7
その日は夏姫が奴をさらっていったせいで、俺は一人ぼーっと部屋に居た。 暇を持て余してごろごろしていると、こんこんと窓がたたかれた。見ると、あの女 神さんだ。眺めていた漫画雑誌を放って窓を開ける。どうして普通にドアから入って こないんだか。 「すみませんね、こんな所から」 にこにこと入って来ると、すとんと床に座った。 「あいつなら夏姫にさらわれていったけど」 「いえいえ知ってますよ。今日は貴方に用があって来たんです」 「は?俺に?」 「はい。刃の事です」 奴の事。言われて俺は少し身構えるが、相手は別に改まったふうもなく、 「あの。羽。見ましたよね」 「あ、ああ・・・。何で知ってるんだ?」 「いちおーこれでも神サマやってますから。力半分でも色々できるんですよ」 読心術とかそういうやつか。女神はあははーと笑って続ける。 「で、あれって刃のあり余る魔力の副作用なんですよね」 「それも世界との濃度差がどーのこーのってやつか」 「そうです。あれのおかげで魔法の類が使えるようなんですけど、どうもあれが消え ると元の世界に強制送還されるみたいなんです」 「はぁ!?」 「本当ですよ。何たって仕掛人の姉さん達からきき出してきましたから」 全く暇なんですから姉さん達はとか言いつつため息をつく。 「・・・何で、それを俺に?」 言うと、女神は真面目な顔になり、 「心の準備は、あった方が良いでしょう?」 まっすぐ見つめる、紫の瞳。 「・・・・・・。」 目をそらす。 「本人には言ってません・・・まだ。そのうち気付くでしょうけど」 俺が黙ったままでいると、 「長居すると迷惑がかかりますから、もう帰りますね」 呟くように言って、姿を消した。 そのまま、しばらく一人で部屋に座っていると、前触れもなくドアが開いた。 「--------!?」 開いた先には夏姫が不機嫌そうな顔で腕を組んでいた。 「オネーサマとこれから出かけるから、ヒマそーなあんたも連れて行こうかと思って 来たんだけど・・・・やめたわ」 「・・・何でだよ」 「一緒に居たらあんたどーせしゃべっちゃうでしょ今の」 当然の事のようにぴしゃりと言う。 「あんたが納得するまで一人で悩んでなさい」 「----んでお前にそんな事言われなくちゃならねんだよ!」 拳を握りしめて声を荒げる。やつあたり。そんな事はわかってる。 夏姫は一瞬顔を強ばらせた後、片目の下にしわを刻んで一言、 「女をなめないことね」 言い捨てて、力いっぱいドアを閉めて行ってしまった。 夏姫は本気で俺を1人に放っておくつもりらしく、あの日からずっと奴を預かって いるようだった。ついでに俺をシカトし続けている。のだが、 「それでねーオネーサマったらさー」 「夏姫それもう聞いたってばさ」 「いいじゃないあたしがしゃべりたいんだから」 ・・・わざわざ毎日遼のところに来て、聞こえよがしに近況報告をしやがるのだ。 すぐ近くの俺の席で寝たふりをしながら、しっかり聞いてしまう自分が悲しい。 そんなある日、俺が屋上で一人ぼーっとしていると、珍しく遼がやってきた。 「どうした?」 「それは僕のせりふだよ」 「は?」 真面目な顔をして立っている遼を、フェンスにもたれたまま見返す。 「・・・夏姫とケンカでもしたの?最近全然口きかないじゃないか」 「・・・別に」 ついと目をそらす。それにむっときたらしく、怒った声が返ってきた。 「じゃあ何で刃さんは夏姫のところに居るのさ」 「・・・知るか」 目を合わせないまま吐き捨てると、急に胸ぐらをつかまれた。 「そんな訳ないじゃないか!何隠してるんだよ!」 「知らねぇって言ってんだろ!」 叫んで、振り払ったつもりが突き飛ばしてしまったらしく、遼はよろけて尻もちを ついた。 「・・・何だよそれ」 俺が謝る前に、険悪な顔で睨みあげてくる。 「僕だけのけ者にして!」 怒鳴って立ち上がったとき、上から声が降ってきた。 「----何だ何だァ?男同士で痴話喧嘩かよ」 声の主はいつかと同じように、屋上出入り口の上に突っ立ってにやにや笑っていた。 見慣れた白いカッターとジーンズ姿。しかしそれにはやたらと染みがついていた。 