第四幕 伍

 分厚い封書を持った誠司が皆に収集を掛けたのはその一週間程後だった。
白尾屋の奥座敷に、莞、八房、剣介、透と誠司、貴乃、花雪、そして源五郎とお空が顔を揃える。
 まず莞が、誠司の手にした紙束に目を留めた。
「青城殿、それは?」
「切り札。ようやく揃った」
短く答え、それから誠司は皆の顔を一人ずつ見渡した。
「…正直今までも迷ってるとこはあるんだが、正攻法で行っても握り潰される可能性が大きい以上、俺は
三条卿の屋敷に直接乗り込んで、直談判で罪を認めさせるしかないと思ってる」
その言葉に、流石に皆が目を剥いた。
「無茶ではないのか、青城殿」
代表する形で八房が言を放つ。
「承知の上だ。だが…どうやっても、これ以上の方法が思い付かなかった。下手に御公儀に持ち込んでも
相手が御家老殿じゃ逆効果にしかならないからな」
「どうやって乗り込むつもりっすか?」
これは剣介である。誠司はその横に座っていた透に手を伸ばした。
「その為に、透に三条邸の見取り図作ってもらった。貸してくれ」
「ん」
 大判の半紙が広げられ、皆の視線がそこに集まる。流石様々な技術を教え込まれただけあって、詳細な図面は
分かりやすく、控えの人数がどの程度いるかまでが記されてあった。誠司はそれを指差しながら続ける。
「まず、俺と貴乃は表門から直接行こうと思う。当然門前払い食わされるだろうが、その隙に、八房殿、剣介殿、
それから透が邸内に忍び込んで騒ぎを起こして欲しい。俺達はその混乱に乗じて押し通る。
透なら警護の手薄なところも分かるだろう?」
「ん」
 探索ごとで留守にする事が多かったとは言え、元々自分が暮らしていた場所だ。それくらいはお手の物らしかった。
「で、途中で合流して、三条卿の居室まで乗り込みたい。危険は多いが…やってくれるか?」
 真摯な眼差しに三人はそれぞれ頷いた。元々、白尾屋に降り掛かった火の粉だ。白尾屋の面々がそれを払うのは
当然と言えた。
「で、俺達はどうすりゃいいんだ?」
いつもと変わらぬ様子で源五郎が尋ねてくる。
「源さん達は、悪いけど白尾屋の用心棒を頼む。むしろ心配なのはこっちの方でもあるんだ。八房殿たちが出てる以上、
白尾屋を守る手勢も必要になってくるからな」
「成る程な。見張り役ってわけか。いいぜ、引き受けた」
戦う事の出来る者が三条邸に集結するとなると、こちらが手薄になる。それには皆で集まって用心していた方が
良さそうだった。
「お空ちゃんもお嬢殿も、ここで待っててくれるか?」
「うん、いいよ」
「嫌」
二つの声が同時に違う言葉を発した。お空は目をぱちくりさせ、斜め向かいに座った少女の顔を見る。
悲惨なほどに思いつめた表情がそこにあった。
「…あたしが知りたいのは、何で三条卿って人がこんな事をやったかなの。大人しく事後報告を待ってるだけ
なんて嫌よ。…お願い、あたしも連れて行って」
「無茶です!」
間髪入れずに割り込んだのは貴乃だった。
「花雪殿、貴方は事態を甘く見すぎている。相手が相手なんですよ?危険過ぎます」
「薙刀くらいは使えるもの!自分の身は自分で守るわよ!」
「女子供の手遊(すさ)びが武士に通用するとお思いですか?」
「やってみないと分からないじゃない、そんな事!」
いつもどおりの口喧嘩が始まった。誠司は少し面白そうに二人を眺め、そしてぽんっと膝を叩いた。
「お嬢殿、さっき言った通り、自分の身は自分で守れると思うんだな?」
「守るつもりよ。…足手まといになるのは分かってるけど、お願い」
「誠司様!」
「そうむきになるなよ貴乃。お嬢殿ご自身がこう言ってるんだ」
「何を考えてるんですか誠司様!危険に決まってるじゃないですか!」
「じゃ、おまえがしっかり守ってやれ」
にやり、と、人の悪い笑み。
「お嬢殿は自分で何とかするって言ってる。それは無理だって言ってるのがおまえ。だったら、おまえが
お嬢殿を守ってやれば済む話だろう?」
「…誠司様…」
貴乃はさらに言い募ろうとして、結局、諦めた。こういうときの誠司に逆らっても無駄だと長年の経験が教えてくれる。
それに…目の前の、この小生意気な少女を、自分の手で守りたいという心があるのも、本当の事だったからだ。
 勿論、誰にも言うつもりはないけれど。
「…分かりましたよ…。花雪殿、その代わり、絶対に俺達から離れないで下さいね」
「いいの?!ありがとうっ!」
名前の通り、花のような笑顔。見ていたいと思い始めたのはいつ頃だったか。
「それで、青城殿」
それまで沈黙を守っていた莞が声を発した。
「俺は、何をすればいいんですか?」
自分の部下を死地になるかも知れない場所に送り込み、お役目とは言え誠司達を危険な目に遭わせる。
それで、自身はどうすれば良いのか。誠司の答えは明瞭だった。
「白尾屋を守ってくれ」
単純といえば単純すぎる言葉に二、三度瞬く。
「これを戦と考えりゃ、白尾屋は自陣、あんたはその総大将だ。大将の仕事は指揮権を執ることだろ?
白尾屋にしっかり座って、俺達を待つのが仕事と言やあ仕事だな」
一瞬、納得できない思いが湧きあがる。しかし莞はそれを押さえ込んだ。確かに自分は白尾屋の主で、
ここを守っていくのが勤めだ。それが道理なのだとは、分かっていたから。
「…ええ、承知しました」
「他の皆も良いか?」
誠司は再びぐるりと見渡す。その眼差しがいつも以上に真剣なので、自然、皆の表情も引き締まる。
「決行は三日後の夜を考えてる。年内にケリを付けたいところだからな。皆思うところはあるだろうが、
ここは俺に従って欲しい。必ず、三条卿に罪を認めさせて、もう二度と白尾屋に…いや、阿片なんぞに
関わらせないようにする」
覚悟を求める声に、皆がしっかりと頷きを返した。
 それぞれの胸に燈った火が、確かに燃え始める夜のこと。
 白いものを混じらせながら、冷たい風が、路地を吹き抜けていった。


前頁 次頁