連載めるまが小説


 
 獣の頭、両側に生えた角、筋骨隆々の浅黒い肌と毛に覆われた体。それはゲームの
CGで見たイフリートによく似ていた。
「あからさまに炎系だなオイ」
 緊張感も無く、奴が呟いた。
「・・・イフリートか?やっぱり」
 高いところに浮いたまま、こっちを見下ろしているそいつに釘付けになったまま俺
が言うと、
「いぃえェ。イフリートさんみたいな高位精霊があァんな気持ちワルイの連れてくる
わけありませんよー。ただの類似品ですー」
 酔っ払い女神が一人で笑う。
「何でそんな遠くに居るんですかぁ?私の相手がヤなんですかもしかして?」
 言ったかと思うと跳び上がり、次の瞬間にイフリートもどきの上で杖を振りかぶっ
て殴りつけた。巨体が地面に叩きつけられる。
「・・・ふふ。降りてきてくれましたね」
 半分埋まったすぐそばにふわりと降り立つと、女神は据わった目でにこにこと言う。
すると吼え声が響き、地震が起きた。
「うわぁ!」
 すかさず浮き上がった奴に、手首をつかまれてぶらさがった。俺の足の下で地割れ
が広がっていく。もちろん女神さんも飛んでいて無傷だ。
 地割れの先で重いものが崩れる音がした。
「あ、教会が・・・」
 奴の声にはっとする。
「夏姫と遼がまだ居る!」
 振りほどこうとした手が、逆に強く握り締められる。
「はなせ!」
「馬鹿野郎!てめェ死ぬ気か!?まだ動くな」
 俺の目の前で、結界とやらで守られていたはずの教会がガレキに変わっていく。頭
に血が上って、熱いのか冷たいのかわからない刺激が衝きぬける。また手を振りほど
こうとして暴れる。後ろで岩の崩れるような音がする。奴の握力は信じられないくら
い強い。叫んでみても自分の声は聞こえない。獣の声しかきこえない。
 ・・・獣?
 気付いた途端に血の気が引いていった。地震がおさまって、地面に足が着いていた。
振り返ると例のイフリートもどきが立ち上がっていた。そして割れた声で怒鳴る。
「貴様!我を何と思って-------」
「知りませんよーあなたみたいな類似品なんて」
 遮って女神さんがけらけらと笑う。酔っ払いには怖いものはないらしい。
「だいったい私見て何の反応もしないなんで本ッ当ーのザコですかあなた」
 相手をバカにしきった言い方に『類似品』も言い返そうとするが、更に言葉を次ぐ
女神さんにロクにしゃべれていないようだ。
 と、女神さんが色々言っている途中で、奴が呟いた。
「あのアホが相手してる間に行ってこい。地割れに落ちんなよ」
 やっと手を放されて、俺は走り出した。地面の裂け目は底が見えない。跳び越える
こともできないせいで大回りになったが、半壊した教会へたどり着く。
「夏姫ー!遼ー!」
 ぼんやりと白くみえるガレキからは返事は無い。
 もう一度叫んでみる。
 やっぱり返事は無い。
 内臓を冷たい手でつかまれた気というのがそのときわかった。
「くそっ!」
 まだ崩れずに残っていた扉を力いっぱい開ける。
 と。
「・・・・・・は?」
 その先に見えたものに間抜けな声がもれた。
 教会のホール。
 ガレキの山なんかどこにも無く、そこでは夏姫と遼が映像を見ていた。
「・・・どうなってんだぁ?」
 外に戻ってみると、人が呑気に座るスペースなんかないくらいに、崩れたガレキが
積みあがっている。
 力が抜けて俺は扉の内側に膝をついた。
「なーにヘタってんのよ」
 夏姫がわざわざやってきて見下ろす。
「・・・何でお前ら大丈夫なんだ」
「あったりまえでしょ。あの女神サマが直々に結界張ってくれてんのよ?結界ってわ
かってる?そこの空間を切り離すってコトなのよ」
 得意げにまくしたてて扉を閉める。
「いつまで呆けてるつもり?そろそろラストよ」
 目を向けると、映像の中では再びバトルシーンに突入していた。


