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かたんと窓の開く音がした。かと思った次の瞬間、 「ったく出て来る出て来る。調べる楽しみっつーモンが無ェじゃねーかよ」 グチりながらその窓入ってきたのはやっぱり刃だった。ベッドの上でうたた寝して たアタシを無視してどさりと椅子に座り、組んだ足に肘をついて続けた。 「ウチの情報部に頼るまでも無ェ。ちょっと言ったら情報屋がべらべら喋りやがった ぞ。調べるってのはなかなか情報が見つかんねーから調べるってんだ。勿体ぶるなら それなりに判り難ィのにしてくれ」 「・・・・・・おはよー」 言ってる事の半分もわかってない頭でアタシが寝ボケた事を言うと、刃は空気が抜 けるように息を吐いた。 「真ァー緒」 「なによー」 目をこすって起き上がり、椅子に座ったところで、テーブルの上に書類みたいな紙 が放られた。アタシがそれを手に取ろうとしたとき、 「・・・南野真緒。11歳。皇立学園大学部特別入学枠の3回生」 なげやりに文章を読み上げているだけのような刃の声。見ると、視線は少しそらさ れてる。 「専攻は魔法応用学。所属サークル等は無し」 読み上げているような、じゃなくてこの書類の中身を言ってるのが、目を落として みてわかった。今まで書いた覚えの無い、アタシの履歴書。 「取得資格。第一級プログラマー、古文書解読検定八段、魔法応用学博士号」 そこで刃は言葉を切ると、眉を寄せてこっちを見た。 「何でこんなタルい事してんだ?」 「・・・どういう事よ」 「まァそりゃ応用学の博士号なんざ、神さん見つけて新魔法組みたてて発動させりゃ 取れるがな。何でわざわざ特別枠で大学入ってまた応用学やってんだよ。イヤ別にそ れが悪いって言ってんじゃねーけど。・・・・・・何つーかなァ」 困ったように息を吐くと、少し悩んでから刃は言った。 「あんた、何になりてーんだ?」 「・・・・・・」 素朴な様なその言葉に、アタシは慎重に返す。 「それ、アタシの事全部調べて、それで言ってる?」 「ああ」 「だったら『真央』のコトも知ってるわよね」 「『天才科学者南野真央』か。10年程前に死んでんな」 突然出した名前の意味をわかっているのか何なのか、普通に返される。 真面目な表情を崩すことなく、続ける。 「・・・アタシはね、それを超えたいの」 「そうか」 特に反応する訳でもなく、刃は短く応えると椅子に背中をあずけた。そして、 「喋る気んなった様だな、やっと」 始めてみる、ふわりとした笑顔。 さっきまでの硬い感じから急に。 刃からこんな表情が見れるなんて思わなかった。 「意外ー」 アタシが呆然と言うと、刃はいつもの顔に戻って瞼を半分下げた。 「何だその反応は」 「べっつにィー」 にやにや笑って返すと、 「ちくしょーさっさと喋れコラ」 「そーね。・・・アタシの肩書きさらっと流すアンタなら大丈夫かも」 「だってオレからしてフツーじゃねーもん。天下のジン様だぞ」 けけけとかフザケた笑い方をして腕を組む。 アタシはそのとき少しだけ、乗っかってるモノがそう重いものじゃないかもしれな いと思った。 だから、さらっと言えたのかも。 「アタシね、あの『南野真央』のクローンなの」 「ふゥん」 別に驚くワケでもなく、刃は相づちを打った。余計な反応しないのに安心して、ア タシはすこし笑んだ。 「っても『真央』当人の記憶なんて無いんだけどね」 「育てられた覚えねーのか?」 「そーゆー時期もあったのかもしんないけど、思い出せる範囲じゃわかんないわ」 「・・・まァよちよち歩きの頃の事なんざ覚えてらんねーか」 何だかよくわからない含みを持った笑い方をする。 「それで、『真央』の置き土産のひとつがこの家と設備」 アタシが下を指していうと、刃が小首を傾げた。 「この家っつって・・・このデカいのが家か?下の階にも人住んでんだろ」 「5階までの空き部屋ちょっといじってひとに貸してんの。家賃でいい稼ぎになるの よね」 「・・・しっかりしてんなー」 「ありがと。で、アタシが今使ってんのは最上階のココと地下だけよ」 「独り暮らしなのか?」 「まーね。人間は一人よ。したに人格プログラム入ったAIシステムなコンピュータ 4人居るけど」 「4台も!?」 びっくりした声を上げられるけど、さらっと続ける。 「3人は年季の入った連中だけど、1人はアタシが造ったコね」 「・・・おまえンな事までできんの?スゲー」 素直に感心する刃に、アタシは自嘲気味にぴっと指を立てて言った。 「そ。ソレがもう一つの置き土産」 「?どーゆーこった?」 わかんなかったらしくて、刃が眉を寄せる。 「知識よ。一般常識かあ専門技術まで『真央』が持ってた知識全部。それは物心つい たときにはもう持ってたわ」 「ってこたーつまり記憶のコピーか?」 「たぶん違うわ。アタシが持ってるのは辞書とか教科書とかの丸写しみたいなモンな んだもん」 「はー。やっぱスゲーんじゃねー?ソレ」 「うん・・・まぁ便利なときもあるわよ」 足の間から椅子に手をついて言う。 「でもね、色々知っててアタマイイけど、それは所詮ただの丸暗記みたいなもんで、 そこから進んでも必ず『真央』の影があるのよね」 「『真央』んトコのだからってか。よくある話だな」 「・・・何でそうしみじみ言うのよ」 「だってオレらんトコも駆け出しの頃はそーだったもんよ」 よくわかんなくて、少し考えてから思い出した。 「あ、先代が居たのよね。ワルキューレって」 「そ。ついでにオレはこんなナリしてるしな」 自分の黒い髪をつまんでひっぱりながら刃が言う。 「この世界に居ないはずの黒髪・・・ね。目立つのに何で染めたりしないの?」 アタシが言うと、刃は意地悪く目を細めて、 「・・・じゃあ訊こうか。どうして真緒は『真央』の遺産を捨てない?」 「それは--------・・・」 言いかけて、そんなの考えた事ないのに気付いた。 「・・・先に訊いたのはアタシよ」 「そう返すか」 目を閉じてふっと笑うと、 「確かに、昔は色変えようとか思ったさ。周りのガキ共に色々言われてたしな。でも、 やっぱまたルーシェ先生に言われてな」 「何て?」 「『今の君が君であるものの1つを失くしてはいけない』ってな。考えてみりゃ他の 奴等と違うってコトは、その分こっちじゃ名前売るのに有利なんだ。顔が知られりゃ この業界、色々ちょっかいかけてくる奴も出てくるが、渡って行きやすいんだよ」 そこまで言うと、にへ、と笑って、 「ってんで、やっぱ先生スゲーなーって」 「結局そこに戻るのね・・・」 「いーだろー別にィ」 ぶーたれたかと思うと、はう、と息を吐いていすにもたれた。 「まーとりあえず。要は持ってるモンは何でも使えってコトだな」 「・・・。そーなのかもしんないけど」 「けど?」 訊かれて、アタシも息を吐く。 「そんな風に考えれて実行できんのは、アタシが知ってる内じゃアンタくらいよ」 やる気無く言うと、刃はすっと椅子から立ち上がった。 「そうか」 背中を向けて、窓を押し開ける。少しの間そのまま外を眺めて、 「そう思うなら、しゃーねーわな」 そしてふっと振り向いて、言った。 「じゃ」 とんと窓枠を蹴って、夜の中に消えてしまった。