Act.2「relationship(綾香編)」

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綾香は周りを見回した。
自分が今立っている所。
かつて綾香と稔之が通っていた小学校のプールサイドだった。
挿絵4
もう秋も半ばだろうか。
プールの水は緑がかって底が見えない。
冷たい風が一瞬ビュッと強く吹いた。
風は床のコンクリートを跳ね上がり、綾香の白いワンピースの裾を軽く翻した。
綾香の姿は小学生時代に戻っていた。
「やっと来たよー」
背中に投げつけられた声を聞いた綾香は、振り返った。
プールサイドを囲うフェンスの前に、女の子が三人。
顔は見覚えがあった。
同じクラスの、普段はほとんど口を聞かないグループの女子だ。
三人の口元は嘲りの笑みで弛んでいる。
綾香に対して敵意を持っている事は明らかだ。

「約束どおり来ました・・・だから
 鞄返してください・・・」
自分の唇から自然と出た言葉を、紡ぐ綾香。
どうやら、自分は何らかの形で呼び出されたらしい。
「先にさ、聞きたい事あるんだけど。
 あんた、最近西条君と一緒に学校帰っているじゃない?
 あれってどういう事?
 亜紀が、西条君が好きって知ってやっている事なのかな?」
中央の背の高い女生徒が綾香に対して、挑発的な言葉を向けた。
同時に右端の女生徒が唇を噛み締めて、俯いた。
綾香は、ここ最近自分の持ち物が一時的に紛失する原因を悟った。
「・・・西条君とは、同じ塾に通っているんだ。
 だから、たまたま一緒に、行っているだけ・・・」
綾香は恐怖を押し殺して、かすれた声で訴えた。
しかし、必死の訴えは、三人には言い分けとしか受け止められないだろう。
西条が自分に対して好意を持っている事は、綾香も気づいていた。
気づいていながら、西条と一緒に帰る事を同意した自分にも落ち度はある。

いや、一番の落ち度は。
自分は稔之の事が好きなのに、
他の少年と行動を共にしている所だろう。

そう、綾香の初恋の相手は実は稔之だった。
六年前、稔之の両親が離婚して以来、朝と夕に食事の度に訪れる稔之。
普段は無口で、綾香に笑いかける事の少ない稔之であったが、
決して器用ではない綾香に、助けの手を差し伸べる稔之を、
綾香は密かに慕うようになった。
運動会のリレーで常にごぼう抜きをする稔之を、綾香は誇らしい気分で遠くから眺めたりしていた。
当の稔之は、綾香の気持ちを知ってか知らずか。
相変わらず無愛想なままなのだが。

「そう、まぁ・・・いいわ。返したげる」
真ん中の女生徒は、口元を皮肉に吊り上げたまま、
綾香の近くに歩み寄った。
綾香が手提げ袋に手を伸ばそうとした瞬間・・・
女生徒は綾香の左肩を強く押した。

・・・!!
叫ぶ間もなく、水中へと綾香の体は放り込まれた。
水しぶきがあがり、水滴がコンクリート床に散った。
渇いた笑い声を残して、三人はプールサイドを走り去る。
水の冷たさが綾香の全身に突き刺さる。
口の中に苦い水が入り込み、足はぬめりにとられてうまく動かない。
が、水の深さは大した事ないのが幸いして、綾香は何とか、プールの端へと辿り着いた。
縁をつかんで、這い登ろうとした時。
綾香は、見慣れた長い足を、水でぼやけた視界に見た。
『稔之だ』
嬉しさと安堵で一杯になった綾香は、顔を上に向けた。

しかし、次の瞬間。
綾香の表情は絶望に凍りついた。

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