4
次の日から、野盗連中によく出くわすようになった。 最初のうちは嬉々として相手にしていた二人だが、流石に本日8組目となると飽き てしまったようだ。 「ったく次から次へと・・・アリとか何とかそーゆー感じかお前ら」 「影もうつかれたー」 不満の声をあげるが、むこうはおかまいなしに仕掛けてくる。仕方なく二人がいつ ものように対応する。今回は刃さんが後方にいる番のようだ。 「めんどくせーから一気にふっとばしちまえよ影」 「そだねー。じゃこれにしよっと♪」 言うと同時に投げられた符が一瞬にして雷撃に変わった。盛大な音の後、野盗達は きれいにのびている。いつもながら見事な手並みだ。こういう人がうちの署にもいて くれたら捕縛が楽でいいなんて、仕事の事を少し考えていると急に、驚いた表情で影 ちゃんが振り返った。心でも読まれたのかと思った瞬間、 衝撃とともに視界がブレた。 少し遅れて激痛。 反射的に体勢を立てなおし、少し左に動きながら後ろを向く。棍棒を持った男。 振り下ろされる二打めは正面からのびた腕に軌道を変えられ、顔面にすいこまれる ように拳が突きささった。倒れる男。そして僕が見たのは、 無表情な顔に、恐ろしいまでの色をたたえた瞳で横に立つ刃さん。 思わず足がすくむ。しかし。 「やいば。だいじょぶ?」 影ちゃんに声をかけられた途端、目が覚めたように瞬いた。 「・・・・わり。ちょっとブチ切れてたわ」 そんな気の抜けた声を聞きながら、僕の意識はどこかへ飛んでしまった。 水の音で目が覚めた。 起き上がろうとすると、後ろ頭に鈍痛がはしって、ついでに冷たい布が落ちた。仕 方なく力をぬいて石の上に寝転がる。すぐそばを流れる沢からの風がきもちいい。 どうやら僕は卒倒した後、この木陰まで運ばれてきたらしい。 と、後ろ頭にひやりとしたものがあてられた。思わず身をかたくするが、 「気がついた?だいじょーぶ?」 声とともに影ちゃんが顔を出した。 「おっきいたんこぶできてたよ。これから直したげるねー。おきてる人じゃないとう まくいかないんだもん」 言って、呪文を唱え始めた。 -------おきつかがみへつかがみやつかのつるぎいくたまたるたままかるかえしのた まおろちのひれはちのひれくさぐさのもののひれふるへゆらゆらとふるへ------- 淡い光が僕の頭にかざした掌にうまれ、ゆっくりと痛みがひいていく。やがて、 「できたっと♪」 「すごいね」 「えへへ。でもね、これってほんとはねてる人にもきくはずなんだよ」 照れ笑いをして、木もれ陽が髪にはじける。 「・・・あれ?刃さんは?」 「やいばはねー、あっちですねてるよ」 「はい?」 意外な答えに声が裏返ってしまった。小さな手が指した先は森の中だ。 「んっとね。なんだか怒ってるみたいなんだけど、かおがちょっとちがうからすねてん だと思う。さっきやっつけちゃった人動かなくなってたから」 それはもしかして・・・。考えながら身を起こすと、 「まだねてた方がいいよ。まだお昼もきてないし」 「・・・ちょっと刃さんの所へ行ってみようと思って」 「そう?じゃあ気をつけてね。やいばがいいて言うまで近づかないほうがいいよ」 「どうして?」 「ひみつ。だってゆったらやいばおこるもん」 「・・・・・・そうなの」 くすくす笑う影ちゃんを置いて、さっき指されたほうへ行ってみる。木々の茂ったそ こは薄暗く、外と違ってひんやりとした空気が腐葉土の匂いと一緒に漂っていた。 しかし辺りを見まわしてみても刃さんの姿はない。仕方なく出ようとすると、 「---------何か用かい?」 声は上から降ってきた。驚いて見上げると木の枝に人影があった。 「そんなところに居たのか」 人影が刃さんだったことに安心しながら言うと、 「だから何の用だっつってんだよ」 声に少しのいらだちが混じっているのを感じて、とっさにさっき聞いたことが出て くる。 「刃さんがすねてるってきいたから」 「は」 勝手に滑った口から出た事に、刃さんが変な声を上げた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何かの冗談かそりゃ」 棒読み口調で続けた後、木から降り・・・いや落ちた。 