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その日は帰りの電車に間に合いそうにないんで、いつもの顔ぶれで普段は通らない 駅への近道になる裏路地を走っていた。 ・・・それが悪かった。 すっ転んだ遼が、ガラの悪そうな連中にゴミバケツをぶちあててしまったのだ。 「うっわーい。絶対ぜつめーい・・・」 棒読みで夏姫が呟いた。前後をいつの間にか増えたちんぴら金髪連中にふさがれて いる。仕方なしに俺が臨戦体勢に入り、連中が何か言おうとしたとき、 「あれ?何でお前らンなトコいるんだよ」 唐突にビルの間から顔だけ出して、奴が間の抜けた声で言った。 「・・・あんたこそ」 「ん?オレはそこのおっさんと気ィ合って呑んでたんだが」 と、そばのホームレスだかやくざだかを指す。 「何か大変そーだから助けてやろっか」 言うが早いか、長い髪をなびかせて一人目を殴り倒した。連中がそれに反応する前 に二人目を回し蹴りが襲い、そいつが持っていたナイフが隣の男に刺さる。 その悲鳴だか絶叫だかでやっと、反対側の連中が動いた。 俺もかばんを遼に放って、拳を振り上げる。ナイフだの鉄パイプだのを振り回して くる連中の、足の甲やむこうずねを蹴飛ばして、ひるんだ隙に殴り倒す。 「やり方がコスいわよっ!」 自分のかばんで色々防いでいる夏姫が文句を言った。 「凶器持った相手に正面きってやれるかあほぉっ!」 「なんでそんなに余裕なんだよー!」 こっちもこっちで叫ぶが、遼はかばんを2つ抱えて逃げまわっている。それを追い かけているのを、さっさと担当範囲を片付けた奴が蹴散らして、 「そろそろずらかるぞ!」 腰を抜かした遼を小脇に抱えて、出てきた路地へ飛び込んでいった。 「何であたしまで置いていくのよーっ!」 「こっちはまだ片付いてねーってのに!」 口々にわめきながらも後を追って、その細い道に入る。さっきよりも薄暗い、ビル の隙間をぬって走る迷路のようなそこは、どこがどうつながっているのかさっぱりわ からない。人を撒くのにはちょうどいい所だとは思うが。 少し先で立ち止まっていた奴は、俺たちの後ろをちらりと見てから呟いた。 「駅に行くんだろ。ついて来い」 またすぐに走り出した背中を追いかけながら叫ぶ。 「お前、道知ってるのか?!」 「ナメるな!ダテに都市盗賊やってねェ!」 「とし、とーぞく!?かーっこいい!」 荒い息の合い間に夏姫が黄色い声を上げるが、すぐにトーンダウンして、 「・・・だから、あんな、バカみたいに、足、速いの?」 「・・・キツいんならしゃべんなよ・・・」 右へ左へと進んでも、後ろの連中はまだしつこく追いかけてきている。しびれをき らした奴はちらと後ろを振り返った後、先行ってろと言って立ち止まり、片手を突き 出した。 そして俺は叫び声と同時に現れた光と爆発、それとあの羽根を見た。 すぐに追いついた奴の先導でビルの隙間から抜けると、そこは駅ビルの横だった。 そのまま駅の構内へ入る。 壁際にへたってぜいぜいいって、しゃべれるようになるまでしばらく無言。 「・・・元気だなー、あんたら」 最初に口を開いたのはもちろん涼しい顔をしている奴だった。 「あっはっはー。元陸上部をナメないでー」 息のついでのような声で、夏姫がひょろひょろと返す。 「陸上っつっても幅跳びだったろうが」 「うふふー。何のコトかしらねー」 「・・・ぬう。とりあえずこれだけ人が居りゃあいつらの残りも手ェ出してこねーだろ」 言いながら目を回してる遼の頭を小突いてみるが、マトモな反応はない。 「あー結局電車待たなくちゃなんなくなったな」 「そーね。でもいいんじゃない?オネーサマにも会えたし♪」 「「オネーサマぁ?」」 