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コレは夜のお話。 コレはアタシとあいつのお話。 バカな頃のアタシと何だかよくわかんないあいつのお話。 ・・・ま、聞いてみて。 その日は風が強くて、十六夜の月が綺麗だったから、アタシは最上階のベランダで 手すりに頬杖ついて外を眺めてた。 レンガ造りの学都の街並みは静まりかえってて、遠くに皇立大学院の時計塔が見え る。 月の光に照らされて、見慣れたものが目新しく見える。通り過ぎる雲が、並ぶ屋根 に模様を落とす。頭の両側でくくった、アタシのピンクの髪が風に踊る。 近くに見える建物の窓はもうほとんどが真っ暗で、通りにも人影は見えない。繁華 街は遠い。 別に何を期待するワケでもなく、ぼんやり時間を過ごす。 ふっと、通りの向かい、同じつくりと高さで並ぶアパートの屋根の上に、黒い人影 が現れた。 むこうを向いて、長い髪もコートも黒く風にはためいている。 ----黒髪。 この世界に居ないはずの。 すぐに人影の正体を思いついた。近頃王都から大陸北東部にかけて出没しているっ ていう、盗賊団ワルキューレのジン。 そう思ったとき、人影がこっちを向いた。黒ずくめのなかで白く顔が浮く。 それが、にいっと笑った。 瞬きした一瞬で人影は消えた。 屋根の上にはもう猫一匹居ない。 びっくりしながらも緊張の解けたアタシがほっとした途端、隣で声がした。 「あんまり月がキレーだからって、夜更かしすると体に毒だぞ嬢ちゃん?」 慌てて振り向く。 月光が入って光る蒼い目。長い黒髪に黒装束。風に吹かれて髪の間から時々見える 左耳の赤いピアス----話に聞いたとおりの背の高いひとが、アタシの隣に立ってにや にや笑っていた。思わず止めていた息をゆっくり吐いて、言う。 「こんばんわ。ワルキューレのジンさん」 挑発にもなりそうな、けれど少しの優越感をみせたくて相手の名前を先に言う。 相手は眉を上げると、 「おお。こんな嬢ちゃんにも知られてるたァ有名人だなオレ様」 ・・・何だか感心してる。盗賊なんてのはただ怖くて乱暴なものだと思ってたけど。 と、この人達は義賊とか呼ばれてることを思い出した。だったらいきなり色々盗ま れたりはしないわよね。 でも噂じゃかなり怖がられたり憧れられたりしてんのに、ちょっと拍子抜けかも。 髪のコトをみなかったら、大通りを歩いてそうにすごいフツー。 だからかもしれないけど、アタシは急に思いついて言った。 「ねえ。入ってお茶でもしない?」 「しっかしウロついてる最中に見つかって茶ァすすめられるってのは初めてだ」 窓際のじゅうたんの上に立ったまま、どーしたモンかとか眉間にシワを寄せてる盗 賊さん。 「そお?」 部屋の隅から椅子を持って来ながら言う。 「しかも広いな部屋」 「うん」 返事をして、改めてこの部屋を見回す。 壁際に鎮座する、天井に届きそうなクローゼット。その横の姿見。もう一つの窓の そばのベッドとナイトテーブル。反対側の壁にかかった大きな風景画。あと今窓際に 持ってきた猫足のテーブルセット。 「・・・金持ちかあんた」 「違うわ。コレアタシのじゃないもの」 「?」 疑問にかまわず、ティーセットを持って来る。 「座って」 「・・・・・・よくわからん奴だなあんた」 言いながらも素直に座る盗賊さん。アタシはポットからお茶を注ぎながら返す。 「よくわかんないのはあなたも同じよ盗賊さん」 「イヤ別にオレは素性知られよーたァ思ってねーし。つか盗賊が色々知られちゃオシ マイだろーが」 「噂はいいの?」 カップを出して、自分の分に口をつける。 「アレはいいんだよ。所詮ウワサだし。