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オレンジ色に染まり始めた空の下、ヨシノシティーの街並が小さく見えている。 「この峠下りゃもうすぐだな」 あの乱闘の後、野盗・盗賊の類はぱったりと姿を見せなくなった。 「今日はどこにとまるのー?」 「その前にメシの心配するかなー。ま、峠の茶屋くらいあるだろーが」 何気ないやりとりをしている2人から、僕は少し離れて歩いていた。 もうすぐ目的地に着く。それはこの2人との道中の終わりを、そしてこの書類を渡 しに行くということは彼女達を陥れることを意味する。 僕は今更、罪悪感を感じていた。 「お?何シケたツラしてんだよ。そんなに腹減ってんのか?」 振り返った2人に、僕は足を止めた。 「・・・いいのか?」 「は?何がだよ」 「僕をこのままヨシノに連れて行っていいのかって言ってるんだ」 急にこんな事を言い出した僕に、刃さんはいぶかしげに眉をひそめた後、軽くため 息をついて、 「何言ってんだあんた。そりゃ・・・」 「仕事だから、またそう言う気なのか?」 遮って言った僕の声に口をつぐむ。代わりに影ちゃんが首をかしげて、 「ねー。なんでそんなこと言うの?」 「僕はあなた達に殺されても文句が言えないような立場なんだぞ」 その一言に、刃さんが急に険悪な顔つきに変わった。 「---------オレに依頼した以上文句は言うな、・・・そう言ったはずだがな。どうも わかっちゃいねぇようだ。あんたの頭はあのバカ以下かよ」 そして僕に指を突きつけ、 「あんたは仕事でブツを運ぶ、オレらは仕事であんたを護衛する。シゴトに私情はさま ねぇのは基本だろうが。それとも何か?あんたは実はただの日雇いだから関係無いんで すとでも言いいやがるのか」 勝手にしやがれ、と吐き捨てて踵をかえし、一人で行ってしまった。 残された影ちゃんは、刃さんの背中とこっちとを困ったように見てから、結局僕のと ころへ居ることにしたらしい。 道ばたの石に座って、陽が夕焼け色になってしまうまでずっと、まばらに行き交う 人々を2人で眺めていた。 「・・・あのね」 四頭だての馬車が通り過ぎた後、影ちゃんがうつむいて組んだ指に目を落としたま ま口を開いた。 「言っちゃっていいのかわかんないけど・・・。ほんとはね、やいばは全部しってた の」 「え?」 ずっとわだかまっていた後悔と自己嫌悪が一瞬でどこかに消えた。 「おにーさんも影たちのこと『ワルキューレ』って知ってたでしょ?」 言い訳のようにそう言ってから驚いている僕に気付いたらしく、 「だって2回めにカリムのおっちゃんが来た時にゆったことで、びっくりしなかった でしょ」 影見てたもーん、と笑う。 「・・・でも何で全部知ってるの」 「さいしょにね、ジェイスってひとに影たちのこときいたってゆったでしょ?あのひ とってね、ケーサツの人とかとなかがいいんだって。だからみんなにこっそりしらべ てもらったの」 「みんなって?」 「えっと・・・ワルキューレのみんなとかじょうほう屋のひととか」 流石と言うか何と言うか。有名盗賊団であるだけの機転と情報網があるようだ。僕 が全く気にしてなかったから、接触点はいくらでもあっただろう。 「それでもやっぱりしょるいの中身は全部しらないんだよ」 「でも調書に載ってる他の盗賊団のことも見捨てるような事言ってたけど」 「ケーサツにつかまってやられちゃうような人なんて、おっちゃんたちにいないもん」 「そうなんだ」 あははと笑って、ふと会話が途切れた。 森から気持ちの良い、つめたく湿った風が吹いた。 「・・・やいばってせつめいとかがにがてなんだよね。だから本当におもってること あんまりしゃべらないの」 「・・・うん」 「だからね、きらいにならないでね。ほんとは--------------」 「----------それ以上言うとそのほっぺたがどこまで伸びるか試してみるぞ影ェ?」 「ほひゃあ!!」 突然後ろから現れた手が、影ちゃんの両頬をつまんで引っぱった。 「・・・・・いつからいたんだよ刃さん」 「んっふっふ。