 振り下ろされた爪を、女神はカルく杖で受け流すと、ゆらりと動いて光る球を返す。
「私にこーげきしてくるなんていい度胸です」
 笑うが、球直撃しなかったのを見ると、杖の先に大きなやつを作りだした。
「むー。これならどうです!」
「だー!!待て待てい!」
 後ろからどつかれて、ひとかかえくらいの大きさになっていた球が消える。勢いで
倒れた女神の上を、爪が通り過ぎる。
「何するんですかぁー」
「街ごと消す気かバカったれ」
 言いながらかざした手のひらから飛んだ光球が、イフリートもどきを吹っ飛ばした。
その手で女神をはたいて襟首をつかみ、
「あんな威力のあるヤツかまさなくても、あのデカブツだけ消しゃいいんだよっ!」
「そんなのめんどくさいじゃないですか。刃がやって下さいよー」
「あーもー言われなくても手は出す!つーかもう消す!」
 ぽいと女神を放って、立ち上がる。
「じゃ私寝てますねー」
「起きてやがれ」
 ぴしりと青筋浮かべて手を叩くと、バケツ一杯くらいの水が女神の上に振った。神
さん相手に容赦がない。
「ったく・・・神サマやってんならもうちょっと役に立てってんだ」
 ばきばきと手を鳴らすて、やって来ていた相手に向かってとびだした。
 一気に詰まる間。
 奴の拳がつきささるが、イフリートもどきは少しよろけただけで叩き落とそうとす
る。しかしそこにはもう奴の姿は無く、蹴りが首を襲う。
 2人のサイズは大人と子供ほどの差があるが、相手の肩を踏み台にした奴の飛び蹴
りで、イフリートもどきはバランスを崩して倒れた。その地響きが、地面の割れ目も
崩す。
「ちゃっちゃと片付けんぜ!」
 高らかに宣言すると、奴は少し間合いを取ってから、何かを抱えるように両手を広
げた。
「・・・万物の素、全ての源よ」
 呪文が始まると、翼が現れて大きく広がった。それはもう透きとおっていて、輪郭
だけが黒くかすんでいた。
「我が名は逆咲刃。暁星の祝福を受けし者」
 月明かりの下で、奴の周りだけが光り始める。倒れていた巨体が起き上がる。
「理を超えて在るものに、律を曲げるものに、我を害する彼のものに」
 腕のなかで光の球が大きくなっていく。
 翼の黒色が薄れていく。
 消えていく。


 たまらず教会を飛び出した俺の目の前で、呪文は完成した。
「-----古の契約により、完全なる滅びを!」
 叫んだのと同時に打ち出された光の球は、一瞬でイフリートもどきをのみこんだ。
 音の無い爆発。
 思わず閉じて腕でかばった目が痛い。
 光が収まった後も、開いた目がちかちかしてちゃんと見えない。なんてこった。
 爆発できれいにならされた地面を、奴が立っていた方へ歩いていく。
「明」
 振り返って見ただろう声がする。奴の声はひどく落ち着いていた。
 何度か瞬きをして、やっと目が治る。
 何気なく突っ立った奴の後ろにはもう、例の翼は見えなかった。代わりに薄く周り
を光の粒が舞っている。本人はそれを見て、
 笑った。
「どーも帰らなきゃなんねェみたいだわオレ」
「・・・知ってる」
 奴の足下がかすんできた。俺の後ろから二人分の足音が走ってくる。
「そか」
 沈黙。
 足音も止まる。
 奴の腰の辺りまで透けてきた。焦りに頭の中がほとんど白くなる。
 今。
 今、言わないと。
「・・・今、言うけど。俺・・・あんたの事が・・・」
 言いかけたとき、
「悪ィ。知ってる。そっから言うな」
 奴の声が遮った。顔を少し悪びれた風にそらして、言った。
「オレもうガキまで居るんだわ」
 頭の中が完璧に真っ白になった。
 が、脊髄反射のように、顔だけは中途半端な笑みを作る。
「・・・そうか。すまねぇ」
 呟いて、下を向く。
 そんな俺の背後で、ざっと足音がした。
「おねーさまコレ返すわ!」
 たぶん、夏姫があのピアスを投げたんだろう。音はしなかった。
「あ゛ー忘れてた。さんきゅ夏姫ィ」
「いえいえ」
「刃さん僕のこと忘れないで!」
 感極まった遼の声も続く。
「あぁ」
 短く返した奴の声に顔を上げると、ほとんど透けた極上の笑顔があった。俺が何か
言う前に、
「じゃあな」
 また明日、とでも続きそうな声が終わると同時に光がはじけた。
 そしてもう、奴の姿は消えていた。

***

 あの後、後片付けだと言って、女神が壊れたものを杖の一振りで直した。そしてま
だほろ酔いの顔で首を傾げたかと思うと、
「ほかも修理に行きますね。それじゃあこれでお別れです」
 にこにこ笑うと杖に横座りして、手を振りながら舞い上がった。何でこいつらは別
れるときだというのに笑うんだろう。
「うん。じゃあね」
「さよなら」
「またね」
 空にはもう月が輝き星が瞬いている。
 女神の姿がやがて見えなくなった。
 そのまましばらく空を見上げたあと、夏姫が息を吐いた。
「・・・まーた帰るのが遅いって怒られるわね」
「そーだな」
「勉強してたってのはどうかな?」
「図書館とっくに閉まってるぞ」
「勉強よ。ジンセイのね」
「・・・ハードな授業」
 いまいち覇気の無い笑みを交わすと、俺達は帰途についた。

 

おわり。

 

 

教室にて。

 

 

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