連載めるまが小説


「・・・はう」
 聞きなれないため息がしたのは、あの日から一週間ほど経った頃だった。
「・・・あんたが外眺めてため息つくなんて・・・熱でもあるのか」
「ケンカ売ってんのかテメ。・・・オレでもほんのりしんみりしたくなる時くらいあ
るわい」
「初耳だ」
「・・・・。」
 ぎしり、と拳が握られる。
「殴っていいか?」
「うわぁ!あんたが言うとシャレになんねえだろ」
「そか?」
「こないだチンピラ殴り倒して、仕返しに来たのを再起不能っぽくしたのは誰だよ」
 傷害事件として新聞にまで載っていたが、目撃証言が無いせいで捕まる心配は無い
らしい。
「おぉ。ンな事もあったなー。まァそりゃともかく」
 窓枠から降りると、伸びをひとつする。
「気晴らしにどっか行かねー?日曜だろ今日」
「そうだな。家に居ても夏姫からあんたに電話がかかってくるだけだし」
 じと目でにらんでみるが、
「熱烈なファンがいる事はいいことだぞ」
 笑って済ますだけで効いちゃいない。長電話で文句を言われるのは俺だ。
 しぶしぶ、財布の中身を確かめて上着をひっかける。
「じゃ行くか」

 日曜の駅前は当然のように混んでいた。
 さっさと地下街に逃げ込んだかと思うと、奴はウインドウショッピングに突入した。
と言っても店先を少し覗いてすぐに次へ行ってしまう。
「何見に来たんだ?」
「イヤ別に。良さげなモン探してるだけだし」
「アテとか無いのかよ」
「んー。特には無ェな。だってここいら良く知らねーもん」
 自分で行こうとか言っておいてそれか。
「・・・つまりは散歩か?」
「気分的にはな。オレ様イマドキのヲンナノコじゃねーから」
 どうでもいい会話などをしつつ、ぶらぶら雑貨屋なんかをひやかして喫茶店に落ち
着いた。
 店内は人が多く、ひたすら騒がしかった。やがて注文のものが運ばれてくる。
「明・・・お前ってどっか行くと必ずコーヒーなのな」
 肘をついて組んだ指の上にアゴを乗せるという横着な姿勢のまま、ストローでジュ
ースを啜っていた奴が半眼で呟いた。
「べ、別にほかに無いだけで・・・」
「何慌ててんだよオイ。誰も文句つけてるワケじゃねーって」
 気が付いたから言ってみただけだ、と目を店の中に向ける。俺もつられるように目
をそっちにやって、頭のどこかが固まった。
 カップルばっかりだ。
「何だオレ達も同類かぁ?」
 一人で声を殺して笑っている奴に中途半端に笑い返しながら、実はかなり混乱----
いや真っ白になってきていた。周りの目を気にした途端、意識してしまう。家に帰った
としてもまだこいつと一緒だという事も思い出して、さらに悪化する。
 どぎまぎしながらコーヒーに口をつけ、
「!!」
 熱さに絶句してカップをがしゃんと取り落とす。そんな俺に奴は瞬きひとつして、
「・・・・・アホ?」
「・・・・」
 色々と顔が真っ赤になっているだろうと思う。ため息がひとつした。
「しゃーねェ奴だな」
 おしぼりでテーブルにこぼしたコーヒーを拭き始めながら、テーブルの紙ナプキンを
取り俺のほうに放ってよこす。
「そっちにもこぼしてんだろ。シミんなるぞ」
 ふとその言い方に、そこらの女子とは違うものを感じてどきりとする。
 顔を上げるとばちっと目が合った。
 綺麗な海とか空とかの色の瞳。一瞬見蕩れながら思った。
 やばい。


