連載めるまが小説


 目を向けると窓の外は藍色に染まっていた。
 3日目の夜である。ヨシノ・シティーはもう近い。
 ベランダに出ると明るい満月が出ている。後ろでに戸を閉めてしばらく見入ってい
ると、横から声がした。
「綺麗だろ」
 ぐい呑み片手にすぐ隣のベランダで、刃さんも月を眺めていたようだ。
「あんたも一杯どうだ?月見酒と洒落込もうじゃねぇか」
「仕事中にひっかけちゃやばいんじゃないか?」
 3日目ともなるともうタメ口である。
「そう硬ェこと言うなって。それにオレは酒に呑まれる程三流じゃねーよ」
 渡された焼き物の器に口をつけて-----そのキツさにむせかえる。
「あれ?もしかして下戸だったのか?」
「い・・・いやそうじゃないけど・・・。・・・これ何%?」
「んー35だな。焼酎だしコレ」
「それをストレートで・・・」
 何も考えずに飲もうとしてしまったせいでこのザマだ。
 更に僕が言おうとすると、
「やーいばっ!!お酒のんじゃダメってゆったでしょー!」
 隣のベランダに飛び出てきた影ちゃんが刃さんに組みついた。
「うわぁ!おまえ寝てたんじゃねーのかオイ!?」
「おきたもん!お酒のにおいくらいわかるんだからー」
 口々に言いながら酒瓶の取り合いを始める。もう見慣れたやりとりなので僕がこっ
ちで焼酎をなめていると。
 ひゅどっ
 矢が肩をかすめて壁に突き刺さった。
 それにすぐ反応した2人がじゃれあいをやめて辺りに視線をはしらせる。
「威嚇か」
 刃さんが黒塗りの矢を見て呟いた。影ちゃんは気配を探っているようだ。
「1人・・・2人・・・・・・いっぱい!」
「おっけ。今日はおまえの番だよな。モノ壊さん程度に頑張って来い!」
「はーいっ♪」
 元気に返事をしたかと思うと、手すりに足をかけてこの二階から闇に身を躍らせる。
同時に刃さんがひらりとこっちに飛び移り、また飛来した矢を剣で叩き落した。
「満月の晩に仕掛けてくるなんざ馬鹿か紙一重かどっちかだな」
 高らかに笑って一升瓶をラッパ飲みしている。
「また影ちゃんに怒られるんじゃないか?」
「け!こんな日に酒も飲まずにやってられるかってんだ」
 面白そうにまた笑い、登ってくる賊を蹴り落とす。すると突風が吹き荒れ、影ちゃ
んが慌てて帰ってきた。
「やいばぁ、どーしよ。カリムのおっちゃんがいるよ?」
 わたわたと手を振りまわしながら言うと、ほとんど空になった酒瓶を放り投げてい
た刃さんがうざったそうに顔を向けた。
「あァ?おのおっさん何しに来たんだよ」
「影たちをやっつけに」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・はあぁ。しゃーねェ、行くか」
 面倒くさいといわんばかりの顔で伸びをして、何故かふらついてない足どりで部屋
を通って出ていこうとする。と、さすがにとろんとした目で振り返って言った。
「あんたも来いよ。置いていっていらんちょっかいかけられちゃかなわん」


 影ちゃんに連れられて宿の裏通りに出ると、浩々とした月明かりの下に20人程の
人影が倒れ、その向こうにごろつき風の男が数人立っていた。手にはそれぞれ得物を
持っているが、何も仕掛けてはこない。
 刃さんがごろつきの一人に声をかける。
「よォ。酒でも呑みに来たのか?」
 そいつは苦い顔で、
「・・・・てめぇらが付いてるたぁ思わなかったぜ・・・」
「オレたちゃ人気者なんでね。ついでに有名ときてる」
 しかし刃さんの軽口には応じず、押し殺したままの声音で、
「・・・・・悪ぃが俺達のためだ」
 言葉尻で一気に間合いをつめた。山刀がひらめく。
 が、それは目標を切り裂くことはなく、ゆらりと避けられて石畳へ食いついた。
「---------どーゆーこった?」
 腕を組んで、山刀の峰を踏みつけた刃さんが瞳に剣呑な光をたたえて訊く。
「コトによっちゃあんたでも容赦はしねぇ」
 取り囲むように動いていた男たちもその眼に足を止めた。
「・・・・・・」 
 男------たぶんこれがカリムだろう------は答えない。
「早く言ってくれないとケーサツの人が来ちゃうよー?」
 緊張感のない声で影ちゃんが言うと、カリムはしばらく迷ってから、
「・・・てめぇの依頼人が何運んでんのか知ってるか」
「いや?重要書類って事だけで中身までは知らねェよ」
「・・・・・・」
 表情を少しも変えない刃さんに、カリムがまた口を閉じた。
「・・・何だってんだ。わざわざ難癖つけに夜襲かけやがったのか」
 声に、矛先にいない僕までが身をすくませてしまう程の怒気が混じっている。向こ
うは流石に怯えるということはなかったが、眉根をよせたカリムがぼつりとうめいた。
「悪ぃ事ぁ言わねえ。この仕事、抜けろ」
 くるりと背を向け、そのまま男達は闇に紛れていった。
「う゛ー。宿のおっさんにおん出されそーだなー」
 部屋に帰って開口一番そう言って、刃さんはため息をつきながら頭をかいた。
「でもしたのお店にまだ人いたよー」
「うっわ。そりゃ更にヤベえ。リーナスさんよ、いつでも発てるようにしといた方が
いいぞこりゃ」
 そしてもう一度ため息をつき、その反動のように大欠伸をひとつして部屋に帰って
いこうとする。
「あ、あの。・・・訊かないんだ、書類の内容」
「あァ?ンなモン聞いたってどうせロクな物じゃ無ェんだろ。ま、それが裏稼業の奴
らにとってかケーサツにとってかは知らねーがな」
 あーあ、酔いが醒めちまったよ。と付け足して、今度こそ部屋から出て行ってしま
った。
 時計を見ると、もう日付が変わっていた。


 実を言うと、僕は重要書類の中身を知らされていないし、渡された封筒は妙に薄か
った。光に透かしてみると何か入っているようだが・・・流石に開けてみる気はしな
いし、それ以前にご丁寧に封蝋までしてある。
 依頼自体が狂言に近いのだから本当に書類が入っているとは思わないが、どうも噂
というものは広まってしまうらしい。
 
 しかし野盗の類にも知った者がいるというのは驚いた。やはり裏稼業にはそれなり
の人脈があるようだ。

 追加の日記を書いて、僕は明かりを消した。

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