの性格をよく知っています。

 コウノさんは、のんびり行くことに決めました。

 空には太陽が照っています。

                   *

「やあ、こんにちはー」

  ちゅん ちゅん ちゅん

 コウノさんの姿は人間には見えません。

 同じ高さを飛ぶすずめたちにきちんとあいさつをします。

  キー キー キー

 すずめたちとはまた違う声がしました。

  キー キー キー

 コウノさんが地面に降りてみると、そこには小さなコウモリが一匹。

「どうしたの?」

  キー キー キー

 どうやらけがをしているようです。コウモリは、地面で羽をぱたぱた動かしています。

「よし、ちょっと待っててね」

 コウノさんはポケットから小さなくすりビンを取り出しました。

 コウノさんの持っているくすりはよく効きます。

 けがをした部分にくすりを塗ってもらったコウモリは、すぐに飛べるようになりました。

  キー キー キー

 コウモリはお礼を言って飛んでいきました。

 一日一善をしたコウノさんは、もう一度飛び立ちました。

                    *

  にゃーん にゃーん にゃーん

 今度は塀の上にねこたちがいました。なにかようすが変です。

「どうしたの?」

 気になったコウノさん。塀に着地して声をかけました。

  にゃーん にゃーん にゃーん

 どうやら、迷子のこねこがいるようです。

「よし、それじゃあお母さんを探してあげる」

 提案したのはコウノさん。迷子のこねこを抱き上げて肩に乗せました。

「大丈夫。まかせなさい」

 他のねこたちにそう言って、コウノさんは塀を蹴りました。

 こねこはコウノさんのちからで姿が消えています。

 でもコウノさん、時間は大丈夫? 

                    *

「こんにちは」

 別の塀からある家の中に声をかけました。

 縁側で人間のおばあさんと日向ぼっこをしているのは一匹のおじいさん犬。

 このおじいさん犬は、町で一番の物知りなのです。

 おじいさん犬は、コウノさんに気付いて、ゆっくり顔を上げました。

「この子のお母さんを知りませんか?」

 コウノさんの質問に、おじいさん犬はしばらくしてからゆっくりと鼻先で方向を示しました。

「ありがとう」

 コウノさんは、お礼を言ってもう一度塀を蹴りました。

                     *

  にゃーん にゃーん

「あ、見つけた」

 コウノさんは笑って、声のした所に着地しました。おかあさん猫と兄弟猫がいたのです。

  にゃーん にゃーん にゃーん

 同じ模様の大きなねこと小さなねこが体を寄せあいます。

「もう迷子になるんじゃないぞ。じゃあ、さよなら」

 コウノさんは手を振って、羽を動かしました。

                      *

 いつの間にか、青かった空は赤から黒に変わりつつありました。

「・・・まずい」

 腕時計を見て、コウノさんは冷汗を浮かべました。

 コウノさんの仕事は、時間厳守のお仕事です。このままでは上司のカミナリをくらってしまいます。

「しかたない・・・、近道だ!!」

 コウノさんは、近道になる方向に向かいました。ところが。

  キー キー キー

  ばさばさばさばさばさばさ

「いててててててて!!」

 近道は、コウモリたちのナワバリだったのです。

  キー キー キー

  ばさばさばさばさばさばさ

 コウモリたちは、勝手にナワバリに入ってきたコウノさんに向かって攻撃してきます。

「こっ、こら、悪かったってば!少しだけ見逃して!!」

  キー キー キー

  ばさばさばさばさばさばさ

 コウモリたちは許してくれそうにありません。すると。

  キー キー キー

  キー キー キー

  ばさばさばさばさ ばさ ばさ

コウノさんは、コウモリたちの中に昼間のコウモリがいることに気付きました。

他のコウモリたちを説得してくれたようです。コウモリたちは道をあけてくれました。

『ふう、助かったよ、ありがとう・・・って、うわ、時間がない!!」

 一息入れている暇はありません。コウノさんは慌ててスピードを上げて日暮れの空を飛びました。

                        *

「あそこだ!!」

 コウノさんは地図に描かれた家を見つけました。

 スピードを落としながら、

  かちり。

 かばんの鍵を開けました。クッションの真ん中に大切に入っていた白い光をそっとすくい上げます。

「異常なし! それ行け!!」

 コウノさんの手を離れた白い光はふわふわと宙を飛び、窓から家の中に入っていきました。

 やがて。

  おぎゃあ おぎゃあ

  おめでとうございます。元気な男の子ですよ。

 家の中から聞こえる明るい声。

「・・・無事、配達完了」

 近くの木の上から声を確認したコウノさん。手元の台帳にハンコが浮かび上がります。

「HAPPY BIRTHDAY」

 コウノさんは、にっこり笑って飛び立ちました。

 空には、まあるい月ひとつ。

                         *

「ただいま帰りましたー」

「ご苦労。早速次の仕事に行ってくれ」

「・・・ハイ?」

 帰ってきたコウノさんに待っていたのは非常に非情な上司の一言。

「うちは社員が少ないからな。キリキリ働くように」

「・・・も〜〜、新入社員採用しましょうよ〜〜」

 コウノさんは肩を落としながらも、新しいメモを受け取りました。

 

これは、とある地方の、ふしぎな公務員のおはなし。

                                        おしまい。


あとがき

イメージは無音漫画または絵本です。
ほのぼのしてもらえればそれで・・・。

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