Act.4「波乱の幕開け」

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4月。
綾香達は三年生になった。
始業式を終えて、綾香は再び、亮哉のいる図書室前の渡り廊下へと向かった。
亮哉はいつも通り、図書室の入り口の前で立っている。
「彩賀君、これ、高千穂でのおみやげー」
日向夏みかんゼリーを手渡す、綾香。
「高千穂はどうだったか?」
「景色、最高だったよー。
 一泊しかしなかったから、のんびりは出来なかったけどね」
と、綾香は写真を見せた。

亮哉は受け取った写真を見る。
以前、借景のアドバイスをして以来、綾香の写真はまとまりが良くなった。
本人の努力次第では、今後一段と上達していくかも知れない。
「関谷は、写真について何か言っていたか?」
亮哉は何気なく聞いたつもりだった。
「え?どういうこと?」
綾香の頬が赤くなる。
「いや、同行したんだろ?関谷」
怪訝そうに亮哉は再び尋ねた。

「・・・・・・」
実は、綾香は旅行から帰って以来、意図的に稔之とは顔を合わせていない。
一人で考え事をしている時、どうしても思い出してしまうのだ。
あの夜の稔之の背中を。
現に今も、はっきりとあの時の状景が思い浮かぶ。
面と向かって打ち明けられた訳ではない。
だけど、はっきり伝わってきた。
『関谷君は、私のことが好き』
そして、それ以上の出来事を稔之が望んでいた事も。
嘘をつけない綾香は、亮哉が目の前にいるにも係わらず、耳たぶまで赤くなってしまう。

・・・・・?
亮哉は、綾香の様子がいつもと違う事に既に感づいていた。
恥ずかしそうに下を向いた綾香は、春休み以前には感じられなかった、
微かな色気を放っている。
ギリッと亮哉の心は疼いた。
・・・まさか・・・
旅行先で稔之と何かあったというのか?
・・・そんな・・・
今、ショックを受ける位なら。
何故、俺は水瀬さんが関谷と一緒に旅行に行くと聞いた時、止めなかった?
あの時、自分は寛大を装ったつもりでも。
本当は、嫉妬するみっともない姿を見せたくなかっただけなのか?
全身から脂汗が流れ出る。
突然、亮哉は吐き気をおぼえた。
せめて、トイレに行くまで我慢しようと手を口に押さえる。
が、視界は徐々に暗くなり、目の前は真っ暗になっていく。
「彩賀君!」
綾香の自分を呼ぶ叫びを、亮哉は遠くに聞いた気がした。

一方、写真部部室。
コンクリート壁に囲まれた部屋では、
一番奥の椅子に部長西谷。
入り口から見て左右両側に、
西谷、綾香と同級生の堀田。
そして、一つ後輩の阿佐巳悠平が座っていた。
「あれ?君、今までいましたかね?」
堀田が不思議そうに悠平を見つめた。
「やだなぁ。先輩。俺はずっとここにいましたよー」
いかにも、元気少年といった感じの悠平は笑って返事を返した。
西谷は黙って、今年の文化祭までのスケジュールをノートに書いていた。

コンコンと部室のドアをノックする音がした。
「どうぞ」
西谷は書く手を休めず、訪問者を迎え入れる。
訪問者を見た途端、談笑していた堀田と悠平の顔が強張った。
現れたのは稔之だったのだ。
相変わらず、切れ長の鋭い目つきは見る者に、一種の畏怖を与える。
稔之は黙って、入り口に一番近い椅子にドカリと座った。
「なぁ、西谷。頼みがあるんだが」
「・・・一応、聞こうか」
西谷は変わらず、書く手を休めない。
「インターハイの写真、綾香に撮らせる訳にはいかねーか?」
稔之は単刀直入に用件を言った。
『うわっ。すげー性急!!
 しかも、部内干渉だよ!!』
堀田と悠平は、心の中で抗議した。
が、恐ろしくて何も言えない。
目を合わせないように下を向いている。
「随分と、率直な頼みだね」
西谷は珍しく書く文字を間違えた。
消しゴムを手にとり、誤字を消し始める。

堀田達とは違い、西谷は稔之の頼みの意味を理解していた。
写真は、撮影する者の心が表れる。
稔之は綾香に自分の写真を撮らせる事で、
綾香が自分をどう思っているのか確認したいのだ。
しかし、西谷は稔之の行動に怒りを感じた。
創作活動はあくまでも、創作者自身の意欲が大事なのだ。
人から言われて創る物ではないし、
ましてや、創作者の心を知りたいが為なんて・・・
「いくら僕が部長だからと言って、
 水瀬さんにそんな事を指示できない。
 そりゃ、体育系サークルの試合撮影も部内活動の一端。
 今までは僕一人でいたけれど、今年は受験だし、
 水瀬さんがスポーツ写真も撮影出来たら助かるんだけどね」
西谷は消しゴムを置いて、初めて稔之の方を見た。
穏やかな口元はいつも通りだが、目は笑っていない。
「・・・・・・」
黙ったままの稔之に、西谷は更に言葉を継いだ。
「勿論、水瀬さんがOKしたら、
 僕は何も言う事はない。
 水瀬さんが撮影したらいいと思う。
 だけど、条件がある。
 インターハイ決勝までバスケ部が残ったらだ。
 これは、他の運動部でも、そう取り決めしている。
 厳しいようかも知れないけれど、
 たかが写真撮影と言っても時間と労力はかかるんだ。
 学校側も結果を出せない部には、予算を出せないからね」
西谷は、あくまでも部長の立場から、稔之の頼みに返答した。

