連載めるまが小説



”物事の善悪を決定するのは思考する存在であり、それ故世界は成り立ち、それ故善
悪は定義しきれない”
 古い本の一文。古書店で買った本のそこには、線が引いてあった。
 その本の編著者の列の中に、博士の名があることに気付いたのはつい昨日のこと。
「・・・本気何歳なのよ・・・」
 アタシがタメ息まじりに言うと、
「ソレ何年前の発行だ?」
「30年くらい前」
「・・・・・・をう」
 とか呻いたかと思うと、ヘンな顔をして固まった。
「そーゆー反応したいのはアタシだわよ。このとき20歳くらいだったとしても今50代
よ?何あの反則に若い近影!」
「・・・本人に訊いてみるのが一番なんだろーがコワくて訊けねーなー・・・」
 渋い顔で腕組みをして言う刃。
「そーね」
 開いていた本をぱたんと音を立てて閉じる。
「それはともかく。アタシ、ワルキューレについて調べてみたんだけど」
「ほぉう?」
 渋い顔をやめて、試すように笑んでこっちを見る。
「今まで知ってたウワサを含めて、ただの盗賊じゃないっていうのはわかったわ。お
金欲しくて盗みに入ってるワケじゃないみたいね」
 にやにや笑いながら黙って聞いている刃。
「ひとの家に入っても目的のものしか手をつけない。盗みに入る所によっちゃ手下と
か倒してるみたいだけど。フツーは窓割ったり戸棚あさったりするのに、盗んだ跡も
残さないし。それでも世の中に知られてるのは、時々出す予告状とかのためね。その
辺みてると怪盗っぽいんだけど」
 予告状のくだりでくすりと笑われた。でもかまわず続ける。
「それから、義賊って呼ばれてる。これから見ると、ただ盗んでんじゃなくて依頼人
が来て、それで盗みやってんじゃない?」
 アタシが言葉を切ると、刃は息を吐いて、
「半分アタリ。ちィっとばかし調べが足んねーな」
「半分?」
「依頼人なんてモンは時々しか居ねー。で、入った跡がねーっつったけど、見る奴が
見りゃどっから出入りしてどーやってモノ盗ったかは丸わかりなんだわ」
「どんな人ならわかんのよソレ」
「本物のプロ」
 ぴっと指を立てて言って、そしてそれをぐるぐるまわしながら、
「まァ世の中ザラにゃ居ねーから結局捜査じゃわかんねーだろうけど」
「それで何でわざわざバレるよーな事すんのよ」
「ありゃ副長のシュミだ。気付かれねーのも寂しいだろってんで」
 呑気に笑いながら言う刃に、アタシは大きく息を吐いた。
「・・・・・・何で捕まんないのよソレで・・・」
「オレ達実働部隊に至っちゃ顔まで知られてるがな。まーア押さえるトコ押さえてり
ゃ大丈夫だ」
 そこで言葉を切ると、意地悪く笑った。
「で、真緒。調べがついたのはそこまでか?」
 言われて、アタシは致命的かもしれない情報を出すことにした。
「もう一つ。メンバー全員が盗賊団を本業でやってるワケじゃない」
「ほう。そこまで知られたか」
 意外にも満足そうににやりと笑った。
「いいの?調べればわかるようにしてて」
「情報だだ漏れだかんなーウチ。情報部がどーにかしてるからいいけど。ってもまだ
個人データまでは出ちゃいねェよーだな」
「そこまではわかんなかったわ。検索かけて出るのって前科者だけなんだもん」
 大陸警察のデータベース使ったせいかもしんないけど、とは流石に言わないけど。
 刃は一言唸ったあと、片手を口元にあてて何か考えてたみたいだったけど、唐突に
言った。
「・・・じゃァやっぱあんたの口から聞くしかねーか」
「は?何ソレ?」
「真緒がオレの事調べてたんなら、オレも調べようとか思ったんだが。そうじゃねー
なら真緒が喋るしかねーじゃん」
「調べる気だったの?」
「自分の事言いたくなさそーだったからな。平等にしろってんならオレも調べるさ」
 あたりまえのように言われて、アタシはびっくりした。
「アタシ、そう見えるの?」
「何だ今頃。見ててそう思ったから言ったんだよ。別にどこがどーたァ言えねーが」
「・・・そう」
 隠そうとかしてるワケじゃないんだけど。
「言いたくねーことはわざわざ訊こうとは思わねェさ。オレも洗いざらい喋れるワケ
じゃねーし。それとも小出しにゃしねェってか?」
「・・・・・・」
 アタシは、自分で言ったことに後悔した。むこうにしゃべらせるために言い出した
んだけど、そのとき何でしゃべってるうちにアタシの事も言わなきゃなんなくなるっ
て気付かなかったんだろう。頭を抱えてうめく。
「・・・浅はかだったわ」
「あ、お前ズルする気だったな。てゆーか浅はかってお前ガキの使う言葉かソレ」
「アンタが言わないでよ」
「いーじゃねーかオレのがトシが上なんだからよ」
 アタシは大きなため息をついて、顔を上げた。
「とりあえず、フルネーム。南野真緒」
 刃が頭を少し傾けた。いつもより少し目つきが厳しくなる。
「ちょっと調べればいくらでも情報が出てくるわ」

 

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