うちの団長殿は怒るがな」 「ふぅん。じゃあアタシのコトも聞かないで」 「は?」 かちゃんとカップを置いて言い返す。 「片方だけなんでも知ってるなんて不公平じゃない」 「不公平って・・・名前くらい聞かせろよ。オレの名は知ってただろ?」 言われて、言っていいのかどうか少し迷う。 「・・・・・・マオよ」 「まお?」 アタシの名前に首を傾げる盗賊さんに、何か心当たりでもあったのかと思ってどき りとする。 「・・・・・猫?」 「真・緒」 字を考えてたらしい。ジト目で返す。 「わざわざフツーじゃない読みでアテないでくれる?」 「はっは。じゃオレのも教えてやるよ。『刃』ってんだ」 「刃?」 「おう。まァジンで通ってるからそうよんでくれりゃいいんだがな」 『刃』で『ジン』・・・カッコいいかも。 と、名前の字まで教える気はなかったのに、結局言ってしまった事に気付いた。名 前からすぐに素性が知れてしまうかもしれない。 そう考えていると、向こうが口を開いた。 「ところで嬢ちゃんいくつだ?とっくに日付けは変わってっからもうお子様の起きて る時間じゃねーぞ」 『お子様』その言葉にかっと血が上った。 「お子様じゃないわよっ!」 思わず怒鳴った。でも相手は笑って、 「お?何だ元気な嬢ちゃんじゃねーか。で、いくつなんだ一体」 「もう11よ!」 「11。しっかりしてんな」 「そーゆーアンタは何歳なのよ!」 びし、と指をつきつける。 答えはあっさり返った。 「15」 「へ?嘘」 「嘘吐いてどーするよ」 「だって・・・お子様お子様言うからもう20過ぎてるかと・・・」 アタシより断然背は高いし何だか落ち着いてるし、雰囲気が子供っぽくない。4つ 違うだけでこんなに差が出るもんなの? 「・・・昔っからよく言われるんだがなーソレ。っても誰がわざわざ初対面の相手に ガキっぽいトコ見せるかっての。そもそも『子供っぽい』ってヤツの定義はどーなん だ?バカの事か?」 文句を言い出した刃に、思いついてぼそっと言ってみる。 「口とがらせてグチるのは十分子供っぽいと思うけど・・・」 「む・・・」 眉間にシワを寄せて固まったかと思うと、色々決着がついたのか大きく息を吐いて、 「っはー。もータメ口でいいや真緒」 「え?」 何でそういう結論になんの。 片眉を上げてにやりと言う。 「慣れてねェだろ丁寧言葉」 「うっ」 「怒って素んなったしな。無理はしねェ方がいーぞ?」 けけけと笑って椅子にもたれ、高く足を組む刃。相手がそうするんならってんで、 アタシもジト目でにらみながら返す。 「・・・何様よアンタ」 「んン?オレ様」 ・・・・・・・・・・・ムカつくわ。すんごい。 フザけきった刃に、アタシが握り締めた拳をテーブルに叩きつけよーかと思ったと き、何かが窓から飛び込んできて、景気良く刃の頭にストライクした。 「ってー!何だァ!?」 ナイスタイミング。 こっそり笑いながら見ていると、喚く刃の方を向いてテーブルの端に着地したの は白い小鳥だった。でも背中に模様とは違う文字みたいなものが書かれてる。 「何コレ?」 「式神だァ。ったく痛ェ」 頭を押さえてなげやりに言う。 「帰って来いとさ。伝令くらいフツーに持って来いってんだ」 ・・・今ので伝達してたのかしら。 ぎっと睨むと、鳥はぱたぱたとまた窓から帰っていった。 「帰るの?」 「あァ。じゃねーとウチのだんちょー殿に更に長ェ説教くらう」 「・・・説教するんだ」 どんな盗賊団なのよ。 「じゃァな。おやすみ嬢ちゃん」 かっと窓枠に足をかけた刃が振り返って言った。 「おやすみ。・・・また来てね」 付け足したアタシの言葉に、にやと笑うと、 「ヒマがあったらな」 ベランダの手すりを蹴って、姿を消した。