が、内心は綾香に稔之の姿を撮影させる事を危惧していた。
西谷は、憶測であるが、綾香と稔之の間に何があったか見当はついている。
もし、それが的中していたら・・・!
西谷は友人として綾香を心から心配した。

いつもとは、只ならぬ、西谷の雰囲気を察した堀田と悠平は、互いに目配せして、外に出ようと試みた。
が、西谷の醸し出す気配が2人を押し止めた。
再び、黙り込んだまま、席から離れない、堀田と悠平。

稔之も、西谷に圧倒されていた。
自分が無理を言っているのは百も承知。
しかし、旅行の日以来、稔之は気づいたのだ。
綾香は自分の心を隠そうとしている。
一体、綾香の本心は何処にある?
稔之と亮哉の間に揺れているのか?
・・・それとも。
かつて『あの日』から、綾香の心は凍結したままなのか?
綾香に想いを打ち明けたい。
けれども、綾香の心は、まったく誰にも動かないまま終わってしまうのか。
「・・・俺は・・・」
唇を開けて、次の言葉を捜そうとする。
と、その時、ドアが乱暴に開かれた。
西谷と亮哉のクラスメイトの一人だ。
「西谷!大変だ。彩賀倒れたんだって!」

病院に運ばれた亮哉は、簡単な検査を受け
そのまま、個室へと運ばれた。
念の為、三日ほど入院するのだ。
報せを聞いた西谷は市内電車を乗り継いで、市内外れにある中央病院に向かった。
廊下を早足で突き進むと、個室の前の長椅子に座った綾香を見つけた。
「水瀬さん。彩賀は?」
綾香の顔は少し蒼ざめていたけれど、落ち着いていた。
「大した事はないみたいだよ。
 今、寝ている見たいだし」
西谷を安心させるように綾香は微笑した。
西谷は安堵の溜息をつく。
丁度、部屋から看護婦が出てきた。
「気が付いたみたいよ。
 もう大丈夫だから、顔を見せてあげたらどう?」
優しそうな看護婦に促されて、2人は病室へと入った。

ベットには薄目を開けた亮哉が横たわっていた。
思いのほか顔色は良い。
カッターシャツの襟元は緩められて開いている。
「心配かけたな。もう大丈夫だ」
亮哉の声はいつもより力はなかったが、明瞭さに変化はなかった。
「遠方から通っているから、通学時間が長いのと、
 連日遅くまで勉強しているのがたたったんでしょうね」
看護婦は、説明して2人にお辞儀すると部屋を出て行った。
綾香は亮哉の枕元に近づいて、傍らにひざまずいた。
そして、亮哉がずっと倒れてから考えていた事を口にする。
「彩賀君、ごめんなさい・・・」
綾香には分っていたのだ。
亮哉が倒れたのは過労なんかじゃない。
稔之との旅行での出来事に感づいて、ショックを受けたからである。

亮哉が自分に好意を持っている事を知っていながら、
どうして目の前で、稔之の間に起こった動揺を、亮哉に見せてしまったのか。
自分の好きな娘が、もしかして他の男と・・・
と思ったら、傷つくのも当然である。
「私、関谷君と何もなかったからね」
綾香は亮哉の手を握り締めた。
弁解しているのではない。

挿絵5
亮哉を何とかしてでも安心させたいのだ。
綾香の閉じた瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「ああ、分っているよ」
亮哉も綾香の誠意を信じた。
ニコリと笑うと、手に力をいれて握り返す。

綾香と西谷が病院を後にした時、日はとうに暮れようとしていた。
川沿いの桜並木を2人は黙ったまま歩く。
桜は丁度満開だった。
オレンジ色の夕陽が花の隙間から漏れて、花びらは輝く。
「西谷君、さっきから思いつめた表情してる」
綾香が沈黙を破って声をかけた。
西谷は、少し考えてから口を開いた。
「こんな事、今日言うべきじゃないと思ったけど・・・」
西谷は、稔之が部室に訪ねてきた旨を伝えた。
綾香に動揺を感じさせないように言葉を選びながら。

綾香は黙って、西谷の話を聞いた。
決して穏やかな内容ではないのに、
西谷の声を聞くと落ち着くのは何故だろう?

話を聞き終えた綾香は、亮哉と稔之がそれぞれ、自分に対して想う気持ちに悩んでいる事を把握した。
「あ、でも、水瀬さんが悪いんじゃないからね?
 これは、仕方がない事なんだよ」
西谷が慌ててフォローする。

「私、バスケ部のインターハイ決勝戦撮影するよ」
綾香は顔を上げて、言った。

「何も、今決めなくていいんだよ」
水瀬さんは今、冷静じゃないかも知れないと、西谷は懸念した。
●挿絵6
綾香は首を振る。
「ううん。今回の件がなくったって、
 いずれは、はっきりしなくちゃいけない事だったと思うんだ
 まぁ・・・でも、今年のバスケ部、決勝戦まで行かなかったりして」
西谷を気遣って、綾香はわざと冗談めかして言った。
「意地悪だなぁ・・・水瀬さんは
 でも、まぁ、水瀬さんが決めたんだったら、それでいいよ
 次から、スポーツ写真技術しっかり教え込むからね」
西谷も、いつもの穏やかな微笑を取り戻す。
「じゃあ、今日はもう遅いし、駅まで急ごうか」
2人は落ちて来る花びらを踏みしめながら、駅へと歩いていった。

そして、また時は流れる。
そう、一年前と同じく立華大学付属高校バスケ部は。
再び、決勝戦へと上がっていった。
長い夏の始まりである。

第七章「奇跡を起こす土地」 終わり

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