Act.1「求める物は?」
12月初旬の日曜日、11時。 電車を乗り継ぎ1時間半かけて、綾香はT駅のホームへと降り立った。 改札口を抜けると、傍らのベンチに彩賀亮哉は腰かけていた。 初対面の時と同じ様に、ポータブルMDプレイヤーを聞きながら、文庫本に目を落としている。 歩み寄る綾香に気づいたらしく、亮哉は、顔を上げて爽やかな笑顔で立ち上がった。 「いつも、音楽聞きながら本を読んでいるんだね」 出会うなり綾香は、亮哉に対する率直な印象を口にした。 「時間を無駄にするのが好きじゃないだけさ」 言っている内容とは裏腹に、亮哉は余裕有り気に応えた。 二人は、早速駅舎を出て、R寺庭園へと向かう。 今日は、気温は低いものの、天気は快晴に近い。 駅から、北に数百メートル歩いた所に、亮哉の言うR寺庭園はある。 亮哉と歩きながら、綾香はT市の街並みを見回した。 歴史と文化の町、と言うだけあって 建物は土塀に囲まれた、黒瓦に白壁の古風さを感じさせる物が多い。 加えて、T市は私大が所在する学生街でもある為、学生アパートも目立った。 行き交う人間も、学生が大半だ。 綾香が住む、新興住宅地とは、随分雰囲気が違う。 土塀を眺めながら、綾香は横に歩く亮哉の事を想像した。 ・・・こんな風情ある街に、住んでいるから、 彩賀君も、何となく落ち着いた雰囲気があるのかな・・・ 綾香は本人に気づかれないように、こっそりと亮哉の姿を観察する。 額に掛かる鳶色の髪と、力強い意思を込めた眼。 高そうなジャケットを羽織っているせいかも知れないが、 真っ直ぐ伸びた背筋は、同年代の男子生徒より大人びた空気を醸し出している。 視線に気づいた亮哉が、綾香の方を向いた。 慌てて目を逸らそうとする綾香に対して、微笑を向けると亮哉は再び前を向いた。 亮哉の微笑に、改めて亮哉が自分に対して興味がある事に気づかされる。 綾香は気を悪くした訳ではないが、 これ以上、亮哉の思惑に引き込まれないように、少し亮哉と距離を置いて歩き続けた。 ほどなく、目的のR寺庭園に辿り着く。 石段を登り寺内に入り、料金を支払うと、二人は建物の中へと歩き進んだ。 建物の中は少し薄暗い。 冷え込んだ廊下の板張りの冷たさが、靴下を通して伝わってくる。 両脇にある部屋の畳の湿気を含んだ匂いと微かに漂う香の煙が鼻についた。 そして、部屋を抜けると視界が開けて、一気に庭園が二人の目の前に現れた。 地面は一面、熊手で均された白砂利で、静かな波打ち際を思わせる。 左手には、背後の山畔に沿って、見事なサツキの大刈り込み。 庭園中央には、幾年の歳月を隔てた風格のある石組みが二箇所。 そして、庭園の背景には・・・ 「遠くに山が見えるだろ? あれはA山って言うんだ。 庭園の雰囲気とよく合っている。 作庭者は、庭を造る際、ここ一体の自然に溶け込むように、 設計をしたんだ。 これが借景という技術だ」 亮哉の説明に、綾香は遠く、A山を眺めた。 庭園の白砂利見下ろすように、A山はそびえ立っている。 それはまるで大海原に浮ぶ、島のように。 二人は縁側に並んで座り込む。 ●挿絵1 そして、更に亮哉の解説は続いた。 「水を使わず、砂利で水辺を表現している庭の事を枯山水って言う。 全てがそうではないが、枯山水には、島が浮ぶ海の光景を意識した物が多い。 ・・・雄大な自然を、身近に取り込みたいという思いから来ているんだな」 綾香は黙って、亮哉の声に耳を傾け続ける。 大きな瞳は庭園を見据えたまま。 「水瀬さんもそうだったんだろ?」 唐突に会話を振られて、綾香は横を向いて、亮哉と眼を合わせた。 「・・・水瀬さんも、あの公園の一郭に、 自然の光景を見出したから、写真を取ったんだろ?」 風が吹いて、亮哉の前髪が柔らかく舞い上がる。 亮哉を暫く見つめていた綾香は、 同意の意味で、大きくゆっくりと頷いた。 R寺庭園を出た後。 綾香と亮哉は石段を下った場所の傍らにある喫茶店に入った。 ここの喫茶店は、郷土メニューと称して、和風のフルーツパフェが評判で、最近、地元のTV番組で取り上げられた事がある。 そのせいか、店内はなかなか繁盛していた。 綾香は、パフェを食べながら、 亮哉からR寺庭園以外の、T市に関する歴史名所についてを聞いた。 亮哉の丁寧な話し振りと、話題の豊富さに、綾香は退屈しなかった。 ・・・友達として、付き合うなら楽しい人かも知れない・・・ 時間が経ち店を出る頃には、綾香も、亮哉に対して少しばかり胸襟を開いた。 店の扉を開けた亮哉は、 「俺、随分と話し込んでしまったな・・・ そろそろ駅まで送るよ」 と腕時計を見遣った。 時刻は午後4時前を指していた。 |