「何でこんなところにいるんだあんた」 「何でつって、あの間抜け女神がひとっところから動かねーモンだからザコ共がうよ うよしててなー。それ消してまわってるトコだ。で、只今小休止ィー」 言ってだらんと縁に座り込む。 「またあの変なのが----」 と、俺が言いかけたとき、 「刃さんはどうして今夏姫の所に住んでるの!?」 「え?知らね。夏姫にさらわれただけだしオレ」 息せききって言った遼の言葉はあっさりと返された。 「そんなぁ・・・さらわれたって・・・帰るとか何とかするんじゃないの?普通」 「んー?イヤそーゆー事考える前にごたごたしだしたかんなー」 はっはっはと呑気に笑う。それにますます毒気を抜かれたらしく、遼もはうと息を ついた。 「じゃあ、またあの変な生き物が大量発生ってどういうことなの?」 「どーもこーも。あのバカのちからが安定してきてるってェのに、当人が教会ン中か ら動かねーモンだから下衆共が狙いに出てきてやがんだよ」 「・・・それ大変な気がするんだけど。とっても」 「まァな。んでも実戦訓練してると思やいいだろ。実際体がナマらんでいいし」 「いやあんたの事だけじゃないだろ」 「あー、こっちの話か」 下を指して片あぐらをかく。 「そりゃザコでもフツーの奴らにゃじゅーぶん強敵だし、チャチいのでもあんまし世 界超えて来てると間の壁?みたいなモンにヒビがはいってくるしなー」 「ひび!?ってことはそれが大きくなったら・・・」 「あぁ。大物が来るかもな」 事も無げに言いやがる。 「そんな事になったら大変じゃない!どうしてそんなに他人事みたいに言うんだよ」 「大変だァな。でもオレってばスゲー自己中なんだわ。ひょいひょいこっち来れるよ ーなのだったらあの間抜け女神とオレでどーにかなると思うんだが、住んでる連中の 保障はできねェ」 そこで何かに気付いたように顔を上げて、 「ゆえにひとごとなんだが・・・」 にやりと笑って飛び降り、続ける。 「手の届く範囲なら、そこで立ち聞きしてんのも含めて命の保障はしてやんぜ」 「立ち聞き?」 かまわず奴は屋上出入り口の方に向いて言った。 「っつーコトで出て来い2つ共ー」 「2つって・・・」 遼が呟いたのと同時くらいに、屋上の隅に例の物体が現れた。そして緊張感のない 悲鳴があがる。 「っキャー。またぁ?」 「・・・夏姫のアホか・・・」 「だろうとは思ってたけど・・・」 俺達がうめいているあいだに、奴は物体との間に立って落ちていたコンクリート破 片を拾い上げた。物体がゆっくりと寄ってきているのを見ると、力いっぱいそれをぶ ん投げる。 鈍い音をたてて破片に直撃された物体は、フェンスにぶち当たったと思うとそのま ま消えた。 「好調こーちょー♪」 3人がほっとして、奴が嬉々とした声をあげる。と、夏姫がざっと顔色を変えた。 「げ。ちょっとまた出てきたわよー!」 「っだー!また大量発生しやがって!オレについてきたのか!?」 見回すと、屋上フェンスの周りを変な物体が色んな種類取り混ぜてうじゃうじゃ取 り囲んでいた。夕暮れに濃い陰影をつけられて、怖さが強調されていたりする。 すぐに奴は身構えたが、 「・・・すぐに寄って来ねえ・・・?」 呟いて、はっとこっちに顔を向けた。 「お前らあの教会まで走れ!」 「何でっ!?」 「いーからとりあえずガッコの外に出ろ!こりゃやべェ!」 屋上出入り口に俺達を押し込むと、自分は戸口に立って背を向ける。 「あんたは!?」 「そのうちいく!」 俺がまだ口を開きかけたとき、扉は閉められた。 「明!何ぼさっとしてんのよ!」 夏姫の声に気を取り直して、階段を駆け下り始める。 何が起こってるんだ?何であんな気色の悪いものが居る?何で俺達は逃げてるんだ? どうしてあいつがひとりでたたかわなきゃならない? いらいらと降りていくと、2階で遼の奴が鞄を取りにいくとか言い出した。 「どうしよう邪魔になるかな?でもないと後で困るし・・・」 「悩んでる間に取って来いよ」 「そうする!」 ばたばたと放課後の無人の廊下を走っていく。そしてはたと夏姫が呟いた。 「何でこんなに人が居ないのよ」 俺に言っているわけじゃなく、虚空を見つめて続ける。 