連載めるまが小説


 
 明け方、奴はふらふらと窓から帰ってくると、倒れるように眠り込んでしまった。
 日が昇って、俺が学校に行くときもそのままだった。
「何があったのかしらねぇ夜の間に。ふふふふふふふふ」
 ・・・。言うんじゃなかった。
 教室でいつものように遼としゃべっていると、いつの間にかやって来た夏姫がコワ
い顔のまま笑った。何だかその周りだけ暗い気がする。
「ことによっちゃひどい目に遭わされそうだねあの人・・・」
「そうだな・・・」
 冷や汗なんかたらしながら言うと、隣のクラスのよくつるんでるのがやってきた。
「よお明ー。昨日おまえ女連れでいたらしいな。俺にも紹介しろよ」
「女?・・・・あー、あいつか・・・」
 投げやりに言いかけると、くる、と夏姫がそっちを向いて、
「あのね、あのひとにもうフラれちゃったのこのバカ。ほほほほほ」
 きらきらしてて、ついでに花でもしょってそうな笑顔。が、はり付いたその笑みの
ウラに気付かないそいつは、
「あっそう。じゃ次に女できたら紹介しろよなーって当分無理か」
 ぎゃははとか笑いながら去っていく。
 と、仮面のような笑顔の夏姫がかくんとこっちを向いた。
「てことで今日も行くわよ」
「・・・・・・おう」
 どういうことかよくわからないが、迫力に負けて思わず返事をしてしまった自分が
悲しい。

 背後からのプレッシャーを感じながらドアを開けると、奴は寝返りをうってから唐
突に起き上がった。そして文字通り寝起きの顔でぼーっと俺達を眺めた後、
「何。朝?」
「いやもう夕方」
「・・・そ」
 目をこすってあくびを一つしてから続ける。
「で、何用?」
「えーと・・・」
 さっきからだんだん増している気さえするプレッシャーに負けて、横へ退く。
「・・・夏姫」
 呼ばれた途端に一気に詰め寄る。
「おねーさま昨日の男は何者!?」
 至近距離でわめく自称親衛隊長に、奴はきょとんと瞬きをしてから言われた単語を
いくつかおうむ返しに呟いて、あァと納得したらしく、
「アレね。あいつ女」
「ええええ!!」
「どう見ても男だろあれは!」
「・・・んー。何てーかな。・・・・説明めんどくさいくさいからパス」
 片手を振って目を閉じる奴。すかさず夏姫が肩をつかんでがっくんがっくん揺すり
始める。
「めんどくさいってそんなの・・・って寝なーい!」
「ぎゃあ。だだっ子かよオイ!」
 手をひっぺがしてため息をつくと、頭をかきながら、
「本人呼ぶのが一番手っ取り早いんだが、あいつ今死にかけてるしなー」
「どこに居るの!?」
「近所の教会。ってオイ行くのか?」
「もちろん!」
 元気・・・いや今にも殴りこみに行きそうな気合いの夏姫。・・・実際そうなるか
もしれないが。そして奴は奴で、髪がからまった指を頭から引き抜いて眠そうなため
息をついた。
「・・・まーいいだろーけど。長話は覚悟しろよ」


