連載めるまが小説


  細かい事をあの後決めて、今日は出発当日だ。このあいだの店に行くと、二人は前と
あまり変わらない格好をしていた。刃さんはこげ茶の長袖に生成りのパンツスタイルで、
腰にショートソードをさげている。影ちゃんは黒の着物に白い袴と、装備らしい装備は
ない。
「おはよーさん」
「おーはー!」
 元気な二人に気後れしながら挨拶を返し、テーブルに並べられた紙束に目をとめる。
「おフダ?これ」
「そーだよー。さわらないでね。まだお片付けしてるから」
「符術士・・・なのかな」
「んーと・・・・よくわかんない」
 同じ文字が書かれているものをまとめて、袖や懐中にしまっていきながら影ちゃんが
首をかしげる。すると椅子で足を組んでいた刃さんが、
「符術士ってーか何つーか・・・。こいつは言霊も使うし・・・でも式神使えねーから
陰陽師たぁ言えねーし」
「はぁ・・・」
「ま、気にすんな。そろそろいくか」
 がたりと席をたって、僕達は店を出た。


 くちなしの微かに香る、森のそばの街道。空は青くて風があまりない。質量のあり
そうな日差しは木立に所々遮られてはいるものの、天気が良すぎるので汗がにじんで
くる。-------別の意味でも。
「これはこれは。クソ暑いのにごくろーさん」
 言葉に反して汗ひとつかいていない刃さんが、立ちはだかる数人の野盗ににやにや
と言い放つ。お決まりのセリフの先を越された男達は、罵声をあげながら襲いかかっ
てきた。
「さーがってろい!」
 嬉々として前に出、僕の横には影ちゃんがついた。
 ひらめいた銀光を紙一重でかわし、みぞおちに拳をたたき込む。その男がくずおれ
る前に飛びのいて横あいからの剣撃から逃れ、ついでに近くの奴にその勢いをのせた
裏拳を直撃させる。流れるような動きで次々と刃さんが野盗達を翻弄していく。
「・・・強いね」
「うん!」
 嬉しそうに言う影ちゃんは手にあのおフダを数種持っている。
「ねぇねぇ、火と水と土と雷とどれがいいと思う?」
「え?・・・今は暑いから氷・・・かな」
 何となく後を予想しながら僕が答えると、きれいな回し蹴りを放っていた刃さんが
こっちへ来ながら叫んだ。
「影!!」
 その声に、影ちゃんがさっきのお札を数枚放って一ヶ所にかたまった男達に向かわ
せる。それは一瞬で氷柱に変わって地面に突き刺さり、たちまち氷のオブジェ
ができあがった。
「やー、こりゃ涼しくていい」
 小さな切り傷をちょこちょこ作った刃さんがからから笑って言う。
「凄い事するね・・・」
「こうするのが楽でいいんだよ。この上天気だ、放っときゃ氷も溶けるだろ」
 じゃ行くか、と先に行ってしまう。
 初日はそんな感じで宿についた。


「------リーナスさんよ。何書いてんだ?」
 部屋で机に向かっていると、背後から刃さんが声をかけてきた。
「?・・・ああこれ。日記だよ。小さい頃からの習慣なんだ」
「日記ねぇ。ンなモンよく毎日書くな。オレはそういう事は苦手だね。毎日書く気も
無ェし」
「書くまでの事はなくても何かあるんじゃない?」
 僕が言うとにやっと笑って、
「いーや。いちいち書いてるとキリがねーんだよ」
「・・・だろうね」
 苦笑まじりに返すと、刃さんもよくわかってるじゃねぇかと笑って、
「じゃオレは部屋に帰ってっから。何かあったら言ってくれ」
「ああ。おやすみ」
「おやすみさん。・・・ま、オレは寝れねーがな」
 その割には楽しそうにドアの外に消えていった。
 椅子に座りなおしと、静かになった部屋に木のきしむ音が響く。再びペンを走らせ
始めて、やがてその手がとまる。
 昨日今日の付き合いなんだけど、あの2人の正体がつかめない。
 あの書類にあった通り怪盗団『ワルキューレ』のメンバーらしく、身のこなしは熟
練者の様だが表情はまるっきり子供。外見に合わない技術と肩書き。
 特に刃さんは、背は高いけれどがっしりしているわけじゃなく、猫のようにしなや
かな体格。声も低くて胸もあるのか無いのかわからないので、年齢どころか性別すら
わからない。・・・本人は秘密だと言っていたけれど。
「・・・秘密にするだけの意味があるのかね」
 独り言は闇にまぎれて消えた。
 

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