 一旦意識をすると、店を出てからもどうも落ち着かない。横を歩いているだけで息
のしかたまでわからなくなりそうだ。
 頭のどこかで、冷めた俺が何馬鹿やってんだと呟く。純情な青い春をやる気はない
し、奴のような可愛げを力いっぱい蹴飛ばしているようなのを彼女にする気も無い。
 言い訳か。
 目をやると、本人は俺の事なんか眼中にない様子で歩いている。と、こっちを向い
て、
「ここも飽きたな。上ェ出るか」
 ため息まじりに言うと、近くにあった階段を上っていく。仕方なくついていくと、
出口はちょうど駅前広場だった。来たときほどじゃないが、相変わらず人は多いしカ
ップルも多い。
「どーするよ?」
「あ?どうするよってあんたが出かけようって言ったんじゃなかったか?」
「イヤあん時ゃヒマだったから」
 ゆっくり駅の方へ歩きながら駅ビルでも覗くかとか何とかしゃべっていると、人ご
みを眺めていた奴の目が見開かれた。
「あ。」
 そっちを向いたまま駆け出すのに、何か言おうと思って――思っている間にもう奴
は手の届かないところにいる。行く先には今にも倒れそうな染めたのとは違う金髪の
男が居た。すぐに駆け寄った奴が肩をかして何か言うと、そいつは少し顔を上げて力
なさげに笑った。
 優男系の美形だ。
 夏姫のやつが飛びつきそうな、頼りなさげなタイプだなとか同時に思う。
 とりあえずそっちに行こうと一歩踏み出したとき、奴がこっちを向いた。
「悪ィ!先帰っててくれ!」
 ・・・何なんだ?


「ってー事なんだけど、どう思うよ遼」
「・・・僕に言われてもなぁ。でさ、明はそれからどうしたの」
「・・・それからっつって・・・電車乗って、そのまま、お前んち来た」
 遼の家は俺の家の近くにある。住宅街にあるんだからそう珍しい事じゃない。ちな
みに遼ん家の隣は夏姫の家だ。目をそらすと、本棚とパソコン台のすきまからちょう
ど夏姫の部屋の窓が見えた。
「何があったのさ?」
「は?」
「明がそのまま素直に帰るなんて思えないし。嘘つく時はっきりしゃべらないって癖
知ってた?」
「う・・・」
 俺が言葉に詰まったとき、どばんと派手な音をたてて部屋の扉が開いた。遼ん家は
金持ちなんでドアなんてチャチいものじゃないのだ。
「おーほほほほほほ!単純男ねあんたって」
 高笑いと共に出てきたのはもちろん夏姫だ。
「なんでてめえが居るんだよ」
「本読みに来たに決まってんじゃない。ついでにやりかけのソフトもクリアしようと
思ってさ〜」
「またかよ」
 ほほほほとか笑いながら踊ってみたりする夏姫をジト目で見る。
「いやにテンション高いなあいつ」
「たぶんラスボスか何か倒したんじゃない?」
「・・・どっちが単純なんだよ」
 呟くと、くるくる回っていた夏姫が動きを止めて、びしと指をつきつけてきた。
「あんたよあんた。さっきから話立ち聞きしてたけど」
「してたのか」
「どーせあんたの事だから、帰れとか言われて帰るフリして振り返ったらキスシーン
でも見ちゃったんでしょ」
「何でわかる!?」
「ふっ、女のカンよ。とか言いたいけどただのカマかけー。マジ?」
 言った本人が驚いている。
「本当みたいだよ。何か落ち込んでるし」
「っキャー!いやぁぁぁオネーサマに男ー!?」
 頭抱えて叫びだす夏姫を無性に蹴り倒したくなってくる。
「でもさ、刃さんがすぐ肩貸しに行ったって事はその人も同じところから来たんじゃ
ないかな」
「えー。困ってる人助けたってネタはなし?」
「そんな事しそうな人に見える?後の行動も考えて」
「むー・・・見えない。じゃやっぱあっちの世界の人?」
「多分。色々話聞きたいなー」
「そーねー。・・・色々と」
 にや、とコワい笑みを浮かべる夏姫。
 ・・・本当の敵はこいつかもしれない。
 

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