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次の日。床で寝たせいであちこち痛い体をひきずって、俺は学校へ行ってきた。当 然、出かけるときに奴はまだ寝こけたまんまだ。親には何も言ってない。 家に帰って玄関を開けて、なかが静かな事を確認するまではかなり複雑な気分だっ た。 色々な意味で。 「ねーどこに居んのその人」 「綺麗な人だといいなぁ」 ・・・・その原因の一つがこいつらにあるかもしれないとか思う。かなり。 奴の言いなりになるのはなんとなくシャクだったが、結局は好奇心が勝って例の『 話の通じる奴』を連れてきてしまった。 「少しは黙ってろよ」 ぶつぶつ言いながら部屋のドアを開けてなかをのぞくと、奴は定位置で本なんかを 持ち出して勝手に読み散らかしていた。しかもどこから調達してきたのかちゃんと服 を着込んでいたりする。 「・・・何やってんだ?」 「お、帰ったのか。んでそいつら誰?」 あぐらの膝に頬杖をついて、目で後ろの二人を指す。もうきゃあきゃあ騒いでるの をなかに入れて適当に座らせてから、 「俺の昔っからの腐れ縁の夏姫と遼だ」 「素直に幼なじみって言いなさいよね」 と、中途半端なショートの頭を振って言う方を指して、 「・・・こっちがナツキ?」 「あー。で、このヒョロ小さいのが遼」 「リョウね。オレは刃ってーんだ。どーぞよろしく」 そう言ったのをきっかけに、夏姫が口火を切った。 「ねぇねぇあなた何でそんなに日本語上手なの?ってゆーかなんで言葉通じるの?魔 法とか使える?あーその前にどっから来たの?それから・・・」 「だー!ちょっと待ってくれよオイ」 奴がマシンガントークを遮って叫ぶと、とりあえずは黙った。一息ついてから膝の 上の本を閉じて続ける。 「そんないっぺんにわめかれちゃオレがマトモに喋れねーだろコラ。説明とかモノ教 えるってーのは苦手なんだが、一応順に話すよ」 はう、とため息とついてあぐらをかき直すと、奴はゆっくりと喋り始めた。 「ちょっと前--------っつっても時間がどーなってんだかわからねぇが、ともかくオ レは無茶苦茶な女神の気まぐれでこっちの・・・何だっけ?森だか山だかみたいなト コにかっ飛ばされたんだわ」 「え?神サマとか居る所から来たの!?」 途端に夏姫が目を輝かせる。 「あ?神さんならそこらじゅうに色々居たぞ。禁足地にちゃんと住んでるのとか人の フリしてんのとか。でー。オレ飛ばしたっつーのが創造神とやらの一人で--------」 「創造神て、あんた何したんだよ」 話の腰を折るようなタイミングで言ったが、あんまり気にしたふうもなく、 「オレぁ何もやってねーっつの。あの恐怖の双子が・・・・ってその前に言っとくが、 オレがいたトコは3つの世界で出来てるらしいんだわ。神々が住んでるっつー天界と 、魔力が強ェ奴らが住んでる魔界、んでオレらが居た地界。で、それぞれ創造神の三 姉妹が上から魔界・天界・地界と創ったってワケだ」 「・・・魔界って悪いヤツらが住んでんの?」 「いんや。単に魔法に長けてるってだけで魔界だの魔族だの呼ばわりされてるだけ。 ・・・所であんたメモなんざとってどーすんだ?」 急に自分よりデカい女に腕組みをして手元をのぞかれ、遼が慌ててノートを隠す。 「だ、だってこんな貴重な話は書いとかないと・・・」 「夏姫のバカが記憶力無いもんだからこいつが代わりやってんだ」 「っさいわね。あんただって覚えちゃいないでしょーに」 「あ゛〜わかったわかった。で、何の話してたっけか」 「三姉妹の女神サマ」 「おぉそーだった」 相槌をうつと、眉間にしわをよせて、 「・・・ぜんたいあの双子が型破りすぎるんだよ。ヒマだからって理由で高笑い上げ つつ人をどん底につき落としやがる」 「・・・なんか悪の魔道士ルックなひと連想したけど」 「え?やっぱりここは殷王朝の・・・」 「マニアな話は置いとけ」 だって俺入れねーし。 「ぬう。例えがよくわからんが、とりあえずオレはその双子にやられたってワケだ」 「ふーん。でもなんで言葉とか通じるの?」 「そこまでは知らね。こいつん家来るまでに2・3軒まわったけど話する前にすんげ ー剣幕で警察とか呼ばれそうになっただけで、考えてる間もなかったしなー。『だっ て通じてるし』しか言えねーな」 「・・・そーね」 「ミもフタも無いなぁ」 「・・・・・・」 沈黙。 「でー、次オレの事」 ひょこんと機械仕掛けのように頭を上げて立ち直ると、すぐさま話を続ける。 「色々試してみたが、どーもこっちはオレらんトコより魔素が薄いらしくてな」 「まそ?」 「その名の通り魔法の素。何?もしかして魔法こっち使えねーの!?」 力いっぱい驚く奴。 「あたりまえだろうが。そんなものが使えたらマスコミがとんでくるぞ」 「・・・マスコミ?」 「きっとそっちで言う見世物小屋に売り飛ばされるとかそーゆーカンジ」 夏姫が言うと、首をひねって少し考えた後、 「・・・。じゃこんなんもダメか?」 言いながら立てた指の先に、ぽっと小さな光の球が浮かんだ。 「うっわすごーい!初めて見たー!」 「僕もだよ!」 「ってか普通見れねぇだろ」 またきゃあきゃあ騒ぎ始める2人に紛れてしっかり俺もくぎ付けになっていたりす る。しかし球はすぐに消えた。 「どうもオレと外との濃度差の隙間でしか使えんよーだな」 ぼつりと呟いて指先を眺めたあと、それを窓の外に向けて、 「ところでもう暗いんだが。帰んなくていいのかあんたら」 「え?何ちょっ・・・もう6時!?あたしご飯食べに帰るわ。じゃねー」 「あぁ!僕も塾があったんだ!」 それぞれに叫んでばたばたと帰っていく2人を呆然とながめて、くるとこっちへ顔 を向ける。 「・・・明。あんたは?」 「いや俺は別に何もないし」 「メシとか」 「親、まだだし。あ。そういえばあんたの事親に何て言えばいいんだ!?」 素直に言っても信じてもらえるわけは無いし、どう言っても怪しい。 「えー別にフツーに拾ったとかホレたとか言えば?」 「あんたみたいに羽生える奴をどう言えってんだよ」 「・・・・見たのか?」 奴の声色と表情が変わった。 青い瞳を離さないままで息のかかる距離までつめより、少し睨むような上目遣いで 見てくる。その瞳孔が猫のそれのように切れ上がっているのに気付き、背筋が寒くな った。こいつは別の世界から来たんだということを急にはっきり実感して、内臓を冷 たい手でつかまれたようなかんじで冷や汗が出る。心臓がかなりばっくんばっくんい ってるのがかなりわかる。 どれくらいそのままだったのか。 唐突に奴は唇の端をつり上げると、ひっくりかえって爆笑し始めた。 「だーっはっはっは面白ェ!わかりやすいのなお前!!」 「・・・・はぁ?」 「だって、おま・・・げふげふ。すんげー死にそな顔、すんだもん」 引き笑いしつつ言って腹を抱えている。 ・・・結局。はぐらかされてしまった事に俺が気付いたのは、その日の夜になって からだった。