「影ちゃんがそう言ってたんだ」 「影の奴が・・・むーう」 葉っぱのくっついた頭をがりがりかいてなにやら悩んでいるようだったが、やがて、 「気絶させるだけにしようと思ってたんだがなー・・・。はぁ、オレもまだ未熟って コトか。ぬうう自己嫌悪・・・」 「仕事柄殺ってしまう事もあるんじゃないか?」 「いや。殺しはやらねーのがオレの主義だ」 そしてため息を1つつき、 「んじゃま、そろそろ影の奴が一人遊びに飽きてくる頃だろーから行くか」 すたすたと行ってしまう独り言に、セイギカンだか職務上のギムカンだかに動かさ れてきた僕は、一気に力が抜けてしまった。 あの男は死んでなかったらしい。はやとちり。思い込みもいいところだ。 「こっちが自己嫌悪しそうだなぁ・・・」 ひとりごちて森から出ようと歩く。 ------と、川原がもうすぐそこという所で、がさりと茂みの揺れる音がした。はっ と振り向くと、小動物が走り抜けていくのが見えた。緊張していた気が緩む。 しかし、つきかけた安堵の息は、首筋の冷たい感触に途中で止められた。 ・・・何でこうお約束な事になるんだ・・・。 とか思って、思考回路があの2人に似てきたなぁと内心笑う。そういう風に考えて いくと、背後で何やら喚いている男も恐怖の対象にならない気がしてきた。しかし首 筋の刃物は流石にどうしようもない。 少し考えて、 「すまないけど、欲しがってるものはあの人達が持ってるんだ」 後から思うと、さっきのヘマを取り戻そうとして気が大きくなっていたのだろう。 「んだと?・・・なら消えてもらうしかねえなぁ」 下卑た笑い声に、押さえつけられている力が緩んだ。 その隙に足を後ろにはね上げて急所を蹴りつけ、反動で前へ逃れる。視界の端で男 の顔色が変わった。一瞬ひるんで山刀を取り落としたものの、すぐ罵声をあげて襲い かかってくる。 僕だって警察学校で一通りの武道はやらされたんだと意気込んで大振りの拳をかい くぐり、腰だめにした一撃を放つ。が、筋肉だるまのそいつは少しよろめいただけで 嘲笑をひらめかせる。慌てて間を取ってまた拳を避けるが、木立の間なのでそんなに 動きまわれない。 気付いた時には後ろにさがった背中が、太い木の幹にぶつかっていた。今更拳を握 りしめるが、相手は大きく嗤いを浮かべて躊躇なく僕を殴り倒した。 またやって来る、衝撃と痛み。 歯を食いしばっていて良かったなんて思いが通り過ぎて倒れた。落ちていた枯れ枝 や下生えに更に傷をつけられて、殴られたところと一緒にひりひりする。 それだけのことが一瞬で起き、目を開くとちょうどすぐそこにさっきの山刀が落ち ていた。お約束というのは連鎖するらしい。 立ち上がるついでに拾って構える。昔やった模擬戦以来の真剣の重さと、まだしっ かり残っている衝撃に足元をふらつかせながらも男を見据える。そんなものでどうす るとか何とか嗤う相手を無視して僕は斬りかかった。ゴツい刀身が顔をかばった腕に 食い込む。そのまま引くが、切れ味は悪かったらしく赤い筋が出来ただけだった。今 度は胴を狙って振りかぶるが、それより早く男の拳が飛んできた。 今度は手加減なしだったようで、一瞬意識がトんだ。木にたたきつけられたショッ クで気が付く。山刀は手放してしまっていた。立ち上がろうにも体がほとんど動かな い。 もうやられる---------------------------そう思ったとき。 「それくらいにしとけや」 よく通る声に、とどめを刺そうとしていた男の動きが止まった。 「ったくあんたもひとに仕事頼んどいて一人でやってくれんなよ。オレ達ゃ何のため に居るんだコラ」 声の主はそう笑いながらも手をかしてくれる。 「・・・僕も一応男だから、たまには格好つけてみたかったんだよ」 「それだけ言えりゃ大丈夫だな。おい影!」 にっと笑って肩口にこぼれた髪をはねあげた。その後ろから金髪の子が顔を出す。 「やいばあんなこと言ってるけど、だいじょぶ?」 かけよる影ちゃんの横で、刃さんが初めて腰の剣を抜いた。 「うちの依頼人に手ェ出したからにゃ容赦しねーぞ」 木洩れ日を反射する片刃の刀身は細長く、どう見ても鞘より長い。 「やいばの刀はねー、なんだか魔法がかかってるんだって」 すかさず影ちゃんが解説を入れてくれた。 