Act.3「幸せは受け継がれる」

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綾香と亮哉が足摺岬を訪れてから、半年後。
4月初旬。

綾香は、西谷と堀田、そして後輩の悠平と共に
亮哉が眠るT市の墓地へと向かった。
綾香は、そのまま付属大学へ持ち上がり
西谷と堀田は、県内の国立大学に入学し、
今日、四人は卒業後、初めて集まった。

T市へ向かう車の中、運転しながら西谷は
隣の綾香の様子をさり気なく、観察した。
亮哉の葬儀の頃に比べると、随分顔色が良くなってきている。
年末の葬儀に出席した時。
涙一つ流さず、哀しみを堪える綾香の姿は
西谷も見るに耐えなかったのだ。

車を駐車場に止め、
四人はまだ、新しい亮哉の墓の前に辿り着いた。
綾香がしゃがみ込んで、黙って線香を立てる。

背後で西谷は、思わず俯いた。
・・・彩賀。
   僕は、こんな結末は辛すぎる・・・。
それでも、西谷は生涯、この友人を尊敬する。
生死の瀬戸際になっても、想う人の幸せを願いつづける人間が
果たして、この世にどれだけいるだろうか?
四人の周囲を桜の花びらが、儚く舞い落ちるのだった。
その時、綾香達は、こちらに近づいてくる足音を聞いた。
振り返ると、なんと稔之の姿が。
稔之も亮哉の事が、ずっと気に掛かっていたのである。
稔之と視線を交えた綾香達は、再びそのまま黙り込んでしまった。
西谷達も稔之を嫌っている訳ではない。
ただ、インターハイ予選決勝以降、
あまりにも、多くの出来事が起こり過ぎ、
西谷達も、どう稔之と接して良いのか分らないのだ。
綾香も心の中で呟いた。
・・・私達は、ずっとこんなに近くに居たのに。
   どうして、こうなっちゃうんだろうね?・・・

綾香は、鞄から足摺岬の写真を取り出した。
・・・彩賀君。私はどうしたらいいの・・・?
写真の中の赤い夕日がぼやけて見える。
綾香は西谷達に、気付かれないように、そっと涙を拭こうとした。
その瞬間、風が吹いた。
一瞬、目を閉じた綾香は、再び目を開いた途端、
目の前の光景を疑った。
何と、亮哉が半透明の姿になって現れ、手をこちらに伸ばし、
自分の涙を拭っていたのだ。

『彩賀君・・・!』
綾香は、心の中で亮哉を呼んだ。
どうやら、西谷達には亮哉の姿は見えていないらしい。
『写真、ずっと持っていてくれているんだね』
やや自信ありげに浮かべる笑みは、生前と変わっていない。
『水瀬さん、俺が死んだからといって寂しがるな。
 俺は、その写真と共に、君の心の中に存在するんだ。
 俺は、あの日、ずっと水瀬さんと一緒に居たいという気持ちを込めて
 撮影した。
 だから、俺に会いたいと思えば、
 いつでも、その写真を見てくれればいいんだ』
それだけ、亮哉の綾香を想う心は強かったのである。
『ありがとう。
 こんなに私の事を好きでいてくれて』
しかし、自分はここまで亮哉の事を想っていたか?
実はそうではない。
『だけど私は彩賀君程、一途な性格じゃないんだよ?』
そう、丁度一年前。
稔之と二人で旅行した時。
もしかしたら、自分の方が、亮哉を裏切っていた可能性もあったのだ。
本当は、稔之の件でもそうかも知れない。
ずっと、稔之に裏切られたと思っていたけど。
先に、裏切られるような行動を起こしたのは、自分だ。
分っていながら。
またしても、あの時、亮哉に対しても同じ様な事をしようとしたのだ。
『それで、いいんだ。水瀬さん』
優しい笑みを亮哉は、綾香に向け続ける。
『一番大切な人間というのは、
 その時、その時で変わっていくものなんだ』

綾香の様子に異変を感じた稔之が
西谷達の間を割って、綾香の元に歩み寄ってきた。
すると、亮哉は、綾香の後ろに回りこんで、
『今度は、水瀬さんが関谷を救う番だ』
言い放つなり、綾香の背中を強く押した。
そして、亮哉は再び風と等しい存在となった。

勢いつんのめった綾香は、思わず稔之の胸の中に倒れこんだ。
最初、驚いた稔之だったが、
綾香が自分に寄り掛かっている事に気付き、
ぎこちなく腕を肩に回すと、急に綾香を強く抱きしめた。
●挿絵3
堅く抱き合う二人を見ていた西谷は、
穏やかな春の空を、仰ぎ見た。
・・・彩賀、お前って奴は・・・
西谷の目元にも微かに涙が光る。

こうして、
長い間、互いに想いを寄せ合いながらも、
擦れ違っていた二人はようやく結ばれ、
そして、生きる事を渇望した少年は、
想う少女の中に生き続ける事で、永遠の存在を手に入れるのでした。

最終章 「幸せは貴方の心の中に」終わり

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