「まだ4時よ?野球部とかが部活してそうなのに外にも誰も居ない・・・。もしかして もう現実空間から切り離されたとか結界が張ってあるとか?」 おろおろしているんだか喜んでいるんだかよくわからない口調でぶつぶつ言っている。 それを見ていて、俺はぎり、と奥歯をかんで拳を握り締めた。 「・・・馬鹿げてる」 「え?」 きょとんと夏姫が顔を向ける。 「馬鹿げてるっつったんだよ。何が魔法だ!?何が闇の者だ!?ふざけんじゃねぇぞ!!」 帰ってきた遼が俺の声にびくりと一瞬足を止める。 「とぼけた事言うのもいいかげんにしやがれ。俺は普通の日常送っていきたいんだよ」 そろそろと、夏姫の後ろに隠れるように遼が鞄を抱えて立つ。 「行くぞ!」 「どこへ?」 「あいつの言ってた教会に決まってんだろ!そこに行きゃ元に戻るだろ色々と」 言って、階段の手すりに手をかけると、背後で夏姫がふっと笑った。 「わけわかんない事言ってないでさっさと行きなさいよっ」 背中を蹴飛ばされて、俺は危うく転げ落ちるところだった。 外はちょうど一番周りが見にくい時間帯で、ついでにあの教会は学校から遠かった。 「電車使ったほうが良かったんじゃないかな」 路地を歩いている遼が呟くと、夏姫が凶悪な顔を向ける。 「これだけ来ててンな事言わないでくれる?」 「そいやー一駅分くらいあったなー」 「うあぁ!突然わいてくんなよあんた」 いつの間にか後ろに付いてきていた奴は、はっはっはと笑って髪をかきあげると、 「ひとを蛆虫みたいに言うなコラ。とりあえずさっきのは片付けてきたんだが・・・」 「えぇ!?もうやっつけたの?」 「イヤ追っ払っただけみたいなモンだ。だから早めにあそこへ行けとか言おうとした んだがな今。いつまた発生しやがるかわかんねーし」 言いながら、かきあげていた髪をまとめて縛った。 「っつーコトで急ぐぞ」 言葉とともに、あっさり例の羽を現す。での真っ黒だったそれはもう、むこうが透 けて見えるくらいになっていた。 女神の言葉がよみがえる。 羽が消えると元の世界に強制送還されるみたいなんです。 一瞬体が動かせないでいる俺をよそに、遼が嬉しそうな声をあげる。 「うわぁすごいすごい!羽なんか出せるんだ!」 「素晴らしかろうがふふふ。まァ崇め奉ったところで手ェ出せ」 「?」 不思議顔の遼の手を取ると、反対側で夏姫を抱え、その先で俺の襟首をつかんだ。 そして一気に浮き上がったかと思うと、急発進した。Gに一瞬息が詰まる。が、息苦 しさもその一瞬だった。 「うーっし。着いたぞ」 呑気な声で言うと、ばさばさと羽ばたいて降りていく。 「ううう・・・慣性の法則うぅぅぅぅぅぅ〜」 何やら夏姫がうめいているが、相手をする元気も無く俺は地面に転がった。 「やっぱし高速でかっとばすと消耗すんな〜。うー」 さっさと羽を消すと、追い払うとうにてを振って、 「んじゃお前らなか入ってろぃ。ついでにあのアホに出て来いっつっといてくれ」 「僕たちにも何か出来ないの?」 「言うと思ったけどな。生憎お前らじゃアレ共に効くよーな事はできねー。はっきり 言や足手まといだ」 腕を組んで言い放つ。 「じゃせめて外を見せて。ここの窓って全部ステンドグラスはまってんのよ」 「見えねェからこそここが結界んなるんじゃねーか。やつらに見られちゃオシマイだ」 「----見るだけならできますよ〜」 ひょいと話に入ってきたのは女神さんだった。教会の扉の隙間から頭だけ出している。 「テメ今まで何してやがった」 「まぁまぁ、文句は後で」 にこにこ笑いながら扉を開けて出てくる。 「刃が左耳につけてるピアスあるでしょう?それを三人のうち誰かが持っていれば、 それを媒介にして映像を送ることが出来るんですよ。私の代わりに結界の柱になりま すし」 「そんな便利なモンだったのかコレ。もらいもんだけど」 慣れた手つきで赤い石のついたそれを外すと、まじまじと眺める。 「説明すると長くなるんですけどね。要は高エネルギー体の結晶ですから。ではそろ そろなかに入っていただけますか?」 「あー来てんなーまた大量に」 空の彼方を見やって、眉間にシワを寄せてうめくと、奴はほいと俺にピアス手渡し た。