「南野 真緒」


 

 まぶしくて目が覚めた。ぼんやりした頭で、目を薄く開けて思い出す。カーテンを
閉めたおぼえが無い。時計を見ると、最初の授業が始まる頃だった。また枕に頭を埋
める。そのままぼんやりしていてふと気付いた。刃は?
 起き上がるとカフェオレのいいにおいがして、ソファーには黒いコートが放ってあ
った。
「オハヨウゴザイマス」
 芝居がかった声に起き上がってみると、刃がテーブルについてカップを手にしてい
た。そこにはポットが2つと空のカップがもう1つあった。
「・・・おはよー」
「はは。眠そーだなー。台所勝手に使わせてもらったぞ」
「あーうん。いいけど」
「何か飲むか?」
「・・・じゃホットミルク」
 イマイチ頭が起きてないことを自覚しながら、ベッドから降りて向かいに座る。カ
フェオレに使ってたらしいポットから注がれるミルクをぼんやり眺めて、ふと気付く。
「台所って・・・ディオーネの管理下だわ」
「お?あのねーさんか。いいひとだったぞ、怒られたけど」
「勝手に入るなって言ったでしょ。そゆトコカタいから」
「ああ。でもいいひとだ。AIの擬似人格っつーのがわかんねーくらいだぞ」
 ディオーネさんは真央が遺したコンピュータのおねーさんな見た目の擬似人格で、
台所・水まわり関係全般を管理してくれてる。
「ありがと。でもそゆ言い方本人がイヤがるからやめたげて」
「そか。真緒がちゃんと人扱いしてっからあんないいひとなんだな」
 にっと笑ってカップを差し出され、アタシは思わず顔を赤くして、
「・・・意識してないでやってること言われるとなーんかテレるわ」
「はっは。そんなモンかやっぱ」
 カップを空けてテーブルに戻す。そして刃は立ち上がって伸びをひとつすると、
「さァてそろそろ帰るかなー」
「あ・・・」
 唐突に言われたあたりまえのことに、名残惜しさを感じた。
「何だ?」
 たぶん、何でもない時間の居心地の良さのせいだと思う。初めてか久々なのかはわ
かんないけど。
「・・・んーん。別に。そいえば陽も高いしね」
 両手で湯気の上がるカップを包んで一口飲む。甘い。
「何コレすんごい甘いんだけど」
「ああ練乳入り。やんねーか?」
「練乳ー!?フツー砂糖でしょ」
「むう。何事も経験だ」
 腕を組んでわざとらしく渋い顔をする刃。と、何か思い出したようにそれを解いて
続けた。
「そうだな。またクサい事言っちまうが」
 言いながら歩いて、コートを肩にひっかける。
「真央がお前に色々知ってる事詰め込んだのは、オレが勝手に思うだけなんだが・・・」
 言葉を濁す刃に首を傾げる。
「何?別に何言ってもかまわないけど今更」
 刃は少し横目にアタシを見たけど、やっぱり目をそらして言った。
「・・・その。色々面倒事があるだろーから、自分が居なくても大丈夫なようにっつ
ー親心なんじゃねーかと」
 照れてるみたい。でも、
「それって、死期がわかってたってこと?」
「いや。・・・そーかもしんねーが、いつまでも生きてらんねーだろ人間ってのは」
「・・・そっか」
 そういう考えもできた。でもそうしなかったのはやっぱりアタシがひねくれてるせ
いなのかも。とか思い直してると刃は唐突に、
「お子様結構。何てったって何でも出来る。今のうちに好き勝手やっとくさーァ」
 両手をポケットに突っ込んでうたうように言うと、いつもやってきていた窓を
大きく開けた。
「じゃーな。またどっかで逢うだろ」
「え?もう来ない気?」
 驚いてアタシは腰を浮かせるけど、刃は外に背中を向けたままベランダに出る。
「言ったろ?オレは好き勝手させてもらうよ。相棒の機嫌も直ってるだろうし」
 そして逆光のなかで笑って、
「元気でなーァ」
 コートの裾をひるがえして手すりに飛び移ると、それを蹴って見えなくなった。
 どこかぼんやりそれを眺めて、はっとベランダに出る。下の通りにも見える軒並み
の屋根にも、黒い姿ももう見えなかった。
「・・・はぁ」
 手すりにもたれる。高めの朝の光がまぶしい。
 そのまましばらく頭の中を整理するのにぼんやりと空を見上げた。
 好き勝手させてもらうって。それって自分もお子様って言ってるのよね。お子様だ
からって許されるコトをお子様のうちにやっとけって言いたいの?でもたぶん、自由
にやってるだけって自分のニュアンスを、言葉にしようとしたらそうなったんだと思
うわ。
 下の通りに目を移して、行き交う人たちを見ながらもうちょっと考えた。そして、
「なァんか唐突よねー」
 呟いて、部屋に戻る。まだ温いミルクを飲んで、壁の風景画に向かって言う。
「ディオーネ。きいてた?」
『勿論』
 額縁のなかがスクリーンに変わって、透けるような水色の髪と目のおねーさんが映
る。
「いいひとだって」
『有り難うございます。でもあの人ったら私のキッチンを漁ってもう!』
「あはは。グチはまた今度聞くわ」
『あら何かお話でも』
 瞬きをするディオーネに笑顔を見せて、
「アタシ、大学やめて年相応な学校行くわ」
「はい?」
 絶句するディオーネを見て、笑いがこみ上げた。短絡的かもしんないけど、気の置
けないトモダチ作る所から始めようと思ったのよ。
「皇立学園初等部に編入届け出しといてねー」
 言って、アタシは服を着替えに部屋を出た。

終。 

 

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