俺と奴の声は同時だった。 「そういうシュミあったのか夏姫」 「だって美人だしカッコいいし強いしvきっと頭も良いわよねvv」 「・・・・・・・・・・ぅだー。好きに呼んでくれもう」 疲れた顔でうなだれる奴の肩に、ぽんと手を置いてやる。 「こういう女だ。気にするな」 「あーそぉ・・・・・。ところでそろそろ場所変えねー?」 「さっきのでのども渇いたしね〜」 人目も気になってくる頃でもあったから、遼をひきずって俺達は立ち上がった。 駅のバーガーショップに着いた頃には、遼も正気に戻っていた。 それはいいんだが・・・何でこうも元気になれるんだと俺は一人カヤの外でコーヒ ーをすする。 「じゃあじゃあ、コレ解ける?」 「何だこりゃ?・・・・むー」 「これ数学の課題じゃない。楽すようとしてるでしょナツ」 さっきかたらずっとこんな調子だ。しかも。 「・・・・・こーんな感じか」 「遼。どぉ?」 「合ってると思うよ。すっごいね、刃さんて何でもできるんだ!」 「きゃーv オネーサマ最高!」 「出来る事しかやらんだけだ。つーか便利だからって色々教えられたし」 とか言いながらひょいひょいと片付けていくのだ。 ただ英語なんかは未知の言葉だったらしく、ぬうとかうめいてシャーペンを投げ出 した。もちろん地理歴史は知っているわけがない。 「あたし課題わかんなかったら訊きに行こっと」 「とか言って全部オレに押し付ける気だろ」 「バレた?」 「バレるわ。何つーかソレ基本やし」 「じゃあその範囲の課題テストとかは?」 「マル付けは自分でやるに決まってんだろ」 「気が合いそーね」 「おう」 がっしり手を組む二人。 「・・・何やってんだか」 「ん?明も同盟に入るか?」 「同盟だぁ?」 「いかにラクして課題を片付けるか同盟」 「何だそりゃ・・・・」 果てしなく脱力する俺。その横で、目を輝かせながら今度は遼が身をのり出して、 「あのあの。こないだから訊こうと思ってたんですけど」 「優男ですます口調は色々連想するからやめてくれねーか。ついでに落ち着け」 「やさ男って・・・。うう。それで、魔法とか呪文とかの法則ってどうなってる・・ ・の?」 しゃべり方に悩んでいる横で、夏姫がぴくと反応する。 「あーそれあたしも聞きたい」 「んー?大体は呪文唱えりゃ発動すっけど色々あるからなー」 「どんなのがあるんで・・・あぁぁ、ある?」 まだ四苦八苦しながら、よくわからん話に突入していく三人を横目に、やっぱり俺は ぬるくなったコーヒーをすするしかなかった。 「・・・なぁ夏姫」 前で、歩きながらまだ遼とあいつは呪文がどーのこーのという話をしている。 「何ー?」 キヨスクを眺めながらのままでの返事がくる。 「何て言うか・・・そーゆー関係の本、貸してくんねー?」 「そーゆーカンケー?」 首をひねったが、俺の目が半眼で前の二人に向いていることに気付いて納得したら しい。 「そぉ。でも遼のが詳しいの持ってるわよ」 「あいつのは・・・・マニアすぎるだろきっと」 「あははは。そーね。それであたしってワケ」 「あぁ」 「んー。童話からホモ本まであるけどどこらがいい?」 にたーっと怪しい笑いを向ける夏姫に、俺はこいつがそっちの世界に足をつっこん でいる事を思い出した。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・普通のでいい」 「そぉ?つまんないわねー。エロ本見んならやおい系だってだいじょぶでしょお?」 「どーゆー理屈だそりゃ」 「やっぱ女はつよし、だわ。男は妊娠したくらいで死ぬらしいし」 「男は妊娠せんだろうが」 ツッコミなど完璧無視してあっち側にトンでる夏姫を放っておいて、俺は改札を通 り抜けた。