俺がおずおずと受け取ると、苦笑して、 「オイオイそんな情けねェ顔すんじゃねーよ。今すぐオレが消えて居なくなるっつー ワケじゃねーんだし」 「あ・・・ああ」 自覚は無かったが。 「おとなしくあん中入ってオレの勇姿でも見てやがれ」 にっと笑うと、俺の背中を叩いて教会の中へ押し込んだ。 「今すぐ消えて居なくなるわけじゃない----言ってくれるわねオネーサマも」 扉が閉まった途端、夏姫が腕を組んで言った。 教会の中はたくさんのろうそくが灯り、説教台の前には魔方陣らしいものが描かれ ていた。そっちへ歩いていく。 「・・・知ってて言ってんだろうよ」 「でしょーね。それより気になんのはあんたの態度よ」 「態度?」 一番前の長椅子に座って夏姫を見上げる。 「学校じゃとりあえず『日常』に戻りたいみたいな事言ってたけどォ?オネーサマに 会った途端優柔不断になっちゃってさーア」 魔方陣を眺めていた遼がちらりとこっちを見、歩いてきて夏姫の後ろに座った。 「惚れてんならホれてるでなーんかカッコ良い所でも見せなさいよねー」 「なっ・・・お前なんでそれ・・・」 「何バレてないとでも思ってたの?果てしないおバカねあんた」 慌てる俺を鼻で笑うと、 「女をナメないでってこないだ言ったでしょ。てゆーか遼でも気付いてたんだから」 そこで息を吐くと、すとんと長椅子の端に座る。 「たぶん、今回のでオネーサマは帰っちゃうわ。だからやれる事からやってくのよ」 「やれる事?」 「・・・あんたって本気バカね。さっき渡されたのは何よ。ソレ見ないと始まんない でしょ?」 言われて手のひらを開くとピアスが光りだし、十字架の前に映像が映し出された。 「なーんでお前ずっと引きこもりしてたんだよ。おかげでこっちゃ大メーワクだぞ」 「すいませんね〜。私一応こっちで言うキリスト教系の神サマなんで居心地良かった んです」 「てめェ・・・」 「怒らないでくださいよお。その間に結界準備したり一旦あっちに戻ってこれ取って きたりしてたんですから」 言って、奴に黒い鞘に入った刀を渡す。 「おぉ。てめェにしちゃ気が効くじゃねーか」 「一言余計ですよ。でも戦力増強した方が楽ですからね」 女神が広げた手の中にも、金色の針金を編んだような杖が現れる。それぞれの愛用 の武器らしい。 「さあて、どこからでもどうぞ」 不敵に笑ったとき、夕焼け色を残していた空がざわざわと黒くなってきた。それを 見上げて、奴がしゃんと鞘鳴りをさせて刀を抜いた。 「多いぞコノヤロー。あれ全部ナマモノか?」 「そのようですねぇ。大きめのが一緒に来ちゃってるみたいですよあれだと」 「っあ゛ーめんどくせェな。任せた」 「露払いですか私は」 言いながら、かざした杖の先がすっと横に動くと、その向こうに見えていた黒い大 群が一瞬で爆発した。しかしその穴も周りから広がってくる大群にすぐ埋められる。 「手加減できませんよこの量じゃ」 「街壊さん程度に頑張れやーァ」 まるでひとごとのように言いながら刀を振って、もうやってきたらしい目玉だけ飛 んできたようなのを次々と斬っていく。今回やって来ているのは、今まで見た塊より も体の部品のようなのが多く、見た目のグロさが上がっている。 「刃!ちょっと大技いきますよ」 「おう。まーかせた」 女神さんは教会の十字架の上に跳びあがると、大群に両手をかざして一声気合いの 声をあげた。すると真っ白な光が伸びて爆発し、群れのほとんどを消し去った。 「もーちょっとですねー」 ひらりと飛び降りるついでに、寄ってきたのを杖で叩いて消していく。 「何だそろそろ親玉か?」 「強めなのがきたらもうすぐです」 にこっと笑ったかと思うと、赤いもの----バラの花びら?----を周りにまきちらし た。風に乗って飛んでいくそれは、触れた途端に生物もろとも消える。 「便利だなコノヤロ」 奴は奴で毒づくと、刀て斬ったり殴ったりたまに蹴飛ばしたりしている。それで倒 せているんだから全くデタラメなやつだ。 やがて敵の形が『生き物』に近くなってきた。それまで無傷だった二人に少しずつ 傷が増えていく。 