Act.3「少年は誓う(上)

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明けて、月曜日。
始業開始10分前。
亮哉と西谷の所属する特別進学科の教室。

肩をがっくり落として、自分の席へと向かう亮哉。
表情にいつもの覇気は無かった。
先に着席していた西谷が、いつもと様子が違う事に感づいて、黙って後ろを向いて亮哉の顔色を窺った。
挨拶も無しに亮哉はいきなり話題を切り出す。
「俺・・・水瀬さんに怪我させてしまった・・・
 不用心だった・・・」
ガクンと体を落とす様に亮哉は椅子に座った。
「美樹ちゃんから聞いたよ。
 水瀬さん、大事をとって2.3日学校を休むみたいだね。
 でも、捻挫は大した事が無いみたいだよ。
 まぁ・・・自分を責める気持ちも分るけど・・・
 あまり気にしない方がいいよ」
亮哉を慰めるように、西谷はゆっくりと応えた。
「俺、水瀬さんの彼氏から怒られてしまった・・・
 水瀬さん、体育科の奴と付き合っているんだな・・・」
亮哉の呟きを聞いた西谷の顔が一瞬固まる。
「あ、関谷の事だね? 
 彼氏ではないよ」
西谷は綾香と稔之の関係を表面的な部分だけ、簡潔に亮哉に説明した。
内面の動揺を亮哉に感じ取られないように。

「成る程・・・」
大体の事情を理解した亮哉は、昨日の自分に向けられた、稔之の敵意に近い視線を思い出した。
・・・関谷の片思いか・・・
そして、バイクにまたがる際に見せた、綾香のすがるような目線も再び思い浮かべた。
・・・まだ、俺にも望みがあるって訳だな・・・
怪我をさせた負い目に沈んでいた暗い気持ちに一筋の光が見えた様な気がする。

いつの間にか、始業を告げるチャイムが鳴り、
教壇では教師が教科書を開き、確率・統計の公式を黒板に写し始める。
通常の亮哉なら、既に頭を切り替えノートをマメに取る学業熱心な生徒に戻っていただろう。
だが、いつも逃さない教師の声が亮哉の耳を素通りしていく。
現在の亮哉の脳裏に浮ぶのは、昨日の綾香の表情ばかり。

背後から真っ赤に染まった太陽光線を浴びて、繊細な美しさを称えた姿。
不謹慎だと分りつつも、斜面の草原に転がり落ちる前の怯えた表情。
彼女の何がそんな顔をさせる?
胸の内が少しづつ、少しづつ火照っていく。
同時に怪我をさせた申し訳ない気持ちに、心の中が苦しくなる。
俺は一体どうしてしまったんだ?
怪我をさせてしまって・・・水瀬さんに悪い事をしてしまった・・・

異性にモテるが故に、自分から人を好きになった事がない亮哉。
綾香に対して芽生えた憧憬を、怪我をさせてしまった責任へとすりかえる自分に
気が付かなかった。

数時間後。
午前の授業の終わりを告げるチャイムが学内に鳴り響く。
努めて穏やかな表情で亮哉の方を振り返った西谷は、思わず唖然とした。
亮哉の机の上は、一時間目の数学の教科書とノートが開いたまま。
しかも予習の段階で、全く手がつけられていない。
一体、どうしてしまったんだ?
と声をかけそうになる西谷の機先を制するように
「俺、今度の週末、水瀬さん家にお見舞いに行こうかと考えているんだ」
片頬づえをつき、目線を机上に落としたままの亮哉は力なく、考えを声にした。

●挿絵4
「・・・・・・」
返答に詰まる西谷に
「逆に迷惑だろうか?」
姿勢を崩さず、亮哉は再び呟いた。
西谷はしばらく考え込んだ後、
「いや・・・そんな事はないと思うよ。
 ただ、水瀬さんの家は彩賀の所から随分遠いじゃないか。
 場所も分からないだろう?
 僕も一緒に行くよ」
ところが西谷の気遣いを振り切るように亮哉は、強い声で切り返した。
「気遣いは嬉しい。武ちゃん。
 だが、これは水瀬さんを怪我させた、俺の責任だ。
 俺が一人で行ってくる」
迷いを振り切った様に亮哉は席を立ち上がって、教室の外へと出て行ってしまった。
その後ろ姿を心配そうに、西谷は見つめていた。
実は亮哉が綾香の所へ訪れる事に対しての懸念は、全く別の所にあったのだ。

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