 奴に連れられて行った先は、古い無人教会だった。
 住宅街から少し離れたところにあるそれは、一応日曜にはミサが開かれてはいるが
神父だか牧師だかは他のところから来ているらしいという話を聞いた事がある。
 装飾も何もない木の扉を開けると、薄暗いなかにステンドグラスに透かされた絵が
足下に映っていた。十字架があるはずの向こうの壁は見えない。しんとしたそこは、
誰も居そうにない。
 入り口で立ち止まっている俺達をよそに、奴は一人すたすたと入って暗がりに声を
かける。
「おい。生きてっかー?」
 返事はない。
 しばらく待って、
「・・・・。引きずり出すぞ」
 奴が呟いた途端、奥の方から声がした。
「・・・生きてますよ。一応・・・」
 その少し高めの、寝起きのような男の声は反響してどこに居るのかわからない。
「ならいい。で、お前に会いたいってーヤツが居るんで連れてきてみたんだが」
「はい?」
 そして少しの間の後、恐る恐るといった感じで続ける。
「・・・何か僕のこと怒ってません?そこの女の方」
「てめェがややここしいカッコしてっからだよ」
 奴が言うと、言葉につまったような間の後にため息が続いて、教会の真ん中あたり
に色が現れた。
 足音と一緒にこっちへ来るにつれて、それが金髪黒ずくめの優男だとわかる。黒の
上下に薄いロングコート。どう見たってそいつは男だが、俺の前で腕を組んでるのと
見比べると、そうでもないかもとか思ったりもする。
 くだらん事を考えていると、待ちかねた夏姫がそいつに詰め寄った。
「ねぇ!あなた何者!?てゆーかオネーサマの何!?」
 初対面の年上(に見える)によくそんな事が出来るもんだと思う。当然、相手はきょ
とんとして、そして顔だけ奴の方へ向けて、
「・・・・・・オネーサマ?」
「気にすんな。人生色々だ」
 あさっての方を向いて疲れた声ではぐらかす。困ったそいつは、
「ええと。とりあえず僕はレオナルド。一応医者です。刃とは・・・友人ですね。良
く言えば」
「友人?!ホントに?」
「つーか良く言えばってどーよ」
「あはは気にしないで下さい」
 流暢にしゃべるレオナルドとかいうやつ。全然外人ぽくない。
「まーそれはともかく。何の用です?」
「説明してやれ、このややこしい事全部。こいつらいちおー話通じるし」
「はぁ・・・どこから話しましょうか」
 困ったように首を傾げるレオナルドとかいう男。そこへまだ納得しない夏姫が口を
開いた。
「あなたが実は女ってどーゆー事!?」
「え?そんな事まで言っちゃったんですか」
 奴を見やるが当人は平然としている。
「仕方ありませんねぇ」
 そしてそこで一回転すると、モーフィングが何かのように夏姫と同じくらいの背で
長い金髪の女の子になった。絶句する俺の横で遼がうわぁとか何とか感動している。
「『私』としてはミスティーといいます。・・・・これで満足していただけましたか
?」
 言われて上から下まで眺めまわした夏姫が、
「それはわかったけど・・・どゆ事?何で男のひとやってんの?」
「こいつ、前に言った創造神ね。末っ子の」
 ぴたりと動きが止まる。
 女神がひとり、そーなんですよあははははとか言っている。
 絶叫はそのすぐあとに続いた。
「うそぉぉぉぉぉ!」


 まー座れやってことで、教会のかたい長椅子に適当に落ち着いた。
 話によると、前に厄介事で奴と知り合ったらしいこの女神さんが、その姉貴の暇つ
ぶしでこっちに飛ばされたのを何とかしに来たらしい。
「創造神なんてスゴい神サマなんだから、ちゃっちゃと行ったり来たりできないの?」
「いやへっぽこだしコイツ。できねーだろ」
「う・・・言わないでくださいよそれ」
「こっち来たくらいでよろよろしてるしな」
「だって仕方ないんですよそれはー」
 ぶんぶん拳を振って対抗する女神さん。
「・・・魔素の差がどーのこーのってやつか?」
 俺が言うと、
「そうなんですよー。私ほとんど自分の力だけで実体化してるもんですからこっち来
てから大変でって何で知ってるんですかそんな事」
「あ。オレ言った」
「じゃ話早いですね。だから当分の間、刃から魔力もらって暮らそうかと」
 にこにこと女神が言うと、遼と夏姫が同時にはっと顔を上げた。
「えー。じゃあ明の家に居候が増えるの?いいなぁ」「そーいえばあのときのキスっ
て!?」
「・・・・同時にしゃべるな。わからん」
 奴が渋い顔をして手をふると、
「だからきーすー!」
「ん?・・・あーアレか」
 奴はにやりと笑って、
「コレが死にかけてたから魔力分けただけなんだがな。口移しはオレのシュミ」
「しゅみィ!?」
「だってこーほらそっちのがろぉまんちっくだろ?」
「だろ?じゃありませんよ」
 すぱんと、顔を赤くした女神にはたかれた。
「全く。シャレであんな事しないでくださいよ。血管切れて死ぬかと思いましたよ」
「ンだよー。ヨメにされんのと一緒だろーがよ」
「違いますー!」
「・・・・嫁?」
 ぴくりと遼が反応する。
「え?あーコイツ妻帯者っつーか子持ち」
「むこうでも男ですからねー。というより人に憑いてなきゃやってけないって言うか」
「しょせんへっぽこ女神だしな」
「そーね」
「あああ納得しないで下さいよ」
 とか何とか。
「・・・それで明んちに来るのかなー」
「さあな。俺は知らん。つーか神様ってやつが凄いのかどうかよくわかんなくなったぞ」