影が勝手に色々と喋ってたあたりよ。言っちゃならんよーな事から言 わんでもいいよーな事まで口走りよってこの脳ミソ幼稚園児め」 「よーうぃえんいっえあい〜!?」 何やら影ちゃんが文句を言っているようだが、口をちゃんと動かせないから謎だ。 「はっはっは。精神年齢1ケタ台のが良かったか?」 にこにこ笑って、ついでに怒っている刃さんには何故か通じているらしい。 そして気が済んだのかぱっと手を放し、今いち表情のない演技顔で、 「とゆーことで宿取りがすんだから来やがれこのやろう」 「あ、うん」 ついと顔をそむけて先に行ってしまった刃さんは、どう見ても照れ隠しをしている ようにしか見えなかった。 あわてて影ちゃんとついて行きながら、 「スナオじゃないんだよねー」 「そだね」 顔を見合わせた僕達に、やかましい!という声がとんできた。 次の日。すぐ着くと見えた市街は、そこまでの道が森を避ける大まわりになってい たせいで結局、街中に入ったのは夕暮れ時になってしまった。 「いいか?気ィ使って変なこと言うなよ。ブツ渡すときに熱血バカな事口走ったら殴 り倒すぞ、仕事はちゃんとしろよ。うん。あごとか砕ける気分だぞ」 「・・・はぁ」 桜並木------今は葉桜だが--------の通りをご帰宅ラッシュに逆らって歩きながら、 間の抜けた返事をする。さっきからずっとこの調子で刃さんは喋り続けているのだ。 「ねーやいば。それもうあきちゃったよう」 「イヤだってオイそこはだな・・・」 「何でそんなにわたわたしてるの?」 言葉を遮って言った影ちゃんに、一瞬固まるが、 「・・・うー。考えてもみろぃ!ややこしい事が起きたりしたら、帰ってからのあい つの小言が増えるだろーが」 「えー。大丈夫だよう」 「まぁそりゃ保険もかけてるけどよ」 「保険?」 「んー?そらキギョウヒミツ」 そう言ってだっはっはと笑った頃、やっと人ごみをぬけて大陸北部警察本部前へと 着いた。 一般業務の終わった署の、少し薄暗い玄関に人影があった。ひげをたくわえた初老 の男性と、それぞれショートカットと三つ編みをした少女2人で、デザインは少しず つ違うものの北部警察の制服を着ている。 僕達の姿を見とめると、男性は2人に何か言った後署内へ消えた。 「・・・だれだありゃ」 刃さんがぽつりと呟いた。 「さっきのが本部長殿。で、あの三つ編みが大陸警察総監殿のお孫さん。・・・もう 一人は誰だろ?」 小声で返して、入り口の段を降りてきた2人に目を向けた。・・・・後ろで何故か むぅとかぐぅとか刃さんがうめいているが。 「リーナス巡査ですね」 2人とも鋭い目つきをしているが、いくぶんか柔らかい眼ざしの『お孫さん』が言 った。 「はっ」 条件反射で姿勢を正して敬礼をする。 「ご苦労様です。こちらへ、総監が待っています」 「有難うございます」 三つ編みの少女は敬礼を返して、署内へ踵をかえした。残ったもう一人は、表情が ないのか怒っているのか微妙な顔で刃さんを見て一言、 「礼金だ。受け取れ」 小袋を放り、こっちも複雑な表情の刃さんが片手で受けた。 「どーもありがとよ」 「・・・・行こうか、リーナス巡査」 「あ、はい」 と、行きかけて、僕は後ろを振り返った。 「影ちゃん、刃さん、ありがとう」 「シゴトだっつったろーが。世間話でもしたくなりゃあの店にまた来いや」 にっと笑うと、雑踏へ消えていった。 「じゃーねー!」 影ちゃんも笑って後を追う。 そして僕が署内に入ると、ひとけの無いロビーで少女2人が待っていた。 「さて、例の物を出してもらいましょうか」 言われて書類封筒を出すと、 「任務を忘れましたか?巡査の事は知っています。日記を出してくださいな」 「え?」 「ふん。あいつの所業を確かめた後でたっぷりと説教をしてやる」 「・・・はい?」 急に態度を変えた2人に僕が戸惑っていると、三つ編みの少女が苦笑して、 「元々は巡査の日記で、『ワルキューレ』がどんなモンか知ろとおじいはんも思てた らしんやけどねぇ」 「はっ。私達を甘く見るんじゃない」 言ってにやりと笑った2人の目は、あの二人と同じ色を含んでいた。 第1話 おわり☆