「ちくしょうめ!」 奴が毒づいて回し蹴りを叩き込み、よろけたところに肘打ちを落として刀に一突き にする。そしてすぐ刀を抜いて跳びのくと、横合いから女神の魔法が辺りをまきこん で消失させる。・・・さっきからずっとこんな感じだ。 そんなうちに、熊に似たのの攻撃をよけて跳びのいた女神に、死角からきた一撃が 頭に直撃してふっとばされた。 「ミスティー!」 はっと振り返って駆け寄ろうとするが、奴の周りはもう囲まれている。片手で刀を 振ったまま、じり、と動きを止めた。 がたんと椅子をならして、俺は我慢できずに立ち上がった。 「どこ行く気?」 「決まってんだろ!」 「特攻でもするの?そんなに信用してないワケ?」 横目で夏姫が睨む。どこまで冷静でいる気なんだこいつは。 「そういう事じゃねえよ」 言って、出口へ行こうとする俺に、今度は遼が声をあげた。 「明!」 「何だよお前まで!」 いらいらと振り返ると、どこから持ってきたのか遼に瓶を二本押し付けられた。一 本はワインの瓶に見える。 「聖水と赤ワイン。教会のはキリストの血って言われてるから。効くかも」 「・・・おう」 礼を言うのも放っといて扉に手をかける。後ろで夏姫のなげやりな声が聞こえた。 「効かなかったらビンそのもので殴ったり切ったりすればぁ?」 -------実戦でRPGなんかするもんじゃねーな・・・。 扉を後ろ手に閉めてそう思った。前もって教会の中から見ていたとはいえ、TVで もみる感覚で、頭のどこかで別世界のものだと思ってたみたいだ。 ・・・いやむしろアクション映画のノリかこれは。しかもスプラッタ。 観客席からいきなり登場人物へ。しかも自分からときた。最悪だ。 教会の大扉にひたりと背中をつけたまま後悔しまくって、奴の姿を探した。やけに 広い教会前の庭の、少し離れた所に例の生物がかたまっている。隙間から顔が見えた。 俺はすぐに聖水のふたを開け、指でビンの口を塞いで駆け出した。 飛んでくる気色悪いのを避けて走り、あっさりたどりついて、効くことを祈りなが らかたまっている連中に聖水をぶっかけた。 「うおりゃあぁぁぁ!」 その瞬間合った奴の目が、ガスの炎の蒼に光ったように見えた。 ぎィあァァァァ!! 聖水に、煙をあげながら悲鳴か何かをあげて暴れだした生物連中から慌てて逃げる と、囲みのなかから奴の声が響いた。 「青金の陽はすみやかに紫水をめぐり----以下省略!とりあえず消えとけやァ!!」 呪文らしいものを明らかに手抜きして叫んだ途端、周りにいたのがまとめて蒸発し た。そして一人残った奴がにやりとこっちを向く。 「のこのこ出て来やがって。ぶっ殺されても知んねーぞ」 「・・・知ってるよ」 息を吐きながら答える。 「あっそ。んで今のとか持ってるソレ何だ?」 「さっきのは聖水。これは神の子の血とかいうワインだそーだ」 「ふぅん。効くんだなそーゆーの。とりあえず礼言っとくわ、すまねー」 話をしながら数歩動いて、俺を追いかけていた小さいのを斬り飛ばす。 「・・・ん?ちょっとまてよ。ワインて酒だよな」 「あたりまえだろ」 にやっと悪だくみを思いついたらしい顔で笑うと、奴は俺の腕をつかんで倒れたま まの女神さんのところへ連れて行った。金髪を地面に流したその頭には血がにじんで いる。ヤバいんじゃないかという俺を無視して、刀をしまってからワインのビンを取 って開け、気絶したままの女神さんを抱き上げて半開きの口にワインを流し込んだ。 「おいそんな事して大丈夫なのか?」 「まー見てろって」 にやにや笑う奴の腕の中で、女神さんが眉をしかめて薄く目を開いた。 「・・・・・・安いワイン使ってますねー」 「開口一番がソレかよ」 よろよろと立ち上がると、わずかにまだ明るい空を見上げた。その目がとろんとし ている。 「・・・酔ってる?」 「正解。こいつは酒に弱ェんだが、酔わせると強くなるし面白ェ」 何だその理由。 奴も立ち上がって空に目をやる。そして俺はその時やっと、大量にいた生物が消え ていることに気付いた。奴が声に笑みをにじませて言う。 「さて、やっと親玉の登場ってワケだ」 つられて見上げた空に、そいつは浮いていた。