「ええと。それで私、どっちかって言うとこの教会に居たほうがいいんですよ」
 低レベルの口げんかが落ち着いたところで女神が言った。
「・・・何で?」
 俺ん家にどうせまた居候するんだろうとか騒いで、首とか絞めていた夏姫が聞いた。
ぼとりと落とされて俺が頭を打つのはかなり無視して。
「私はこっちで言う西洋の方の神サマみたいなんで、教会のほうが回復できるんです
よね。そりゃ刃に魔力もらう方が楽ですけど、あんまりやると死んじゃいますから」
「そーゆーコワい事を本人の前で爽やかに言ってくれるな」
 言われて、笑って誤魔化すとまた男に変わる。
「こっちのほうが魔力消費少ないんで、大体この格好で居ますからよろしくお願いし
ます」

「ふ。ですます調の優男おにーさん・・・秘密がどかどかありそーね」
 帰り道でにやにやしているのはもちろん夏姫だ。
「秘密も何も。もう神様っつー凄ェっぽいのバラしてるじゃねーか」
「いーえおねーさま。あーゆーひとをナメちゃダメですっ」
 拳を握って語りだした対処に困る奴の肩に、俺はぽんと手を置く。
「こいつまともに相手しても疲れるだけだぞ」
「・・・むう。わかってるつもりじゃいたんだがなー」
 ふゥと息をついて髪をかきあげる。
 辺りはもう薄暗く、街灯が点き始めた頃だ。ご帰宅ラッシュとも無縁らしいこの辺
りは、近くの家からの明かりが見えるだけで、人一人歩いていない。
「逢魔が時・・・だね」
 ぽつりと遼が言った。途端、夏姫がものすごい勢いで振り向く。
「ちょっと怖い事言わないでよ!あたしお化けなんかに会いたくないー」
「神さんとかはいいのか」
 ツッコミを無視してしっかり『オネーサマ』の腕にしがみついている。
「迷信だろ」
「イヤ明。そーでもねェぞ」
 奴がにやりと笑って見ているその先には、何とも言えない気色悪いモノ。動物の骨
を抜いてどろぐちゃにしたらたぶんこんな感じだと思う。そんなんが浮いていた。
 背中がぞくりとして動きが止まる。息をのむ音が聞こえた。
 凍りつく俺たちの前に奴が、無表情に近い顔で立った。
 どろどろ動きつづける塊が声だか音だかを上げる。
「どーせオレやらあの間抜けの魔力につられて出てきたんだろーがよ」
 ぎっと睨んだのと同時に、塊から触手のようなものが高速で伸びてきた。
  見るからに気色悪いそれを、奴は難なく左手でたたき落とすが、まとわりついたべ
たべたしたものに嫌な顔をする。
「・・・ムカつく物体だな」
  言いながら、次々と襲ってくる触手を腕一本でさばき、少しづつ間をつめていく。
そして一気に跳び上がると、
「邪魔なんだよクソったれ!」
  叫びとともにかざした手から光の帯がのびて塊につきささった。爆発が起きて、た
まらず腕で顔をかばう。
  それがおさまった後、そこには何も残っていなかった。
「・・・何、今の・・・」
「ンなこた後だ。ずらかるぞ」
  短く言うと、奴は走り出した。そりゃあんな爆発が起きた所に突っ立っていたら色
々とまずそうだ。
「・・・幻、じゃないよね、今の」
  遼が走りながら呟いた。
「ああ。奴の手、まだべたべたしたのがついてるしな」

  夜になってすぐの公園は、見えるところにさして人は居なかった。
  水道で手のべたべたを落としている奴が、呟くように口をひらく。
「アレはな、闇の者の最下級の物体だ」
「・・・それって魔族さんとは違うの?」
  さんって何だ。
「ああ。闇の者っつーのは『純然たる神々の敵対者』ってヤツだからな。存在の仕方
自体が違う。まー細かい事はオレもよく知らんが、アレは魔力を吸収するんだわ」
「何でそんなのがここに出てくるんだよ」
「言っただろ?オレやらあの間抜け女神の魔力吸おうとして、わざわざよくわからん
世界から出てきたんだ。アホだァな。あの程度じゃへち倒されるに決まってんのによ」
  はっはっはと笑って手の水気を切る。
「・・・じゃあ何か?お前がこっちに居る限りあんなんが出てきたりするのか?」
「だろーな。でもオレがミスティーと一緒に居なきゃ大丈夫だろ」
「それじゃあたしらはだいじょぶなワケね」
「おう。送って行っちゃ逆に面倒な事になりそーだしな」
「うん。じゃあたし遼と帰るわ。じゃーまたねーオネーサマv」
  言って、夏姫と遼は帰って行った。俺らも帰るかと声をかけようとして、奴の思案
顔に気付く。
「何だ?」
「・・・・・・いや、別に。帰るか」
「・・・ああ」
  常識がどこかへ蹴飛ばされかけているその夜は、妙に静かだった。
 

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