「そーゆーこった!」 その一声で、襲いかかってきたさっきの男を打ち倒し、森の奥に向かって声を張り あげる。 「下っ端使ってねェでさっさと出てきやがれ!」 するとがさりと大きく茂みが動いて、5・6人の見覚えのある男達が姿を現した。 「あれ?カリムのおっさんじゃねーか。シマ荒らしちゃココの奴が怒るぞ」 「んなこたぁどうでもいい!」 前と違って威勢のいい何か威勢のいいカリム。 「やめろっつったのに何でまたこんな事やってんだ-------------ってか?余計な世話 だっつーの」 とんとんと刀の峰で肩をたたきながら刃さんが言うと、 「そいつが何運んでんのか知ってて言ってんのかてめぇは!?」 「・・・前も聞いた気がするぞソレ。オレはンな事知ったこっちゃねーよ」 「まだそんな事言うのかお嬢!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お嬢? 「そいつのおかげでみんな台無しになっちまうんだぞ!?ここで止めらんなきゃぁ俺ぁ どのツラさげて兄貴に顔向けできんだよ!」 「あんなバカ親父に向ける顔なんざどーでもいいが、結局何なんだよオイ」 『お嬢』なんて意外な言葉にさほど反応せずに刃さんはいらいらと腕を組む。 「・・・・・・女の人、だったんだ」 「あれ?知らなかったの?おんなのこだよ、やいば」 「かなり知らなかったです・・・」 おろおろしながら影ちゃんと話していると、 「あー、そこ。うるせーぞ外野ー」 肩越しに向けられたジト目に、とりあえず口をつぐむ。 「で?何だよ」 「・・・そんなに知りてぇなら教えてやるよ」 カリムが言おうとしている事はきっと、僕が持っていることになっている『重要書 類』の事だ。それが起こすであろう結果を予想して、さっきのやりとりで少し弛んだ 僕の気はふたたび張りつめた。きりきりと胃を締めつけるようなそれが、すぐに不安 だとわかって、祈るような気持ちで刃さんの後ろ姿を見た。 「・・・そいつが持ってんのは、ここいらの盗賊連中とてめぇらワルキューレの、サ ツの調査結果だ」 一瞬の静寂。 そして静かに風が動いた。 「・・・・あんたもそれなりにつきあい長ェと思ってたけどな」 言いながら刃さんがこっちに歩いてくる。笑みにも似た表情を浮かべた蒼い瞳から 目がはなせない。狭い木立の間なのですぐに目の前まで来た。 「やっぱオレの事よくわかっちゃいねーみてェだ」 きん、と小さな鍔鳴りをさせて刀を納めた。次の一歩で僕の顔のすぐ横に片手をつ いて、 「・・・ま、二度も力ずくで来なかったってのは、ちったぁ頭使ってるってコトだわ なァ影?」 ちらりとそっちへ向けた目が笑っている。向こうの男達の顔が不審気なものに変わ る。 「でもやっぱ馬鹿だわ」 言葉尻で、開いている方の手が何故か僕の腰にまわされる。 次の瞬間、声の調子が一気に変わった。 「オレはンな事関係ねーも〜ん!」 「うわあぁぁぁ?!」 「あはははは〜」 突然僕を抱えて走り出した刃さんが高笑いをあげ、伴走している影ちゃんもつられ て笑う。 僕一人、わけがわからない。 「仕方ねぇ!力ずくででもお嬢を止めろぉ!!」 後ろからカリムのだみ声が聞こえた頃に森を抜けたが、2人は速度をゆるめない。 「だーっはっは。結局力押しじゃねーか!」 ついさっきまで寝かされていた岩のところまできてやっと止まり、ぽいと投げ出さ れた。 「はー。流石に男1人抱えて走るのはキッツいなー」 伸びをしながら刃さんが言うと、影ちゃんが来た方を眺めながら、 「でもなんだかこれからいそがしそーだよ?」 「そだな。まー頑張るべ」 驚いた事に、2人は悪戯が成功したときの子供のような顔をしている。 「・・・知り合いを裏切るようなことしていいのか?」 「あ?だってあんた護衛依頼しただろ。あのまんま放っといたらあんたァブッ殺され るに決まってんしー、一度OKした仕事はやりとげるってのが信条だし------------」 わらわらと森から出てくる賊達に目を向けてにやっと笑い、 「------------それにこーした方が面白ェと思ったからだよ」 そう言い残して、駆け出していった。 「あんなこと言ってるからいっつもおこられるんだよ」 あははと笑って影ちゃんも後に続いた。